深夜中ずっと、唯一、モンゴル国営テレビ局による中継・放送を見ていました。
選挙の不正という話はすっかり忘れ去られたかのように、民主党他野党支持者が暴徒化し、非常事態宣言が出される緊張状態ばかりが報道されています。

被害は甚大で、党本部のみならず、その北にあった国立ギャラリー、フィラルモンが入っていた文化宮殿まで及んでいます。

延焼、というだけでなく、なんと火事場泥棒、強盗発生。

国立馬頭琴楽団の楽屋・事務所に暴徒が押し入り、金庫などから貴重な楽譜や民謡・オルティンドー歌手の名手故・ノロブバンザドさんのCD原版、国宝級の馬頭琴やヤトガ(琴)、ヨーチンなど、舞台衣装などが盗まれたそうです。

これは、民主化勢力ではなく、その混乱に乗じた暴徒であり、民主政治を冒涜する極悪人であります。
集団心理によって狂気と化したといった行為ではなく、きわめて冷静かつ計画的、醜悪な収奪行為であります。

私がモンゴル日本センターの公開市民講座で通訳を務めさせていただいたことのある女性馬頭琴奏者オヤンガさんや、馬頭琴楽団の団長で、今年の日本語通訳ガイド養成講座で特別講師をしてくださったバトチョローンさんがテレビのインタビューに応じている姿、その被害情報を聞いているうちに涙がわきでて体が震えてきました。

日本人男性が頭蓋骨陥没骨折の重態で日本に緊急搬送され、先程、無事到着した、ということがNHKのニュースで出ていました。
この被害者の日本人男性は、アメブロでも「モンゴルで働く社長のブログ」で貴重なモンゴル情報や投資・起業などのコンサルをやっていらっしゃる方です。
容態はかなり重く、暴徒が投げていたレンガか大きな石が後頭部に当たったという話です。

私自身は今回の選挙にはノータッチでした。
野次馬根性でスフバートル広場や党本部前に行く、ということすらしませんでした。

取材というのはそれなりの態勢と心構え、準備が必要ですが、自分自身はすっかりなまくら刀と化しているという自覚があること、政治介入はこのモンゴル国ではできるかぎりしたくない、という意識的なことがあるからです。

暴動が始まった頃、ちょうどサクラベーカリーで大学時代の大先輩と食事をしながらおしゃべりしていて、先輩は様子をみにいきたがったのですが、私はとめました。

この国の民主化の問題、たとえそれが不正選挙であっても、保守勢力がどれほど民衆を弾圧したり、だまくらかしていたとしても、それに対しての抗議をするのは私たち外国人ではなく、闘うのはモンゴル人でしかない。
そして、それを野次馬根性で覗き見するといった立場に自分がなりたくない、と思ったからです。
また、今回の暴動は、ただごとではなくなるかもしれない、という妙な熱気を昼間から感じ、現場での危険を感じ取ったから、ともいえます。

仕事で取材に来ているという立場だったら、私の血は騒ぎ、ジャーナリスト魂が燃え、興奮とへんな言い方だけれども冥利に尽きる!みたいな高揚感を覚えて、はりきって取材に取り組んでいたことと思います。

でも、どれほどきれいごとで自分を飾ったところで、取材という名目、立場を持たずに現場に行けば、それはただの野次馬でしかない。
そして、もしそれで怪我をしたり、トラブルに巻き込まれたら、国際問題に発展するかもしれないし、その結果、民主化が硬化するきっかけになってしまうかもしれない、と。

取材現場に赴くときは、それがどれほど牧歌的な現場であったとしても、何があっても文句をいわない、命をかける、という気構えでいきます。

それは、まだ駆け出しの取材コーディネーター兼通訳・制作部だった頃、酔っ払いに弾の入った猟銃をのど元に突きつけられたことがきっかけです。
どれほど牧歌的でほのぼのドキュメンタリーの取材をしている、というときでも、撮影される立場、取材される側がどう受け止めるか、周りの人がどう誤解したり悪意を持ったりするか、ということは予測できないのだなぁ、ということ。

その冷たい猟銃の先をのど元に感じたときも、私は変な高揚感がありました。
私は死ぬわけはない、さぁ、どう切り抜けるか・・・そんな変な緊張感。
酔っ払い相手に興奮してはいけない。刺激させてはいけない。だって、相手の右手の人差し指は、すでに引き金にかかっていたのだから。
映画のシーンのようなものを思い浮かべながら、相手を見つめました。
私はこんなところでは死なない、と思いながら。
結果的に、彼は引き金から指を離し、安全装置をかけてくれました。
素面になってからの彼は私の大切な取材協力者になってくれました。何がきっかけで彼を憤らせ、武器を私に突きつけるにいたったのか、マガサシタ、としかいいようのないことで彼自身も覚えていない、とのことでした。殺されんでよかったー!


自分がドキュメンタリストとして、あるいは調査研究者として真摯に取り組んでいることでも、場合によっては相手にとっては、恐怖の対象、憎悪の標的になってしまうこともある。

北朝鮮問題の取材なども同様。

敵は人間ではなく、まさに「魔」ともいえる人間の暗い部分であり、力で戦ったり、理屈でねじふせることができるものではない、と。

ゆえに、仕事としてそうした「魔」に立ち向かわなければいけない時は、自分がどのような状況になったとしてもそれを受け入れ、乗り越えるしかない。

以前、イラク戦争中に、3人のボランティアが人質になり、騒然となった事件があったとき、母親から「あんただっていつそういうことになるかわからんけれど、もし最悪の事態になったとしても、私らはあんたの命乞いなどはせんから覚悟しててね。他人様の迷惑にならないようにおとなしくしとるんよ」と電話がありました。

まさに今回のデモが過激化したというニュースを聞いたとき、母の言葉が頭によぎりました。

仕事ならば、私は興奮しながら、その現場に飛び込んでいくことにためらいはなかったと思います。
覚悟とか大げさなことではなく、それが仕事だからいく。何が起こっているか、記録し、感じ、伝えるために私はいく。

でも、仕事として受けた話も媒体もないのにわざわざ、のこのこ現場に行っていたとしたら、私はたんなる野次馬であり、モンゴルの民主化を求めて闘争するモンゴル国民、ウランバートル市民をクイモノにして儲けようとする卑しいハイエナに成り下がってしまう。

ほんの一部を安全な場所からかじって、さも、その渦中にいたかのように語ることを私はしたくない。

今も日中からヘルメットをかぶり、エアライフルなどで武装した警官と軍人、特別警護官らの市内パトロールが行われ、スフバートル広場、国会議事堂近辺の交通規制はすさまじく、公共バスのバス停もスフバートル広場は封鎖。

外務省は、不要不急の渡航延期を勧告するにいたっています。

でも、正直いって、これ以上最悪なことにはならないと感じています。
昨日、サクラベーカリーで感じた悪い予感は去りました。

興奮状態はすぎさり、みんなも冷静になりました。

死者5名。重軽傷者600名以上。
死者のうち一人は、党本部の放火による有毒ガスを吸い込んでの死亡だとのことです。

それにしても、不謹慎なくらいよく燃えていました。
日本の建物みたいに、スプリンクラーなどの消火装置がついていなかったんでしょうね。

国立ギャラリーには私の大好きなモンゴルの近現代の絵画がありますが、どれだけの被害があったかが心配です。

被害甚大ではありますが、何よりも今、心配しているのは、今回の暴動が民主化勢力の組織的な反政府行動として捉えられ、今後、恐怖政治に逆戻りすることです。人々の心に、民主化がモンゴルを無秩序化させた、といったイメージが植えつけられることです。
民主化のために、1990年、若者たちは体を張って闘いました。
でも、その闘いは知的で言論統制を崩壊させるための論客としての強い意志を持った闘争でした。
一滴の血を流すことがなかったのは、当時の政府、保守勢力の英断であり、自制心の賜物であったとも言えるし、どれほど憤っても、手にするのはメガホンであり、武器にしたのは自分たちの命であり、ハンストという行動だった民主化勢力。

今回は、どちらも理性的ではない、悲劇的な結末を迎えました。

でも、それでも、モンゴルが民主化したことが間違っている、とはいいたくない。
モンゴルの民主政治がだめになった、といいたくない。

これほどまでに混乱し、弾圧され、狂乱のさなかにあっても、多くのモンゴル人は冷静にこの事態を受け止め、何が悪かったのか、何を憎むべきなのかをわかっています。

民主化を求める声、意志は、強くゆるぎなく、アツく、そして優しいものであります。
不正行為があったのならば、それは法と国民の良心によって裁かれるべきであり、暴力はなにも生み出さない。

モンゴル民族の血はアツく、ちょっとしたことで混乱し、凶暴化する。
それは、元マネージャーが私に対して行った暴力行為や恐喝行為で身近に感じています。
自分の思ったとおりにならなかったことに対しての憤りを自制する心というのは、日本人の忍耐力に比べると弱いような気もします。

でも、モンゴル人は、日本人が想像できなくなっているようなシビアな事態を日常的にケロリンパと受け入れ、対処し、どれほどつらく苦しい状況でも笑い話を作り出し、大笑いし、歌を歌える底力を持った民族でもあります。

誠意を持っている人もたくさんいる。

今回の暴徒を私を弾圧した人たちと同一視するのが妥当かどうかはよくわからないけれど、でも、暴徒であり火事場泥棒、つまりは混乱に乗じて計画的に人の大切に築き上げたものを奪い取っていくという行為という点では共通していると思います。

一部の卑怯者や凶暴化した暴徒をみて、モンゴルが危険な状態にある、と思わないでください。

私たちは普通に生活しています。
これからのモンゴル政府、与党がどうでるのか、は心配ではありますが、それが私たち外国人への弾圧に及ぶということはないと信じています。
民主化勢力がテロ行為をするということもないと信じています。

すでに、水源、電気供給源、軍事施設などは保護体制化にあります。
暴徒が私たち外国人を人質にとって、政府に何かを要求する、、、そんな動きもないと思います。

もともとは、選挙に対する誠実さを要求しての行動であり、それに対し、革命党党首・S.バヤル首相もまた、「不正が証明された場合は、再選挙も考慮する」との回答もありました。各勢力のリーダー達は、どれほど興奮していたとしても、冷静に話し合いをしています。

民主化したモンゴル国では、政府が恐怖によって民衆を押さえつけるのではなく、混乱という問題に対して、理性的に対処していく態度によって、みんなが力を合わせることができると信じています。

民主政治において、選挙の投票用紙に関する不正行為があったとしたら、それは些細なことではありません。許せることでもない。

でも、どれほど最悪な状況になったとしても、今回のような暴走によって、誰かが命を犠牲にしなければいけないほどの問題ではないと思うのです。

どれほどの不正も暴力によって抗議の意志をあらわし、暴力によって正せるものではない、ということを今回の出来事が証明してくれる。

バトチョローンさんが言っていました。
「馬頭琴楽団の貴重なプロパティを盗んでいったものたちは、民主勢力ではない。ただの暴徒であり泥棒だ。良心が残っているなら返してくれ」

暴徒=民主勢力ではありません。
暴徒は、ただの暴徒です。彼らは混乱に乗じた悪魔です。
でも悪魔もまた、モンゴルの一般市民なのです。
混乱が人間を狂わす。集団心理の恐怖。人間が人間じゃなくなる。
一人が投げた石つぶてが、大きな岩やレンガになり、人をあやめる凶器となった。
忸怩たる思い、やるせなさが石を投げるという行為に走らせ、そのやるせなさが大きくなって、駐車していた車に攻撃を加えるようになり。
そして、それらを報道取材しているカメラに対して、記者に対して、怒りをぶつけることになった頃には、彼らはまさに暴徒。方向性を見失っていたのだと思います。
誰かを殺そう、と目的を持って、広場に集まったわけではない。
でも、小さな怒りが大きな憎悪を生み出し、雪崩のように、大噴火したマグマのように誰にも止められない力を持ってしまった。

敵は民主勢力ではなく、人々がかかえていた不満であり、辛さなのです。

政府が民主勢力を弾圧したならば、犯人をいぶりだして、誰か特定の個人に責任を負わせるならば、それはなんの解決にもならない。今、首謀者、積極的な破壊行為への加担者のあぶり出しを警察は証言に対して賞金を出す、という形ではじめています。


モンゴル語でのTV放送は、まだしばらくモンゴル国営放送だけですが、FMラジオなどは各局、報道しています。
選挙の不正行為についての追及はまったくされていないし、選挙結果の発表も最終的にはなされていません。

日本人男性の回復を祈ります。
犠牲者のご冥福を祈ります。
怪我した400人近くの人たちは、警官もいれば、市民もいます。
ウランバートルは平和になります。人を許す心で事態に当たり、冷静に対処できるモンゴルの民主政治を信じたいと思います。

外務省は不要不急の渡航延期を勧告しています。
お国に逆らう気はないけれど、せっかく購入したチケットをキャンセルして旅行を取りやめにしなければいけないほどに、モンゴル国が危険な緊張状態であるか、、、というのはちょっと疑問。

もうすぐナーダムなのですから、みんな、一部映像だけでなく全体を感じて、冷静にモンゴルを見守っていただきたいと思います。