7月1日はとても長い一日でした。
たぶん、自分の中のモンゴル史では忘れられない1日になりそう。

知り合いが何人も傷つき、友人が被害にあい、モンゴルの貴重な国宝が略奪され、めちゃめちゃに破壊された一日。

なぜ、選挙のたびに繰り返されるのだろうか?
民意が自分の意志と反している、あるいは下馬評とはまったく違う、納得いかない開票結果に憤り、抗議行動。
それぞれに言い分はあるのだと思うのですが、数少ないモンゴル国民同士が傷つけあって、どうする?

ぶっちぎりで勝利できるだけの政治家としての実力があれば、中央がどれだけ妨害し、名誉を傷つけ、犯罪者扱いした報道を続けても、選挙に勝てる。政界の暴れん坊将軍・グンダライ氏がそれを証明している。
どれだけ国家権力が、警察・検察当局が束になってかかっても、グンダライ氏を引き摺り下ろすことはできない。
そして、彼は死ぬことも逮捕されることも経済的に破綻させられるかもしれないといった様々な陰謀の存在を感じつつも、決してその言動を慎もうとしないし、恐れない。
露悪趣味、とさえ毒づき、「その一言が物議をかもし出すんだよなぁ」とあきれ果てることもしばしばだけれども、テレビの対談、インタビューなどの彼の言動はとても正々堂々としていて、すがすがしい正論であるように聞こえる。

非常事態宣言が解除されるまでの間は、モンゴル国営(公共)放送のみ。
革命党幹部、モンゴル首相や警察当局等々のみの一方的な反・民主党的な報道、コメントが延々と繰り返され、そして昨夜の人民革命党本部炎上、催涙弾やゴム弾での銃撃戦、投石、レンガ攻撃、警官リンチなどの狂気の沙汰の映像がエンドレスで流れている。
不正投票、あるいは集計操作があった、とされる疑惑はどこかにぶっとび、暴力に訴え、組織的にテロ行為を企てた暴動をあおった民主党党首エルベクドルジらに対する糾弾といった論調。
思想統制は旧共産主義国の十八番か?

政治評論家的にみればそんなところかもしれないけれど、庶民の私としては、モンゴル人全体がとても冷静で民主党勢力、人民革命党勢力双方のメリット、デメリットを把握し、批評していることに驚くのです。
彼らのバランス感覚は見事なものです。
同胞同士が暴動という形で敵対し、そして傷つけあい、計り知れない物理的、精神的に甚大な被害を与えたこと、それすらも、涙を流す一方で、クールに見つめている。

そして、日本のマスコミが「沈静化」したという事態。
そもそもが火災が燃えつけるのと同じように、興奮が冷めてしまえば、祭りのあと、といったクールさが戻ってきているのです。
組織的なテロ行為があった、としても、それを扇動したのはエルベクドルジではない。
彼は、「選挙結果を認めない、とは一言も言っていない。私はモンゴル国民が選挙で示した民意を尊重する。だからこそ、一票の重みをないがしろにするような、不正集計疑惑などを徹底的に追及していく」といった立場で記者会見に臨んだのであって、デモも暴力的な破壊行動を助長するよな言動は、一切なかったと現場にのりこんでいたモンゴル人の友人たちからきいています。
最初はごくごく普通のデモ行進だった。
なぜ、あんなことになったのか、、、その場に居合わせた人たちにもよくわからないようなのです。
不穏な感じになったところで、善良な市民の多くはデモの場を後にしてしまっているから。

選挙結果がどうであれ、どれほど疑惑や不正があったにせよあるいは人為的な集計ミスがあり、数えなおしたら、結果が逆転してた、、、といった場合でも、いったんでた結果発表を尊重し、選挙に本当は勝利していたにもかかわらず、身を引いた政治家がいたことをご記憶の方も多いと思います。

アメリカ大統領選。ゴア副大統領。ブッシュJr.に本当は得票率でも得票数でも勝利していたにもかかわらず、すべての集計が終了する前に出た当確発表を尊重し、選挙民たちが、選挙のやり直しを叫ぶ中、さわやかな笑顔とともにライバル、ブッシュJr.の勝利を称えた男。

ゴア氏がもし、ほんとの得票結果に固執して、大統領になっていたら、もしかしたら、イラクのフセイン大統領はまだ生きていたかもしれない。世界的にテロの混乱なんか起きなかったかもしれない。
もちろんIfはありえないけれど。

本当の勝利者とは?ということを考えさせられる話です。

民主党の公約は、子供助成金を10万トゥグルグから100万トゥグルグに引き上げる、といったものが目玉。民主党に期待する若者が多いのは、幼子を抱えているからだったりするかもしれない。
この子供助成金の財源をどうするのか?事業税率の引き下げ、付加価値税(VAT)も15%から10%に引き下げて定着させてしまった今、どうするのか?
外国の援助に期待はできない話だし、、、となると、また税金の引き上げですか?勘弁してよー。
と正直、国庫がすっからかんに近い実情であることを感じ取っている私としては思うのです。
だって、「取れるところからトル」となったら、むしりとられるのはやっぱ、外資系企業でありやしょう。
活動休止を余儀なくされて細々と、自分ができることだけを続けている私にとっては、しょぼいけれど簡便してけれーって話です。
鉱山開発による外国投資の誘致も期待されているようだけれども、散々投資させておいて、国が法制度で利益配分そのほかガラッとモンゴル側有利に変えちゃったりするような政治モラルではやっぱ、国自体が詐欺師といわれても仕方ないんじゃないかと心配になることだってあるだろうし。

どこの政党も景気のいいこといっているけれど、財源確保をどうするのか、具体的で実現性と説得力のある話は結局、選挙事務所で各候補者に聞いてもわからずじまいであったわけで。

ソクラテスでしたっけ?
無実の罪をきせられても、法律遵守の立場からあえて死刑になった哲学者。

開票結果が最終的に出ていないのに、不利になったら、だだっこみたいに選挙の不正、無効を唱えるというのも、暴動という形で犠牲者や多くの被害を出してしまった今、世界的に見ると「みっともない暴徒」といわれても仕方のない状況になってしまったわけだし。

今、この状況で再選挙したところで、2004年の総選挙での「空白の3議席」のやり直し選挙のときに、仲間割れして民主連合解体というみっともなさで、選挙に勝って、政治で負ける、形で、やり直し投票で浮動票を失い、革命党に政権を奪われた、というあの失敗を繰り返すことになってしまう。

民主政治なのだから、やはり暴力に訴えてはいけない。
武装を徹底しなければいけない。勝手な集会を許してはいけない。民主化を煽るような歌や映画は控える・・・
非常事態宣言によって、どんどん印象は旧体制の昔話のような感じ。

そして、表面上は何事もなかったかのような日常。
誰に聞いても、議論しても、モンゴル人は、「ひどいことだ、残念なことだといって、それでどうなるというんだ?」というクールさ。

テレビで今日、久々に中間発表を聞く。
市民連合みたいなイルゲニィ エブセル党のエンフバット氏は巻き返しで、議席につけたようです。
S.オユン氏も、旭鷲山・バトバヤル氏と同じ選挙区で4位当確、でました。

野党勢力も主な人たちは当選しているようです。
だから過半数を取れなかったとしても、がんばって議会でよい発言をし、よいムーブメントを起こしていってもらいたいなぁ、と思います。

馬頭琴交響楽団だけでなく、フィラルモン(モンゴル国立交響楽団)もバヤンモンゴル(歌謡曲・ポップスバンド)も被害甚大。大切な楽器がめちゃめちゃに壊され、楽譜が破られ燃やされたとか。
国立ギャラリーもかなりの展示ケースがめちゃめちゃに割られ、施設が黒こげになっていたり。
文化財、芸術を冒涜する精神は、どうしても許せない。
子供の頃から音楽にいだかれて育った私にとって、ピアノやバイオリン、そのほかの楽器が破壊されている姿を見るのは耐えられないほどの苦痛。

アフガニスタンのタリバン勢力が、偶像崇拝を否定してあの貴重な洞窟の大仏を見るも無残に破壊したときのことを彷彿とさせる出来事。
芸術的な価値を感じることができないほどに心を貧しく、鈍感にさせてしまっているのかと思うと残念でならない。
がちゃがちゃした破壊的な音ばかりきいているから、情操教育が全然足りないから、民主化を求める声に便乗して暴動を引き起こし、火事場泥棒なんかを平気でできてしまうのだ。

人民革命党も民主党も、どちらも、この心の貧困に対しての責任があると思うのです。
これからの国づくりをどうしていくか。経済的な支援も大事だけれど、何よりも豊かな心を育てることに注目しなければ、モンゴル国の将来が心配です。

投票結果がどうあれ、真摯に受け止め、そして不正があったかどうかは、暴動で同僚が傷ついたから、なんて理由で人民革命党に偏ることなく、公正な調査をしていただきたいと思います。

政治的、法律的にアンフェアなことが多すぎる、という気もする現代社会だからこそ、1990年代の、あの民主化と自由をピュアに求めていたモンゴル人の気持ちを思い出してほしいのです。

日常生活はなんの支障もなく続けることができる。
現場に近寄らなければ、テレビの箱の中でおきた架空の出来事みたいに。
そして、現場に行かずに生活することは全然、普通に可能だったりもする。

悩めるモンゴル人、、、っていうほどに表面上は悩んでいるようにも傷ついているようにも見えず、傷ついてなお血気盛んな人たち。

こういう底力がモンゴル国を支えているんだろうなぁ。
どれだけ救いがたいような社会問題をひきずり続けながらも、大真面目にいろんなことを語りながら元気に笑っていられる強さ、、、それがモンゴル人の秘密なんだろうなぁ。

投票結果がどうなるか・・・
どんな結果が出たとしても、それをきちんと受け止めた上で、よりよいモンゴル、彼らが選挙活動中にした公約が実現することを応援していきたいと思います。