ブログネタ:浮気はいい? 悪い? 参加中えっと、久々のブログ再開ついでに、ひさびさに口コミ番付のブログネタに参加してみます。
浮気が悪い、といったところで、心が一つに定まっていない人が、いろんな人に心を移してしまうのは仕方がないというか、むしろ、「悪い!」と責めたところで、ますます自分から心が離れてしまうと思う。
自分が浮気をするかどうかは、もし、本気の本気の相手に夢中だったら、ほかの人はとっても素敵だなって大好きだろうけれど、「浮気しちゃおう」という心が生まれることはありえない!
自分が相手に夢中になる、というのはとても素敵なことで、満たされた状態。
なので、そういうときは他の人の愛情を受けたら、自分がこぼれちゃうだろうし、誰かに注ぐときも、自分の「本気」の相手が嫌がることをしたいとは思いもよらないから、「浮気」につながるようなアプローチはありえないもんね。
もし、相手が浮気をした、ということがわかったら、一応話し合いをするのかなぁ。
相手の言い分もあるだろうし、その言い訳が、「浮気相手についふらふらと・・・」とか「なりゆきで」みたいなものだったら、「どうぞ、その心のままに動いちゃった相手のもとにいってちょ」ってバイバイしちゃうだろうな。
「許してくれー」みたいな話だったら、私は赦しちゃうだろうな。
許すっていうか、、、自分のところに戻ってきてくれて、それを私が嬉しいってホントに思えるんだったら、喜んで、「よかったー!浮気で。浮つかせちゃってごめんね!さみしかったんでしょ」ぐらいのこといって、抱きしめちゃうだろうな。
だって、相手を満たしてあげられなかった自分、しかも相手が私の愛情を一時的でも忘れてしまうということは、自分の相手への愛情が薄かったってことなんだろうから。
偽善者!っていわれちゃうかもしれないけれど、今までもそうだったし、相手に浮気された、というシチュエーションはなくって、たとえば、私が大好きで、相手と一緒の時間をすっごく幸せに大事に思っていてもしょっちゅう会えなかったりしたときに、「ソノテ」の場所いっちゃったり、「飲み屋で誘われて…」みたいなことでのアバンチュールやりました、みたいに白状されちゃっても、あんまり嫉妬とか、相手に対して嫌悪感とかを持てなかったりした。
相手に奥さんがいるってわかってても、自分が好きだなって思ったときは、ずっと好きだろうし。
でも、亡くなった祖母に3歳のころから言われ続けたことがあり、
「奥さんのいる相手を好きになっても、絶対とっちゃだめよ。他人からとったものは、また誰かにとられるもんなんだからね」
なので、妻帯者だって分かった瞬間に、どれだけ自分に愛を注いでくれたとしても、私の恋愛対象からは外れてしまいます。
それが浮気か本気かは関係ない。
大体、恋愛感情の本気と、浮気といっていいわけしなければいけなくなるシチュエーション、つまりは肉体関係をもっちゃった、というのは完全に別問題だと思うしなぁ。。。
私が浮気を許すといったからといって、もし、また誰かが私を愛してくれたなら、一直線で愛していただきたいものです。そして、そういう一直線、全力投球の愛情をがっしり受け止めて、相手にもびしっとストレートな速球を投げ返して、誰も入れる隙間のない全力ラブラブキャッチボールをしたいなぁって思います。
今、浮気しちゃっている人がいたならば、さびしいんだろうなぁと思うから、ちゃんと自分の心に正直に、ホントの100%の愛を注げる相手がいないんだったら、全部リセットして、孤独になる勇気をもったほうがいいんじゃないかしらん、と思うけどね。「浮気相手」とされた人も「浮気」をされた人も、きっとさびしいし、悔しいし、失礼だってぷんぷんすると思うから。
私は自分が心の中で、素敵な人を大好き!素敵!愛してる!って叫ぶくらいは自分に許すけれど、妻帯者に対して、何かそれ以上の欲望を抱いてしまいそうになったときは祖母の言葉を思い出して自分をリセットすることにしています。
許す、ということと、それを「いい」と思うことは別物です。
つまりは、やっぱ、「浮気は悪い」ってことなんだろうな。
浮気にうつつをぬかしていると、いつまでも「本気」になれなくなっちゃうもんね。
浮気が悪い、といったところで、心が一つに定まっていない人が、いろんな人に心を移してしまうのは仕方がないというか、むしろ、「悪い!」と責めたところで、ますます自分から心が離れてしまうと思う。
自分が浮気をするかどうかは、もし、本気の本気の相手に夢中だったら、ほかの人はとっても素敵だなって大好きだろうけれど、「浮気しちゃおう」という心が生まれることはありえない!
自分が相手に夢中になる、というのはとても素敵なことで、満たされた状態。
なので、そういうときは他の人の愛情を受けたら、自分がこぼれちゃうだろうし、誰かに注ぐときも、自分の「本気」の相手が嫌がることをしたいとは思いもよらないから、「浮気」につながるようなアプローチはありえないもんね。
もし、相手が浮気をした、ということがわかったら、一応話し合いをするのかなぁ。
相手の言い分もあるだろうし、その言い訳が、「浮気相手についふらふらと・・・」とか「なりゆきで」みたいなものだったら、「どうぞ、その心のままに動いちゃった相手のもとにいってちょ」ってバイバイしちゃうだろうな。
「許してくれー」みたいな話だったら、私は赦しちゃうだろうな。
許すっていうか、、、自分のところに戻ってきてくれて、それを私が嬉しいってホントに思えるんだったら、喜んで、「よかったー!浮気で。浮つかせちゃってごめんね!さみしかったんでしょ」ぐらいのこといって、抱きしめちゃうだろうな。
だって、相手を満たしてあげられなかった自分、しかも相手が私の愛情を一時的でも忘れてしまうということは、自分の相手への愛情が薄かったってことなんだろうから。
偽善者!っていわれちゃうかもしれないけれど、今までもそうだったし、相手に浮気された、というシチュエーションはなくって、たとえば、私が大好きで、相手と一緒の時間をすっごく幸せに大事に思っていてもしょっちゅう会えなかったりしたときに、「ソノテ」の場所いっちゃったり、「飲み屋で誘われて…」みたいなことでのアバンチュールやりました、みたいに白状されちゃっても、あんまり嫉妬とか、相手に対して嫌悪感とかを持てなかったりした。
相手に奥さんがいるってわかってても、自分が好きだなって思ったときは、ずっと好きだろうし。
でも、亡くなった祖母に3歳のころから言われ続けたことがあり、
「奥さんのいる相手を好きになっても、絶対とっちゃだめよ。他人からとったものは、また誰かにとられるもんなんだからね」
なので、妻帯者だって分かった瞬間に、どれだけ自分に愛を注いでくれたとしても、私の恋愛対象からは外れてしまいます。
それが浮気か本気かは関係ない。
大体、恋愛感情の本気と、浮気といっていいわけしなければいけなくなるシチュエーション、つまりは肉体関係をもっちゃった、というのは完全に別問題だと思うしなぁ。。。
私が浮気を許すといったからといって、もし、また誰かが私を愛してくれたなら、一直線で愛していただきたいものです。そして、そういう一直線、全力投球の愛情をがっしり受け止めて、相手にもびしっとストレートな速球を投げ返して、誰も入れる隙間のない全力ラブラブキャッチボールをしたいなぁって思います。
今、浮気しちゃっている人がいたならば、さびしいんだろうなぁと思うから、ちゃんと自分の心に正直に、ホントの100%の愛を注げる相手がいないんだったら、全部リセットして、孤独になる勇気をもったほうがいいんじゃないかしらん、と思うけどね。「浮気相手」とされた人も「浮気」をされた人も、きっとさびしいし、悔しいし、失礼だってぷんぷんすると思うから。
私は自分が心の中で、素敵な人を大好き!素敵!愛してる!って叫ぶくらいは自分に許すけれど、妻帯者に対して、何かそれ以上の欲望を抱いてしまいそうになったときは祖母の言葉を思い出して自分をリセットすることにしています。
許す、ということと、それを「いい」と思うことは別物です。
つまりは、やっぱ、「浮気は悪い」ってことなんだろうな。
浮気にうつつをぬかしていると、いつまでも「本気」になれなくなっちゃうもんね。