毎日、ブログを更新するというのは大変ですね。
モンゴルではネット環境が決していいわけではないのに、アウトプットしたいという露悪趣味なのか、誰かに何かを伝えたい!とつまんない日常の出来事まで記事にしていたのに。

今、短期集中の一時帰国中なのですが、朝から晩まで、夢中で大好きな人たちとの時間をむさぼっている最中。

伝えたい気持ちや共有したいイベントなどが、大切な人と双方向あるいは共同でできてしまうと、不特定多数の人にまで伝達したいという欲求がなくなってしまふ・・・。

映画を見まくり、写真展や博物館や美術館を巡り、好きな喫茶店や飲み屋の椅子にお尻が張りつくほど居座り、温泉につかり、友達とともに夜更けまで語り、本を読み…1日が24時間じゃ足りないっていう充実感!!

AWAYとHOME・・・いつの間にか、日本シフトを考えている自分。

愛犬の居場所も確保できそうな感じだし。
仕事も・・・多分、自分の生き様軌道修正する必要はあるんだろうけれど、、、20代終わり頃に感じたモンゴル一辺倒はダメ、という危機感は、30代後半になった今、さらにひしひしと感じるようになってきた。
日本とモンゴル・・・自分なりに考えなくちゃいけないことってたくさんある。

考えていくうちに会社経営の私、モンゴル語の私だけを見たがっている人には納得できない決断を下すかもしれないって思ってる。

誰かの期待や思い込みにこたえるだけの人生なんて、無理だって思う。
だって、がんばって、だの期待してるだの、と確定しない仕事をふってこられても、私の人生の安全パイにはならない空論ばかりなんだもの。
私が命を削り、心をずたずたに引き裂きながら、誰かのためにがんばったところで、結局、足を引っ張り、文句タラタラで、、、モンゴルの現状を見てよ!なんて言い訳通用しないし、単なる力不足なのですが、そもそもが私のスペックにモンゴルを踏み台にして儲けたり美味しい思いをする人のために働くっていう機能はついていませんのよ。

契約し、料金が発生し、仕事がGo!ってなっているというならば話は別ですが、どうなるかわからない話で、私が心からモンゴルと一緒にワクワクできないようなことで、私をしばりつけようっていうのは無理です。

こういうことを無責任っていうのなら、その人はきっと会社に殉教者として身も心もささげている人なんでしょう。

私は無理です。愛するモンゴルがずたずたになるってわかって、日本人側にたって美味しい思いができる、なんてウハウハ仕事はできないよ!

今、日本で穏やかでいられるのは、モンゴルで繋がっていながら、私が私らしく自由に発想し、動き、誰かの力になることを心から喜び、やりがいを感じていられるから。
朝から晩まで働いたって、遊んだって、考え込んだって、悩んだって、、、すべてが私が次のステップを決めるための大切なプロセスだって実感できるからなのだなぁ。

モンゴルで暮らしている時に、自分を実感できなくなっているのはなぜなのかしらん・・・。
本質は見えているだけに、結論を出すのが怖いんですね。

でも、今、見えている結論や本質なんて、今の私だけのもの。
モンゴルも私も、もっともっと深く、広く、そして熱いはず。
もっともっと世界につながっていけるはず。

それにしても、日本はいい国です。美しく、そして清々しい。

なぁんて思ったのは、気持ちを言葉で伝えなくても100%共有できる人と、週末たっぷり、大好きな富士山と海を堪能したからかもね。
言葉も自由自在に理解できるのに、あえて使わなくても、安心感をもって、一緒だねって思えるってホントに素敵なことなんだなぁ。
携帯メールでのやり取りで相手の顔が見えなくても、その人の状況や気持ちが伝わってくるのも幸せ。

いつのまにかこの感覚をモンゴルでつかめなくなっちゃったけど…なんとか取り戻したいな。