先日、多くの方々から雨漏り対策についてのアドバイスや応援コメントをいただきまして、感激。
本日も朝からジャージャーと雨漏りしとります。
屋根、修繕してたはずなんだけど、やっぱりあのおっさんたちのやる気のなさは、修理工事後1週間たたずして、早速雨漏り。いい加減な工事はモンゴルの十八番・・・といいつつも、こういうのってどうなんだろうなぁ?
その点、日本で購入した半円雨どいはよく働いてくれています。
ぴっとんぴっとんとたれる雨だれが勢いを増しているので、この対症療法でいつまでしのげるのか、、、という気もしますが、まぁ、一度おきたことがさらに・・・なので、覚悟決まってる、というか、今、仕事の谷間なのがありがたや、でござる。
1時間に約5リットルペースで受けてる洗面器にたまってます。
今年のウランバートル周辺(のみならず、どうやら全国的な傾向のようだけれど)は、雨が集中して長時間降り続ける傾向。
この時期の雨は、草原を潤しますから、文句ばかり言っていてはいけないのです。
今まではもうちょっと雪解け頃の6月頭にちょびちょびと降って、いい感じのお湿りがあり、植物の発芽の頃に、しとしと、枝が伸びてきて、ザーザー、緑の草原さわさわする頃、またしとしと、みたいに断続的なシャワーでありましたが、今年のようにまとまった雨だと、洪水や砂粒が細かく粘土状で水はけの悪い土壌が表土になっちゃっている場所だと、あんまりありがたくない状況になっちゃうんですね。
粘土状になってしまうと、草地回復も難しいそうなので、もうちょっと天と地のバランスが取れるといいなあ、と思います。
おかげさまで、一応、雨漏りにもめげず、非常事態宣言2日目ともなるとたいしたニュースもやらんのぉ、という感じなので、ちょろっと街を歩いてみようか、、、とも思っております。
平和ボケしていた自分にとっては、これほどのんきそうな国でも、ひとたびタガが外れると大騒ぎになる、ということで、やっぱ、異国なんだなぁ、と気を引き締めております。
暴動というのが、組織的に計画、決起されるのではなく、ごくごく一般市民でも集団となり、興奮していくことで何かのきっかけで理性が決壊しちゃうととんでもないパワーとなっておきる、ということを身近に感じています。
そして、非常事態宣言というロシアや中国などの共産主義基盤の大国や、イスラム圏内だけでなく、こんな人口の少ない、穏やかな国でも発令されるものなのだ、ということも。
日本で60年代に安保闘争があり、学生運動、バリケード封鎖、安田講堂陥落、、、赤軍、浅間山荘事件など学生中心に若者が国と衝突していた、というのが現実であったということを実感するのです。
自分にとっては、物語のような出来事だった話だけれど、ホントに、市民と政府が対立し、同胞同士が攻撃しあうことがある、ということ。
この事実は重く受け止めなければいけないけれど、それでも、興奮状態によっておきた、双方の行き過ぎを責め合うだけでは、なんの解決にもならない。
冷静になり、モンゴル国をどうしていくか、対立ではなく、話し合いを真摯に行うことで打開策を生み出していかなければいけない。
非常事態というのっぴきならない状況に、誰かを悪者にし、裁かなければいけない、と政府が躍起になるのではなく、彼らもまたモンゴルをなんとかしたいパワーのひとつとして、なぜ、こんなことになったのか、その根源を見つめ、その根源となる問題解消する手段を、怒りや恨みを超越して、冷静に見出してほしいと願います。
城の本丸ともいえる党本部炎上陥落。人民革命党にとって受け入れがたい屈辱であり、恐怖であり、怒りともなるでしょうが、それは対立勢力が意図して行ったテロ行為ではなく、若者パワーの勢いの暴走である。
それだけの暴走パワーが発生した原因はやはり鬱屈した何かがこの国にはびこっているからであり、選挙の投票結果に関する不満というだけではないと思います。
雨がしとしとしているうちはいいけれど、集中し長時間降り続けることで、分厚いコンパネも突貫工事の屋根修理も突き通して雨漏りという事態になるのと同様で、民意というのも、小さな不満が時々たまり、小さく発散されるのではなく、断続的に、でも爆発的にわだかまることでとんでもないことになった、、、そういうことであり、対処は、根本的、本腰を入れた回復修繕と、その後のメンテナンス、そして、双方の寛大さと許容、、、ということなんだろうなぁ。
抜本的改革・・・うーむ。雨漏り対策については、どうしたものかなぁ?
地球規模の環境改善?
いや、普通にアパートに屋根をつけてもらって、雨どいを外側に通して、水はけ、排水をちゃんとできるようにするだけのことだと思うんだけどね。
修理したはずでも何の解決にもなってない。。。この雨漏りによって、私はモンゴルの国を憂うのです。
本日も朝からジャージャーと雨漏りしとります。
屋根、修繕してたはずなんだけど、やっぱりあのおっさんたちのやる気のなさは、修理工事後1週間たたずして、早速雨漏り。いい加減な工事はモンゴルの十八番・・・といいつつも、こういうのってどうなんだろうなぁ?
その点、日本で購入した半円雨どいはよく働いてくれています。
ぴっとんぴっとんとたれる雨だれが勢いを増しているので、この対症療法でいつまでしのげるのか、、、という気もしますが、まぁ、一度おきたことがさらに・・・なので、覚悟決まってる、というか、今、仕事の谷間なのがありがたや、でござる。
1時間に約5リットルペースで受けてる洗面器にたまってます。
今年のウランバートル周辺(のみならず、どうやら全国的な傾向のようだけれど)は、雨が集中して長時間降り続ける傾向。
この時期の雨は、草原を潤しますから、文句ばかり言っていてはいけないのです。
今まではもうちょっと雪解け頃の6月頭にちょびちょびと降って、いい感じのお湿りがあり、植物の発芽の頃に、しとしと、枝が伸びてきて、ザーザー、緑の草原さわさわする頃、またしとしと、みたいに断続的なシャワーでありましたが、今年のようにまとまった雨だと、洪水や砂粒が細かく粘土状で水はけの悪い土壌が表土になっちゃっている場所だと、あんまりありがたくない状況になっちゃうんですね。
粘土状になってしまうと、草地回復も難しいそうなので、もうちょっと天と地のバランスが取れるといいなあ、と思います。
おかげさまで、一応、雨漏りにもめげず、非常事態宣言2日目ともなるとたいしたニュースもやらんのぉ、という感じなので、ちょろっと街を歩いてみようか、、、とも思っております。
平和ボケしていた自分にとっては、これほどのんきそうな国でも、ひとたびタガが外れると大騒ぎになる、ということで、やっぱ、異国なんだなぁ、と気を引き締めております。
暴動というのが、組織的に計画、決起されるのではなく、ごくごく一般市民でも集団となり、興奮していくことで何かのきっかけで理性が決壊しちゃうととんでもないパワーとなっておきる、ということを身近に感じています。
そして、非常事態宣言というロシアや中国などの共産主義基盤の大国や、イスラム圏内だけでなく、こんな人口の少ない、穏やかな国でも発令されるものなのだ、ということも。
日本で60年代に安保闘争があり、学生運動、バリケード封鎖、安田講堂陥落、、、赤軍、浅間山荘事件など学生中心に若者が国と衝突していた、というのが現実であったということを実感するのです。
自分にとっては、物語のような出来事だった話だけれど、ホントに、市民と政府が対立し、同胞同士が攻撃しあうことがある、ということ。
この事実は重く受け止めなければいけないけれど、それでも、興奮状態によっておきた、双方の行き過ぎを責め合うだけでは、なんの解決にもならない。
冷静になり、モンゴル国をどうしていくか、対立ではなく、話し合いを真摯に行うことで打開策を生み出していかなければいけない。
非常事態というのっぴきならない状況に、誰かを悪者にし、裁かなければいけない、と政府が躍起になるのではなく、彼らもまたモンゴルをなんとかしたいパワーのひとつとして、なぜ、こんなことになったのか、その根源を見つめ、その根源となる問題解消する手段を、怒りや恨みを超越して、冷静に見出してほしいと願います。
城の本丸ともいえる党本部炎上陥落。人民革命党にとって受け入れがたい屈辱であり、恐怖であり、怒りともなるでしょうが、それは対立勢力が意図して行ったテロ行為ではなく、若者パワーの勢いの暴走である。
それだけの暴走パワーが発生した原因はやはり鬱屈した何かがこの国にはびこっているからであり、選挙の投票結果に関する不満というだけではないと思います。
雨がしとしとしているうちはいいけれど、集中し長時間降り続けることで、分厚いコンパネも突貫工事の屋根修理も突き通して雨漏りという事態になるのと同様で、民意というのも、小さな不満が時々たまり、小さく発散されるのではなく、断続的に、でも爆発的にわだかまることでとんでもないことになった、、、そういうことであり、対処は、根本的、本腰を入れた回復修繕と、その後のメンテナンス、そして、双方の寛大さと許容、、、ということなんだろうなぁ。
抜本的改革・・・うーむ。雨漏り対策については、どうしたものかなぁ?
地球規模の環境改善?
いや、普通にアパートに屋根をつけてもらって、雨どいを外側に通して、水はけ、排水をちゃんとできるようにするだけのことだと思うんだけどね。
修理したはずでも何の解決にもなってない。。。この雨漏りによって、私はモンゴルの国を憂うのです。
