非常事態宣言下、どうやら中間報告で出ていた結果がほぼそのまま、選挙結果となったようで・・・
人民革命党が過半数以上の議席を勝ち取ったとのこと。
民主党の獲得議席は予想を大幅に下回りました。

途中で、おちたかと思った、市民同盟のエンフバット氏は無事当選を果たしてました。
教育問題、特に道徳教育に力を入れたい、と語っていたところとか、足元を固めていこうという誠実な政見放送などで好感を持っていたので、個人的には嬉しいですね。

民主化勢力が暴徒化し、人民革命党本部を焼き討ちにする、貴重な文化財の破壊、略奪などの暴挙が起きてしまった今、民主党その他野党、無所属候補者や市民がどれほど選挙結果に異議を唱えようとあまり説得力を持たなくなってしまっている、、、そんな印象があります。

7月3日、ソートンと一緒に暴動現場に行ってみました。
先日、道路封鎖をものものしくしていた装甲車の姿は見当たりませんでした。
意外にも、すぐ近くまでいけちゃうんですね。

暴徒による略奪破壊行為が行われたフィラルモンは私が通っている教会のミサの会場にもなっているので心配でした。
窓ガラスが割られ、文化宮殿の南側渡り廊下部分はレンガがむき出しになり、いったんは取り壊さなければ再建は難しそうな状況。

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昨日のテレビでの様子よりも、雨が降ったにもかかわらず、いまだくすぶったような熱気を放っている焼け跡が生生しく、馬頭琴楽団の人たちの顔が目に浮かび、泣けてきました。

なのに不思議なほどに、その無残な焼け跡からは悪意とか憎悪とかそういったものが感じられないのです。
放火現場などに行くと、二通りの感じがあります。
ひとつは、救いようのないどんよりと黒い憎悪、憤怒などのイメージ、もうひとつがストレス解消のすっきり感、全然悪意がなくむしろハイテンションで楽しんでいた、といったイメージ。
信じられないことなんだけれども、あの暴動現場というのは、そういうなんか異常な躁状態のイメージなのです。

楽団員の皆さんの哀しみ、ギャラリーや図書館といった文化芸術関係の人たちの声にならない悲鳴に似た絶望は別に、なんだかよくわからない躁状態。

私は民主化勢力が暴徒化したのは、国家に対する激しい怒り、不正選挙を糾弾する民衆の正義感といったものが破裂したのだとずっと思っていたのですが、現場の様子から感じられるのは、そういった思想的なものではない、ただの馬鹿騒ぎのマツリの残骸といったむなしさなのです。

行って見なければわからないことってあるのだなぁ。
と思いました。
騒動が起きている現場ではなく、その後を訪ねることのほうが自分の気持ちをクリアにいろいろな情報を読み取ることができることもある。

黙々と火事の後始末をしている人たちの表情はまったく感情がなく、淡々としている。
それは自分の感情を少しでも表情に出したら、自分は崩れてしまう、といったような感じ。

焼け焦げた紙類を整理している人がいました。
彼女は子供図書館の司書でした。
放水でべしょべしょになった焼け残りのあとには、日本語を学ぶモンゴル人初心者がよく使う「日本語初歩」がありました。

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粉々に割られた窓ガラス。

延焼だと思っていたけれど、あれは党本部とは別に火種をつけたようでした。
党本部の真北にあたる文化宮殿の壁には、「МАXН ОГЦОР (モンゴル人民革命党 やめろ!)」の黒いスプレー落書き。

文化宮殿の北側、トーシンホテルの向かいにあるハス銀行の窓口もめちゃめちゃでした。

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何かを最初から狙って、というよりも、勢いにのって、目に付いたものあれもこれも破壊してやれ、といった感じの行動。

どっと押し寄せるイメージで頭が痛くなり、吐き気がしました。

最近、こういう惨事の現場に行っていなかったから、というのもあったけれど、相当にきついものがありました。

客観的ではいられない、絶望感。

集団心理、羊の群れが暴走した結果、春の薄氷を踏み割って川にどんどん入って全滅する、、、そんなイメージ。

モンゴル国はいったい、どこに向かっているんだろう?

装甲車も武装兵士も表面上の平和を維持できるだけで、人々の心を安心させるものではないと感じました。
彼らはいったい、誰を、誰から守っているんだろう?

武装兵士も所在無さげで携帯電話をかけてたりする人もいたり。
国会議事堂の周りでは、武装兵士4-5名と警察のオフィサー2名くらいのチームでぐるぐる巡回。
まだあどけなさの残る青年兵の顔から、ライフルのマガジンには実弾が詰まっていることがわかる。
ぼーっとたっている兵士は銃口を下に向けて、引き金に指をかけている。
安全装置はかけたまま。
パフォーマンスでしかないことがわかる。

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巡回、国会議事堂に入る車両の安全確認はものものしい。
彼らは本気で、テロを警戒していることが感じられるし、警戒するにたるだけの情報を得ているような緊張感がある。

この兵士たちの緊張感、リラックスといった感じは、フィリピンで海賊出没地域で海兵隊にガードをしてもらいながら取材したときの経験などで、ダイレクトに自分が肌で感じるようになったもの。
タイガの人たちとハンティングに行くときとも同じ。

M16を軽々と扱う陽気なマリーンも、海賊たちが私たちの取材ボートの周りを偵察するように近寄ってきた時、きゅーっと引き絞るように神経を緊張させ、いつでも攻撃態勢に移れるように体がスタンバイされた。感情は一切排除され、反応によって敵に応戦する構え。
これらは訓練によるものだけでなく、実戦を経験しているからこそ。

国会議事堂の周辺のパトロールではなく、入り口にこうした緊張感と臨戦態勢をとっている将校たちが配備されていることに大統領が非常事態宣言を本気で出したと思った。

装甲車がいなくなったことは、もはや市街をモンゴル政府にとって「敵」となる勢力がうろついていない、と考えているからだろうし、守らなければいけないのが、もはや国会議事堂に絞られたということだろう。

そして、政府官庁、要人自宅などもそれなりの緊張感をもった警備がなされていることだろう。

ヘリを飛ばしていないのは、それほどの警戒態勢ではないから。

政府は本気でテロを心配しているのだろうか?

非常事態宣言は延長されるのだろうか?

昨日から話し合われているらしいのだけれど、モンゴル国営放送でわかることは、戦後処理ではないけれど、被害者、破損補填のための国からの援助金についてと、馬頭琴楽団、交響楽団、国立ギャラリー、そして党本部ビル内にあったおよそ100企業への補償、義捐金募金口座についての告知などで、非常事態宣言に対するコメントは私は聞いていない。

ガソリンが契約企業対象のガソリンクーポン券による給油になり、個人が現金で購入することが制限されるようになっている、という話もニュースで出ていた。(実際には、違うみたいです。少なくともペトロビズでは普通に現金購入できていました。)

勢いに乗っての暴動だと思っていたけれど、投げられた石の数、レンガの数、火炎瓶、そして、機動隊らの負傷には銃弾によるものもある、という情報から、社会正義に燃えた市民の抗議以外に、ほんとにそういった悪意を持っていた人間がまじっていなかったとは言い切れなくなっている。

警官にも市民にも銃撃戦による死傷者が出ている。


今回の抗議デモは、民主党党首のエルベクドルジ氏のテレビでのコメントが扇動することになった、といわれていたけれど、民主党支持勢力というよりは、強硬派市民運動グループが中心になっていた可能性も無きにしも非ず?それは、自分の選挙区の選挙管理委員が集計中の投票箱を奪取するなどの暴挙からも想像できなくもない。

主義主張を強硬に押し通すといった強い意志、何度もなにか社会問題で物議がかもし出されるたびに抗議デモを行う過激派グループがモンゴルにないわけではない。

ずっと日本のマスメディアやインターネットでの報道で、野党支持者が選挙の投票結果に不満をもって抗議デモを行い、暴徒化した、といわれていた違和感が、なんとなく自分の中ではすっきりした気がする。

民主党のリーダー達は、1990年代の民主化運動からのたたき上げが多い。
オユン率いる国民の意志党も理性派。
いずれも投石などに訴えるタイプの扇動をする思想、活動とはイメージが合わない。

市民運動グループも抗議デモに参加していた。むしろ、先頭を切っていた。

ほんと、何がきっかけで暴徒かしたのかなぁ?
16時頃までは私の友人たちもずいぶんたくさんデモに参加したり、野次馬で見物しにいっていたのですが、そのときは普通だった、といっていて現場にいたとはいえ、暴動の現場にいた、という人はいないのです。

(暴動を「見に行った」在留邦人はいたみたいで、いくつかのブログなどで現場についての状況レポートの詳細があります。)

今、700人あまりが暴動の首謀者、共謀者として警察に72時間の拘束、取調べを受けている。
そもそも取り調べ官の数がそんなに対応できるのか?という疑問は多いにあるけれど、今後の作戦についての情報収集などもなされているのだろうか?

なぁんて、焼き討ち現場を歩き、街を歩いていると、いろいろ物騒な想像がわいてくる。
一夜明けてすっかり平和な街。
そのほうがあの惨劇に対しての反応としては不思議。

周りのモンゴル人に聞くと、投票結果自体については、不満、疑問はあるものの、革命党党本部ビルを焼く、火事場泥棒のような卑劣な行為をしたなどの暴挙は許すべきではないと考えているのです。

抗議デモの参加者は10,000人以上とも言われていますが、今、拘束されているのは700人余り。
もちろん、抗議デモ参加者のほとんどは善良な市民で社会正義に燃えての参加だったり、野次馬だったりで、深夜にいたるまで過激な攻撃を加えていた人たちではないのだろう。

周りに過激派な人がいないからだろうけれど、みんな、どこか他人事というか、革命党のやり方も抗議デモのやり方も批判的。
この辺のクールさはやっぱりモンゴル人なんだなぁ。どっちにもつかず大勢を見極めるという処世術。

はてさて、、、嵐の前の静けさ?
それとも武力による鎮圧で、社会正義の炎も鎮火?

何事もなかったかのように、選挙結果は、
人民革命党:44、民主党:27、イルゲニィゾリグ党(市民の意志党)、市民同盟、無所属、各1と人民革命党の圧勝と発表されました。(7月4日現在)

いずれにせよ、政治というのは、力ではなく理性と誠意と知性によって、話し合いで解決、決定し、国を発展への方向に導くものであってほしいと思いました。

何事もないようなウランバートル市。
でも平和に見えるからといって、市民の心が100%平和で安心感に満ちているかといったら全然そんなことはなく、むしろ、やるせなさと虚しさでいっぱいなのです。
でもそういう私にとって理解できる「理性」と「感情」を大半のウランバートル市民が持っているらしい、ということにモンゴルの未来に光が残っていると感じます。