弁護士さんと一緒に被害届けを出しに行く途中で、彼のおなかの中には、どうやらピロリ菌がいるようで・・・
ストレスは大敵よー!といいつつも、私の抱えている問題なんか「些細なこと」にカウントされちゃうくらい、いろんなごたごた問題を日常的に処理したり、交渉したりする弁護士という仕事についている人がストレス無しでいられるわけないよね。
ピロリ菌洗浄というのは最近、日本ではわりと気軽にちゃっちゃとできちゃう処置だけど、モンゴルではピロリ菌の存在自体がメジャーじゃないみたいです。
「そんな腹の虫を抱えているからと、車や機械じゃないんだから、胃の中を洗うなんてできないだろ」と一笑に付されました。
去年の7月以降10月くらいまでの我が駄文ブログで愚痴グチと綴っている問題で、私はかなり打ちのめされ、ストレスが体を蝕むと、どれほど精神と肉体を痛めつけるかを体験したわけですが、未だ、この国でストレスなしで過ごすベストな方法を見つけられないでいます。
モンゴル国が民主化して、日本政府が無償援助政策でモンゴルに乗り込んできた初期の頃から、21世紀まで、関わってきた某政府機関のベテランの方が、「モンゴル人がいないモンゴルの自然と馬が好き」という笑えないジョーク。。。実感です。
勿論、モンゴル人がこの国を築き、独立を続けてくれているわけで、チンギスハーンの末裔に抱く私の敬意や憧れは並大抵のものではなく、一生をささげているわけですが、、、それにしたって、最近、モンゴル人から受けるダメージというのは、日本ではちょっと経験できない多種多様なものであり、「タフな土地がタフな人間を作る」というのはほんとなんだなって思っちゃう。
タフ=無神経じゃいけないと思いつつも、、、繊細な神経を自分が持ち合わせているとは言いがたいけど、かなりの感覚器官をオフにしておかないとモンゴル人の論理展開にはついていけないときもある。
ストレスなしで暮らすには、、、やっぱ、潤沢なお金?
他人にあげても惜しくないくらいお金の余裕があって、自由に草原で暮らせるなら、私はいくらでもストレスなしで暮らし続けることができるでしょう。
草原の暮らしで、基本的にヒツジとヤギをあわせて100頭くらい、授乳期の子牛連れの牝牛が3-5頭、乗馬用の5-10歳くらいの馬4頭、またはタネ馬1頭分の馬群と照準があったライフル銃とつり道具を持って、ハンガイといわれる草原と森の混在地、あるいはフブスグルの河川があるところだったらどこででも、何年でも私は自活し続けることができる、と思います。
小麦粉と米がそれぞれ50kgずつと砂糖が5kg、塩が5kgあれば、上記スペックの家畜の群と共に半年は暮らせる。
自分がこれまでの草原での野外調査や都会での自炊生活で割り出した数字です。
ウランバートルにいると、やれ、有機農法で栽培された安全なキャベツや白菜、菜っ葉モノ、ジャガイモ、ニンジンが欲しいだの、豆腐が欲しいだの、納豆つくりたいだの、スープや出汁の素が欲しいだの、しょうゆや味噌がいるだの、トイレットペーパーは韓国製のやわらかい70m巻がいいだのと、贅沢三昧な消費意欲にまみれ、ミネラルウォーターに錆が混入しているだの、賞味期限があやしいだのとぐちゃぐちゃ文句をいう私ですが、草原に出てしまうと、あら、不思議。。。
森や草原に生えている草もわりと食べられるものが一杯あるし、なければないでなんとかなっちゃうものなのです。
人間の体とは不思議なもので、どうやって補っているのかわからないんだけれども、野菜もなければないでなんとかなっちゃうのです。
お金はあったほうがいい、というのは、誰かから何かを(例えば、好意とか手助けとか)所望した場合に、一番交換が簡単なシロモノだからで、私自身がお金をそれほどがつがつ欲しがっているわけではない。
稼がなきゃ、とあせるのは、今持っている限りある財産をなんとか維持するためにはお金がかかるからであり、それこそ、ビッグビジネスをしたいとは思えない。
ゆえにあせれない・・・
でも、モンゴル人、なんでそんなにお金が欲しいのか?
そして、どうしてこんなに基本的な生活にお金がかかるのか?
いくら最低賃金レベルが引き上げられたから、といっても、どう考えても、足りません。
まともな生活を田舎から出てきた庶民が望もうと思っても、普通の就職では、絶対、無理。
モンゴル人は何か、すごいマジックアイテムを持っているとしか思えないぞ。
お金お金と言い出すとキリがないわけですが、、、1年のうち、3ヶ月くらいをモンゴルで暮らし、残りを日本で普通にバイトなりパートなり、派遣社員なりという立場で労働すれば、楽勝でしょう。
3ヶ月程度の短期滞在ならば、誰かがお金の無心をしてきたとしても、応じたくなければ逃げ切れる期間です。年がら年中モンゴルにいると、それだけコンタクトチャンスが増え、根拠はないのに自信に満ち溢れた夢物語のようなビジネスを持ち掛けられたりと、それはそれはめんどくさい。
ビジネス好きならともかく、私にとっては、自分のコーディネーターとしての能力や語学力を存分に活用して、モンゴルの面白さやサバイバル術を自分が習得したり、日本語や英語を使える人達にモンゴルを楽しんでいただくためのお手伝いをプロフェッショナルにできれば幸せなのです。
自然の厳しさとの闘いというのは、人間の知恵を発揮しやすい環境なので、ストレスどころかワクワクできる。
一人ぼっちで大自然に放り出されたらたまらんなぁ、と思うから、やっぱり誰かといっしょにいたいけれど、結局のところ、人がたくさん集まっている、という環境がストレスを生み出しているような気もしちゃう。
人口一億人以上の国の1千万人もの住民を抱えた日本の都会から来た私が抱くべき感想じゃないんだけど。
ウランバートル、人、多すぎ!
ストレスは大敵よー!といいつつも、私の抱えている問題なんか「些細なこと」にカウントされちゃうくらい、いろんなごたごた問題を日常的に処理したり、交渉したりする弁護士という仕事についている人がストレス無しでいられるわけないよね。
ピロリ菌洗浄というのは最近、日本ではわりと気軽にちゃっちゃとできちゃう処置だけど、モンゴルではピロリ菌の存在自体がメジャーじゃないみたいです。
「そんな腹の虫を抱えているからと、車や機械じゃないんだから、胃の中を洗うなんてできないだろ」と一笑に付されました。
去年の7月以降10月くらいまでの我が駄文ブログで愚痴グチと綴っている問題で、私はかなり打ちのめされ、ストレスが体を蝕むと、どれほど精神と肉体を痛めつけるかを体験したわけですが、未だ、この国でストレスなしで過ごすベストな方法を見つけられないでいます。
モンゴル国が民主化して、日本政府が無償援助政策でモンゴルに乗り込んできた初期の頃から、21世紀まで、関わってきた某政府機関のベテランの方が、「モンゴル人がいないモンゴルの自然と馬が好き」という笑えないジョーク。。。実感です。
勿論、モンゴル人がこの国を築き、独立を続けてくれているわけで、チンギスハーンの末裔に抱く私の敬意や憧れは並大抵のものではなく、一生をささげているわけですが、、、それにしたって、最近、モンゴル人から受けるダメージというのは、日本ではちょっと経験できない多種多様なものであり、「タフな土地がタフな人間を作る」というのはほんとなんだなって思っちゃう。
タフ=無神経じゃいけないと思いつつも、、、繊細な神経を自分が持ち合わせているとは言いがたいけど、かなりの感覚器官をオフにしておかないとモンゴル人の論理展開にはついていけないときもある。
ストレスなしで暮らすには、、、やっぱ、潤沢なお金?
他人にあげても惜しくないくらいお金の余裕があって、自由に草原で暮らせるなら、私はいくらでもストレスなしで暮らし続けることができるでしょう。
草原の暮らしで、基本的にヒツジとヤギをあわせて100頭くらい、授乳期の子牛連れの牝牛が3-5頭、乗馬用の5-10歳くらいの馬4頭、またはタネ馬1頭分の馬群と照準があったライフル銃とつり道具を持って、ハンガイといわれる草原と森の混在地、あるいはフブスグルの河川があるところだったらどこででも、何年でも私は自活し続けることができる、と思います。
小麦粉と米がそれぞれ50kgずつと砂糖が5kg、塩が5kgあれば、上記スペックの家畜の群と共に半年は暮らせる。
自分がこれまでの草原での野外調査や都会での自炊生活で割り出した数字です。
ウランバートルにいると、やれ、有機農法で栽培された安全なキャベツや白菜、菜っ葉モノ、ジャガイモ、ニンジンが欲しいだの、豆腐が欲しいだの、納豆つくりたいだの、スープや出汁の素が欲しいだの、しょうゆや味噌がいるだの、トイレットペーパーは韓国製のやわらかい70m巻がいいだのと、贅沢三昧な消費意欲にまみれ、ミネラルウォーターに錆が混入しているだの、賞味期限があやしいだのとぐちゃぐちゃ文句をいう私ですが、草原に出てしまうと、あら、不思議。。。
森や草原に生えている草もわりと食べられるものが一杯あるし、なければないでなんとかなっちゃうものなのです。
人間の体とは不思議なもので、どうやって補っているのかわからないんだけれども、野菜もなければないでなんとかなっちゃうのです。
お金はあったほうがいい、というのは、誰かから何かを(例えば、好意とか手助けとか)所望した場合に、一番交換が簡単なシロモノだからで、私自身がお金をそれほどがつがつ欲しがっているわけではない。
稼がなきゃ、とあせるのは、今持っている限りある財産をなんとか維持するためにはお金がかかるからであり、それこそ、ビッグビジネスをしたいとは思えない。
ゆえにあせれない・・・
でも、モンゴル人、なんでそんなにお金が欲しいのか?
そして、どうしてこんなに基本的な生活にお金がかかるのか?
いくら最低賃金レベルが引き上げられたから、といっても、どう考えても、足りません。
まともな生活を田舎から出てきた庶民が望もうと思っても、普通の就職では、絶対、無理。
モンゴル人は何か、すごいマジックアイテムを持っているとしか思えないぞ。
お金お金と言い出すとキリがないわけですが、、、1年のうち、3ヶ月くらいをモンゴルで暮らし、残りを日本で普通にバイトなりパートなり、派遣社員なりという立場で労働すれば、楽勝でしょう。
3ヶ月程度の短期滞在ならば、誰かがお金の無心をしてきたとしても、応じたくなければ逃げ切れる期間です。年がら年中モンゴルにいると、それだけコンタクトチャンスが増え、根拠はないのに自信に満ち溢れた夢物語のようなビジネスを持ち掛けられたりと、それはそれはめんどくさい。
ビジネス好きならともかく、私にとっては、自分のコーディネーターとしての能力や語学力を存分に活用して、モンゴルの面白さやサバイバル術を自分が習得したり、日本語や英語を使える人達にモンゴルを楽しんでいただくためのお手伝いをプロフェッショナルにできれば幸せなのです。
自然の厳しさとの闘いというのは、人間の知恵を発揮しやすい環境なので、ストレスどころかワクワクできる。
一人ぼっちで大自然に放り出されたらたまらんなぁ、と思うから、やっぱり誰かといっしょにいたいけれど、結局のところ、人がたくさん集まっている、という環境がストレスを生み出しているような気もしちゃう。
人口一億人以上の国の1千万人もの住民を抱えた日本の都会から来た私が抱くべき感想じゃないんだけど。
ウランバートル、人、多すぎ!