野党勢力の主要リーダーを警察が拘束したり、逮捕したり、場合によっては拷問というか暴力を使った取調べが行われている、などと報道する民放があるかと思えば、民主党が選挙法違反した証拠としていくつもの有権者からの証言を紹介している(アルハンガイアイマグでの民主党の地方行政との癒着や、有権者を投票所まで車で送迎した、6月27日の選挙演説会の参加者にヒツジの親子を5組贈った、、、などなどといった話)番組あり。
さぁ、悪口合戦が始まりました。
報道規制が解禁になった途端、堰を切ったかのような、なんでもあり、状態です。
いろんな意見が出てくるのは面白いけれど、いずれにせよテレビって作りものだなぁ。
製作者の意図が丸見え。
日本では絶対お目にかかれない番組作りに、放送倫理の違いを感じて非常に楽しんでいます。
どれほど、偏向があろうが、放送の自由があるっていうのはいいこと・・・なの?
モンゴル国営放送(公共放送)一局のみと選択がないというよりは、よっぽど面白いのです。
でも、これって見るほうの理性というか倫理観というか、バランス感覚が要求されますよ。
だって、この番組を鵜呑みにしてしまったら、そもそも多党政治ができない国っつーか、選挙という制度自体がモンゴル国では成立しないってことになっちゃいますもん。
せっかく、非常事態宣言解除前に、政党のリーダー達がそれぞれ煮え湯を飲むような気持ちで、とりあえず刀を鞘に収め、矛先をどこにすればいいの?という状態のまま、合意書にサインをして、前に進もうとしているはずだったのに・・・。
表向きは握手して、裏ではこの公共の電波を使った悪口攻撃。
大人というか国家天下を争う政治家のやることとは思えないし、ジャーナリズムの倫理や正論をしゃーしゃーと語るマスコミのやることとは思えんぞ・・・。
日本では絶対見ることができない茶番劇。
下手なコメディよりもよっぽど面白い。
笑いをとるために作っているとしたら、モンゴルの番組制作者、天才かも!
でも、本気でこの番組で語られているようなことを視聴者に訴えようとしているなら、かなりやばい国です。
戦いすんで日が暮れて・・・といっても、まだまだくすぶり続けるんですね。
モンゴル人らしいっていえばそうなのかなぁ。。。
相手を許す、とか自己反省するっていうのは、やはり訓練というか習慣にしないとできないことなのかなぁ。
道徳教育、情操教育、倫理など、技術や国語算数理科社会みたいな学科や、お金儲けの知識だけじゃなく、もうちょっと人間的に丸く膨らむための教育カリキュラムや親の躾みたいなものがあったほうが、世の中円滑になるんじゃないかしら?
モンゴルで私は人間として大事な教えをたくさん学んでいます。
でも、それと同時に、「人としてどうよ?」というようなことがまかり通ってしまう凄さにあきれたり、驚愕したり、「こりゃ、かなわん・・・」とがっくり肩を落としたりもしています。
マスメディアの柔軟さってこういう形ではなく、もうちょっと何かあるんじゃないかしらん?
変にあおる必要もないし、社会正義を振りかざして、誰かを糾弾するのではなく、問題解決のために自分達に何ができるのか、を問題提起してくれるような・・・。
そういう番組ってやっぱりモンゴルでも受けないのかな?
作るの難しいものね。
さぁ、悪口合戦が始まりました。
報道規制が解禁になった途端、堰を切ったかのような、なんでもあり、状態です。
いろんな意見が出てくるのは面白いけれど、いずれにせよテレビって作りものだなぁ。
製作者の意図が丸見え。
日本では絶対お目にかかれない番組作りに、放送倫理の違いを感じて非常に楽しんでいます。
どれほど、偏向があろうが、放送の自由があるっていうのはいいこと・・・なの?
モンゴル国営放送(公共放送)一局のみと選択がないというよりは、よっぽど面白いのです。
でも、これって見るほうの理性というか倫理観というか、バランス感覚が要求されますよ。
だって、この番組を鵜呑みにしてしまったら、そもそも多党政治ができない国っつーか、選挙という制度自体がモンゴル国では成立しないってことになっちゃいますもん。
せっかく、非常事態宣言解除前に、政党のリーダー達がそれぞれ煮え湯を飲むような気持ちで、とりあえず刀を鞘に収め、矛先をどこにすればいいの?という状態のまま、合意書にサインをして、前に進もうとしているはずだったのに・・・。
表向きは握手して、裏ではこの公共の電波を使った悪口攻撃。
大人というか国家天下を争う政治家のやることとは思えないし、ジャーナリズムの倫理や正論をしゃーしゃーと語るマスコミのやることとは思えんぞ・・・。
日本では絶対見ることができない茶番劇。
下手なコメディよりもよっぽど面白い。
笑いをとるために作っているとしたら、モンゴルの番組制作者、天才かも!
でも、本気でこの番組で語られているようなことを視聴者に訴えようとしているなら、かなりやばい国です。
戦いすんで日が暮れて・・・といっても、まだまだくすぶり続けるんですね。
モンゴル人らしいっていえばそうなのかなぁ。。。
相手を許す、とか自己反省するっていうのは、やはり訓練というか習慣にしないとできないことなのかなぁ。
道徳教育、情操教育、倫理など、技術や国語算数理科社会みたいな学科や、お金儲けの知識だけじゃなく、もうちょっと人間的に丸く膨らむための教育カリキュラムや親の躾みたいなものがあったほうが、世の中円滑になるんじゃないかしら?
モンゴルで私は人間として大事な教えをたくさん学んでいます。
でも、それと同時に、「人としてどうよ?」というようなことがまかり通ってしまう凄さにあきれたり、驚愕したり、「こりゃ、かなわん・・・」とがっくり肩を落としたりもしています。
マスメディアの柔軟さってこういう形ではなく、もうちょっと何かあるんじゃないかしらん?
変にあおる必要もないし、社会正義を振りかざして、誰かを糾弾するのではなく、問題解決のために自分達に何ができるのか、を問題提起してくれるような・・・。
そういう番組ってやっぱりモンゴルでも受けないのかな?
作るの難しいものね。