皆様、ご無沙汰しておりました。
日本はゴールデンウィーク突入ですね。

モンゴルも、日中はすっかり氷点下からおさらば。
たまにはコートもジャケットもなしで、Tシャツでお散歩できるくらいの陽気です。
でも、モンゴルの春は油断がなりません。
砂嵐、急な冷え込みや雪、とそして20℃を超える暑さ、と服の調整が難しいのです。

昨日の夜、親方日の丸系のボランティア活動を2年間、しっかりまっとうして日本に帰国したサンバおじさんのかばおやじさんとひろちゃんとSkypeでお話してるときの突風で、カラスが5階から墜落!
地面に激突して、ソートンのお友達・サーラル(にくさんのブログだとのら子)の餌となってました・・・
まさか鳥が風にたたきつけられて墜落死するなんて、想像だにしてませんでしたよ。
建物の間で風が変な感じに待っていたせいなのか、つむじ風がすごいことになってたせいなのか、窓ガラスに守られていた私には全然わからないんだけど。。。
急にひゅーっと飛んでたと思ったら、直角に近くひっくり返って、きりもみ降下。
飛行機が乱気流に巻き込まれてストーンと落ちるみたいな感じ?
でも、地上20mもないところでこんなことってあり?

モンゴルってほんと、わけのわからんことが多すぎです。

この1か月ちょっと、いろんなことがありすぎて、書かなければいけないことも、いっぱいあったけれど、ちゃんと文章にまとめる気になれなくって、ご心配をおかけしてしまいました。

自分の中で整理するまで、こんなに時間がかかるとはね。。。なんて、思わせぶり。
ほんとは何も解決してないし、整理なんかできてないかもしれないし、一生かけて、ずっと考え続けることになるかもしれないのだけれど。

箇条書きにしてみましょう。

*トムはジステンバー感染がわかってから5日間、七転八倒の苦しみで回復の見込みなしとなってしまい、3月22日、11:20に動物病院で安楽死させました。

*3月22日、今はアメブロ仲間になっている吉井加奈子さんがMCをやっているラジオ番組「ミュージックトリップ」に電話出演させていただき「風になりたい」をリクエスト。ほんとは、あいのりメンバーでモンゴルで出会ったカルボナーラのすすめでもあったフジテレビ「あいのり」の主題歌を、と思っていたのですが、21日の夜中に、トムが壮絶なけいれんをし、安楽死を決めた時、愛する人との永遠の別れを思い出す歌となってしまった「風になりたい」を聞きたいと思ったのでした。

*共同経営者との係争は、まだ解決していませんが、解決の糸口として、司法の場では戦うという選択肢は断念するように、私の弁護士まで説得してきました。三審制だし、賄賂など裏の手を使うのも平気な相手方と戦っても、本来、私の手元にあるべきものを取り戻すのには10年近くかかる可能性があることが理由。
係争相手となるはずの人達が、私の預金通帳を奪ったまま廃棄してしまったらしく、しかも経営陣をいつの間にかやめてしまっているため、刑事的責任を問うのも難しいそうなのです。こうした詳細をネットで公表する権利を放棄することで、自分が失った財産の20%くらいが戻ってくるかもしれないようです。
泣く子とモンゴル人にはかなわないのかもしれんなー、と思いながら、トムを失ったことに比べれば、金銭的、財産的な損失など屁でもないと思うようになっています。

*不当な方法で私の財産を奪っているからこそ、司法の場での係争を断念させようとしている、そのことからも彼らがいかに不義で卑怯な人間であるかは明らか。財産に執着した金の亡者と縁切りするためならば、モンゴルでの活動の結果としてコツコツと蓄積した預金を失うことになっても、安いもの、というのが自分の気持ち。

*あとの裁きは、神のみぞ知る。私には誰かを裁くことも、判断することもできないのだなぁ、、、と。

*それにムンフナランにはかわいい男の子と1歳+アルファになったばかりの女の子マラルちゃんがいる。
アムガーにも頭脳明晰なトゥブシン君という男の子と、おしゃまなボーボーという娘がいるし、今も子づくりに励んでいる、らしい。。。大事な家族を抱えている人たちを刑事犯罪人にしてしまうのも気の毒だし、刑罰を与えることができても、私が奪われたものがすぐに返される保証もない。
ならば、他人の人生を、つまりは本人以外の家族まで不幸に巻き込むというような結末は私も望んでいないということなのです。それは最初っからそうだったんだけど。。。
人を裁くというのはとても難しいことだし、彼らには彼らの言い分があるだろうから、そういうことの中には私が聞くに堪えない話もあるかもしれない。
これ以上、モンゴル人と争うのは無駄なことだもんなぁ、、、。と
たぶん、ほかの人達もこんな気持ちで刑事告発をあきらめたのかもしれません。

*さて、暗い話ばかりなのも、いかがなものか、なので、明るい話も。
モンゴル日本人材開発センター(モンゴル日本センター、これが正式名称なんですね)で、4月の2週間、3年目の「日本語通訳ガイド養成講座」なるもので講師をやりました。教え子30人との夕方5時から8時までの授業は、自分のモンゴル観光を盛り上げようという情熱に火をくべるにはよい薪となりました。

*これも自分にとっては、いい話。
3年ぐらい一応、「おつきあい」をした正吉君ですが、やはり価値観の違いや、相手への不信感の溝は埋められないなぁ、という気持ちが強く、耐えようと思えば、何年でも耐えられる、と思いつつ、モンゴル人の私に対する財産剥奪、吸血鬼とさえコメントで言われてしまうような行為の一部分となってしまうような付き合いに、人生を費やすのはもったいない、と思い、すっぱり別れました。

*トムはいろんな私の抱えていた問題を解決するために、神様がつかわした天使だったのかもしれないな、と思います。
いろいろな問題、ひとつひとつは決して小さいとはいえないかもしれないけれど、でも、私が執着心や欲、損得勘定を捨てることで一気に解決するってことなんだなと。
トムを失ったことに比べると、ほかのものは全くもってちっぽけで、なんの喪失感もないもんです。

悔しいとか恨んでやる、という気持ちも、トムのことを考えると、すぅっと消えていきます。

毎日、毎晩、トムのことを思い出しますが、それはさみしいとかかなしいとかっていうことではなく、ただただ優しい気持ちと感謝の気持ちです。

闘病は発病してから、4泊5日。
その間、私は一切、食べ物を食べることなく、眠ることもありませんでした。
水を飲んだりトイレに行ったりはしたけれど。

ソートンは完全隔離で、散歩はブログ仲間のにくさんが行ってくれてました。
にくさんがいなかったら、耐えられなかったかもしれないと思うと、にくさんにも大感謝です。

1時間半か2時間おきに激しいけいれん発作が全身に起きるようになり、痙攣のあとは、徘徊。
視力もなくなってしまうようで、ふらふらとただ徘徊するだけ。
私の呼びかけにも反応せず、ただ生存本能だけで排泄し、異常なほどの食欲。
少しだけ正気に戻ることもあるけれど、ほとんど、痙攣をとめるための鎮痛剤と睡眠導入剤を注射しているから眠るのみ。
容体急変するかもしれないと思うと、ほんとに目が離せない、そんな感じで、いただいていた翻訳の作業やテキストの校正をしながらも、ずっとトムと一緒にいました。
昔、愛した人が病気にかかってしまったとき、きっと治る、治してほしいと神様にお祈りしたときの気持ちになって、一生懸命お祈りしてました。
祈るしか私にできることはなくなって、人間は、なんと無力なのかと思ったり。
でも、モンゴルではジステンバー発症後3日以内の死亡が80%といわれていたのに、トムは5日間生きました。その間、ずっと私は彼とコンタクトを取っていた気がします。

安楽死を決めることになった決定的な全身けいれんは、そのまま死んじゃうんじゃないか、と思うほどだったのに、その後、急に正気になって、涙でぐちゃぐちゃになっている私をなめ、「お手」をし、おすわりをし、遠吠えしました。

隔離されているソートンも遠吠えを返していました。親子でお別れの儀式をしているようでした。
トムは、私たち人間が、きちんとワクチン接種をしてあげられなかったことが原因でジステンバーに感染してしまったのに、看病で衰弱している私をなぐさめ、いたわるように、私に寄り添うのです。
全部、私のせいなのに、私を責める気持ちを一切もたず、ただ愛情と忠誠だけを私に向けていたのでした。

そんなトムのことを考えると、ムンフナランやアムガーたちが私に何をしたか、なんてどうでもよくなりました。
命を奪うことになるほどの罪深い私をトムはちっとも責めることもせず、ただただ愛してくれました。
けがれのない純粋な愛というのがどれほど尊いものなのか、それを失うことがどれほど深い哀しみなのかをトムは教えてくれました。

それでも、動物病院に入る直前に、トムは痙攣発作で衰弱しきった体で最後の体力を振り絞って逃げたんです。この建物に入ったら、二度と生きては出られないとわかっているかのように、ふらふらの体で逃げたんです。
捕まえながら、泣きました。抱きしめて泣きました。
そして、獣医さんのところに入ったときは、トムはもう逃げませんでした。
すっと右の前足を差し出しました。それは、彼が抗生物質や栄養剤の点滴を受けていた静脈注射をいつもするところでした。

白濁した薬液を注入されると、トムの瞳孔が開き始め、それでも、トムは私の手のひらをなめ、5分くらい生きていました。力を抜き、少しずつ、彼の体から魂が抜けていくのがわかりました。
普通は数十秒で死んじゃうらしいのに、トムはゆっくりゆっくりと私を説得するように、自分を納得させるかのように、ゆっくりと死んでいきました。

ウランバートル郊外の見晴らしの良い山の上にトムを埋葬しました。

トムを失ってから2日間は誰とも口がきけず、大事な友達の何人かにメールをし、母と国際電話で話しただけでした。

それからの私はかなり精力的に仕事に没頭。
没頭できる仕事があったことに感謝しました。

モンゴルでは犬は家族の一員で、その家に降りかかる災難や悲劇の全てを自分で背負って、主人の変わりに死んでいくのだそうです。
トムは私に降りかかってきた全ての災難や不幸や他人の恨みなどを引き受けて、天国に旅立っていったのだと思いました。

実際、トムがいなくなった喪失感とともに、私の精神はとても穏やかになりました。
お金は大事だし、何よりも自分が一生懸命稼いだお金、一生懸命育んできた会社を、一緒にがんばってきたはずのモンゴル人の強欲で台無しにされたことで、私自身、般若のように、鬼のようになり、心はささくれだっていたのですが、でも、失ってつらいのは、目に見える財産じゃなくて、愛であり、命だってことがわかったから、すべてを失っても、ま、いいや。

自分が持つべきものを決めるのは自分じゃないんだと気付きました。
ソートンまで奪われたらどうしよう、とそればかりが気がかりでした。
トムを失ってからソートンも下痢や発熱がひどく、3日間くらいはウンウン唸っていたからです。
ソートンまで失うわけにはいかない、と必死で残った力で看病し、祈りました。

裁きはすべて私の身に。ソートンだけはどうか生かしてくださいと。

ソートンも元気になり、ムンフナラン達から、そんなにいろんなものが欲しいのか、警察がそんなに怖いのか、と思われるような、道理としては理解しがたい条件での和解の申し出がありました。
2000万円あまりの私の預金をなかったことにすれば、会社の設備などは返却してもいい、という話でした。

もう、それでいいや。そんな無責任なことが主張できるっていうのは驚きだったけれど、それできれいさっぱり別れられるなら、いいや。安いもんだ。

会社のものが手元に残れば、また一からやり直しできる。

パンドラの箱に残ったのが「希望」だったのと同じように私にも「希望」=「未来」が残された。
預貯金というのは、私が過去にコツコツためたものだけど、会社の備品は未来の道を耕す道具です。
だから、そっちを残せるなら、私はそのことを感謝すべきだと思いました。

トムが病気にならなかったら、私は神様に祈るなんて、しなかったかもしれない。
信じられるのは自分だけだってかたくなになっていたかもしれない。

でも、いろいろなことから解放されて、私はすごく楽になりました。
トムは今でも自分のそばにいるような気がします。

犬の餌づくりをするとき、ちょっぴり多めに作ってしまう私。
てんこもりになった餌を、今まではがっつり食べちゃってたのに、トムがつまみ食いした分を残してしまうソートン。

10分くらいしたら、食べ残した分をまた食べちゃうんですけどね。

トムが元気だったら、、、って、私とソートンの散歩にもれなくついてくる、「サーラル・のらこ」を見ると思います。彼女は、ちょうどトムと同じくらいの時期に生まれた野良犬で、近所に10匹以上いた野良犬がいつの間にやら消えちゃったのに、彼女だけは近所の人たちに愛され、健やかに育っているのです。
そして、ボールを追いかけるソートンの首輪の端っこにかじりついて引きずられていく姿はまさにトムと一緒。

いつも一緒に遊んでいて、彼女もトムとソートンのように人に愛され、遊びたかったんだろうなぁと思います。

野良犬なので、餌をあげたこともないし、トムが死んでからソートンに病気がうつったら困る、と神経質に、彼女のお尻を力いっぱい蹴り飛ばしたこともある私なのに、彼女もまた純粋に私が大好きっていうラブラブ光線を出しまくってます。
なんだか根負けした感じで、彼女に名前を付けました。「サーラル」通称サラーです。
犬に名前を付けるときは、こっそり耳元で3回、名前を囁きます。
サーラルは、名前を付けられたとき、少しびっくりしたように目を見開き、そのあと、満面の笑顔になりました。トムが笑ったときみたいでした。
犬もやっぱり笑うんですね。

サーラルの写真は、にくさんのブログに載ってます
トムとは似ても似つかない、正真正銘のザ・雑種です。

犬に愛され、大切な友達に囲まれて、仕事に恵まれて、私は元気に生きています。
そして、これからもっともっと仕事と生きることにがんばって、このモンゴルに感謝しながら、人生道場を続けます。

知らないこともいっぱいあって、力不足で無力感に地団太踏むこともいっぱいあると思うけれど、日本で私を応援してくれている愛する仲間たちと再会したときに、満面の笑顔で皆を抱きしめられるように、いっぱい素敵なエピソードを作っていこうと思います。

そんなわけで1か月余りも更新中断しちゃって、ずいぶん沢山の方から生存確認メールをいただいちゃいました。

そうそう、モンゴルにきた「あいのり」メンバーのカルボと連絡が取れたことがすっごく嬉しかった!
ダニーもアメブロ始めたし・・・

みんな、大好きだよー!

あいのり本10で、モンゴルの話もちょっと出てるみたい。読みたいなぁ。

おいおい、みんなラブラブになってるのね。いいなぁ。。。
あやかりたいっす。

てなわけで、春は、日本人にとって、すべてが新しくなる季節。
なので、仕事も恋も自分磨きも、心機一転がんばりまーす。
あ、更新もね。

沈黙中もコメントを下さった皆様、本当にありがとうございます。
感謝、感謝です。
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