なんということでしょう!
首都・ウランバートルで、6月29日(日)の総選挙の開票集計で不正行為があったという民主党党首・エルベクドルジの記者会見のコメントの後、与党・モンゴル人民革命党の党本部ビルとスフバートル広場で集結した民衆が抗議デモを行っていたのですが、興奮した人々が、党本部ビルを襲撃。
近くに駐車していた車に放火し、車は炎上。
党本部ビル一階も火炎瓶を投げ込まれたようで火災発生。

モンゴル老舗で5つ星ホテルでもあるウランバートルホテルのすぐ隣でおきた暴挙。
知り合いがこのホテルに宿泊しているだけにとても怖いです。

昼頃は穏やかな普通のデモ行進だったのに、今は党本部をぐるりと囲んだ抗議の人たちがドラム缶で大きなかがり火を焚いています。

機動隊も大勢出ているのですが、信じられないことに、市民にライフル銃を発砲。
威嚇射撃ではなく、あきらかに本気。
水平に銃を構え、発砲。実弾が入っているのかどうかはわかりませんが、銃口からは何度も閃光が。
あぁ、催涙弾かぁ。びっくりしたよ。それにBB弾のようなエアライフル使用の模様。
でも、当たるとかなり痛いんだよなぁ。。。

逆に興奮した民衆のリンチにあって、ズタボロにされ立つこともできなくなった機動隊員も出ています。
人数の確認はできていませんが、意識不明の重体になっている隊員もいるようです。

どちらも私にとっては大切な人たち。
私が剣道の指導のお手伝いをさせていただいている部隊が出動しているかどうかはわからないのですが、なんといってもSWATの精鋭・イルベスチームなので、こういう有事には前線に出ている可能性があります。
稽古着を着ているときはまるで無邪気で、あれがモンゴルでも名をはせるSWAT「イルベス」部隊なの?というほど可愛らしい隊員達。街であっても気軽に手を振り合って挨拶したりしていた人たちが、黒い完全武装で市民と対峙している、、、信じられない。

1990年、天安門事件の前にモンゴル人民共和国でも民主化要求の動きがありました。
3月8日、国際婦人デーの日から民主化のリーダー達を中心に、凍てつくスフバートル広場で民主化要求のためのハンストが始まりました。

当時、日本を訪問していたモンゴル首相は、帰国するとすぐに民主化の要求を受け入れ、7月29日の総選挙にて、モンゴル人民共和国は初めて複数政党制の自由投票が実現。

完全なる無血革命が実現しました。

私の初めての通訳として仕事は、この民主化のハンストメンバーでもあったリーダーの一人、ジャーナリストの故ツォグトサイハンが結成したフォークグループ「ホンホ(鐘)」(本人達はロックだっていってたけれど、歌詞の内容やメロディは私にとっては、60年安保当時のフォークソングっぽさを彷彿とさせてました)の来日コンサートでした。最初から仕事として受けたってわけではなく、あこがれの民主化のシンボルが地元のライブハウスで演奏する!ということで、作ったばかりの青いデールを着込んでききにいった私をホンホメンバー達がモンゴル人と勘違い。
すっかり意気投合し小さなライブハウスでのコンサート後のささやかな打ち上げパーティーに飛び入り参加させていただいてお客様とメンバーとの架け橋になった、、、という経緯でのスタートでした。

今でも選挙のたびに、リーダー・ツォグトサイハンの作詞作曲による「鐘の歌」や「僕らの性(サガ)」などが街中に流れます。

モンゴル民主化の波は中国の天安門事件や旧ソ連の社会主義経済崩壊など隣国の混乱をふまえての、政府・民衆がそれぞれにアツイ想いをすりあわせて勝ち取った流れでした。

どれだけ厳しい要求であっても、民主化要求をする青年達も、旧共産体制で権力を欲しいままにしていた政府・当局も命懸け、モンゴルという国の存続をかけての闘争でした。
そして、命懸けの抗議活動を、政府、モンゴル人民革命党側も真摯に受け止めてからの民主化への動きはとても早かったのです。
無血革命。
チンギスハーンが宗教の信仰の自由、能力主義、通信・情報伝達システムの整備などによって見事に帝国を築いたことと同時に、私がモンゴル研究に携わってよかった、と誇りに思える革命です。

その素晴らしい歴史が、今日、暴徒かした市民、発砲した警官隊の流した血と涙によって崩れました。

日本はもちろん外国メディアもたくさん報道取材に来ているし、選挙監視のための外国人オブザーバーもいるというのに、、、それでも、不正投票?あるいは不正集計があったのならばとても残念です。

民主化のシンボルであるS.オユン女史がウランバートル市のソンギノハイルハン区で4位・・・当確できるギリギリラインにひっかかっている。。。ほんとなのかな?

前評判では、民主連合と人民革命党が互角の勝負、それに無所属・マイナー政党の有望視されている新人議員が絡んでくる、といった話でしたがふたを開けてみれば・・・

集計結果に不満を持つ、というのはもちろん落選確実になった悔しさから言いたくなる文句かもしれない。
でも、、、選挙管理委員として選ばれた人たちだって真剣に集計しているはず・・・と思いたい。
徹夜で3日3晩、開票して記録集計し続けるというのは大変なことであります。

すり替え、各地であったというのはあながち根拠のないイチャモンでもないようです。
投票用紙の印刷所がどこであったか、事前に情報がもれていた、、、ということもあり・・・疑惑はますばかり。

司法国家としての名に恥じぬ選挙モラルを持っていて欲しい。
でも、勝てば官軍、的な考えはモンゴルではわりとポピュラーだともいえないわけではないのが残念。

そして、民主化グループの人たちも18年たって、なぜ、今、流血事態を引き起こしてしまったのか!
どれほど相手が不正を行っても、暴力に訴え、器物破損などの破壊活動に走っては相手を非難することはできなくなる。
なぜ、1990年に命懸けで勝ち取った民主化というかけがえのない宝物を、一時の興奮と義憤で打ち砕いてしまったのか!

これでは事情を知らない外国メディアが、人民革命党の主張のままに、民主化グループをアナーキストの反乱分子として扱っても仕方がなくなってしまう。

去年の私のことを思い出します。
財産を奪われ、身体は半身不随、内臓をストレスでズタボロにして、恨みつらみと憎しみで相手をのろい続けていた日々。
でも相手を呪い殺したりしなくてよかった。殴り殺さなくてよかった。
心から思います。
自分だって怒りに駆られて、相手の命を奪っても当然、くらいに我を忘れて一瞬憤ったことがないわけじゃない。
相手の不当に対して、自分も鬼にならなければ取り戻せないって思った。
相手をギャフンと言わせるまで徹底的に壊滅状態に追い込んでやりたいって思った。
だって、彼らが私に対して行ったことはモラルのない狼藉であったし、明らかに違法行為だったから。
でも、モンゴルでは司法で裁けないことって一杯あるんです。
根回しとかわけのわからない理屈とか、、、。

でも異国で暮らすというのはそういうことなのだと思います。
奪われただけで失ったわけではない。
私は今でも信じています。
いつか、自分が稼いで築いた財産が正しいものならば、正当な所有者たる私の元に戻ってくるはず。

選挙結果もそうです。
また4年後、あるいは政府がへなちょこだったら解散総選挙だって法律上はありえるのです。
どれほど汚い行為を行った相手が栄えたように見えたって、お天道様はお見通し。
卑怯な行為で勝ち得た栄光なんて長続きしないし、よしんば、そういう卑怯者がのさばったところで、何を不満に思うことがあろうや?

自分が清く正しく生きるための妨げになるのは、そういった卑怯モノの行為ではなく、それに憤り、我を忘れて暴徒と化す自分自身だけ。

まだ最終結果は出ていませんがとにかく、今日は残念でした。

意識不明の重体になっている機動隊員もまたモンゴル国民であり、有権者なのです。
そして、まだ20代の若者達なのです。
どうか、この試練を乗り越えて、日頃の訓練の賜物である丈夫な身体で生還して欲しい、そう祈っています。

テレビでは炎上する車両、火炎瓶を投げる抗議グループ、黒煙がもうもうしている人民革命党本部(でも、燃えているあたりは国内便でよく利用するアエロモンゴリアのオフィスと思われるので、知り合いの女の子達が大丈夫かも心配)、路上にしたたった血痕、うずくまって動かなくなった機動隊員、ジェラルミンの盾を構えている機動隊、シュプレヒコール、銃声、、、まるで映画のように物騒な内乱状態の様子。

でも、実際は、そのすぐ50m先は全然普通なんですよ。
皆が皆憤って、内乱状態勃発、クーデター?なんてことはありえません。

今も、人民革命党の首相を初めとする幹部クラス、民主党他民主連合の幹部クラス同士の話し合いが行われています。
抗議デモも続行中だけど。

日本のNHKなども取材に来ているみたいですが、どんな映像が流れたとしても、抗議している人たちは公正な選挙を望み、民主化を諦めることない普通の市民なのです。
そして、抗議行動に参加していない人たちでも、多くが民主党の主張に賛同し、中間報告の結果を疑問視している声も多い、ということを、今、このウランバートルにいる私が報告します。

党本部襲撃については、人民革命党の行為を正当化させ、民主勢力を不当に貶めるための格好の材料となってしまったことがとても残念。

選挙という数少ない民意を政治に反映できる機会を台無しにした輩がいるならば、天罰が下るでしょう。
もし、不当なやり方で当選した人がいたとしても、その人がその後4年間、一生懸命に議員として活躍したら、それはそれで評価できることでしょう。

まだ何も始まっていないのに、結果を論じるのは早すぎる。

選挙権のない外国人はただ、見守るばかり。

それでも私はモンゴルの民意を信じたい。
そして、今回の暴動で怪我をした人全てが早く回復して欲しい。
同じ民族同士が闘うなんて、ウランバートル市で人を撃つ銃声の音を聞くなんて、勘弁して欲しい。

それにしても、ほんと、モンゴル民族って血の熱い人たちなのですね。

あ、こんなことになったからって心配してモンゴル旅行取りやめ、なんてしないでくださいね。

暴走がありましたが、モンゴル人は話し合いで紛争を解決できる人たちです。