モンゴルの旧正月初日、元旦は家族・親戚の長老宅や仕事やプライベートでの付き合いの中でも尊敬プライオリティの高い方のところにご挨拶に行きます。

昨日は、なんと元旦だというのに、本日よりアメリカ出張だというGoogle Earth In Mongoliaの中の人である会社の社長さんとお仕事の打ち合わせ・・・。働くのぉ。
でも、先日やったとある翻訳原稿のギャラというかお年玉をいただいちゃって・・・
モンゴル人には珍しく、金払いがよい、というか気前がよいというか、労働対価をわかっているというか・・・。いや、もらいすぎな気がしてしまうような感じなのに、相手からは、「これだけしか今、出せないんだけど、ごめんね」みたいに恐縮しながら、、、というとてもモンゴル人から仕事をいただいているという気がしない、とても気持ちのよい仕事、お互いにね。

その後、正吉君の実家へ。。。

えぇ。フブスグルの親戚一同、故郷を離れてきている学生さん、社会人などでびっちり埋まっております。
会話、すべてダルハド語。ハルハ・モンゴルの人にはみょうちきりんな抑揚があるため、シラフでも酔っ払っているかのように聞こえるとか。
妹の彼氏はハルハ・モンゴル人なので、「半分ぐらいわかったところで、あとは想像」で会話をあわせているとのこと。
それにしてもこりゃまた集まったものです。しかも続々とあふれんばかり。

私は午後1時くらいに到着したのですが、お父さんがせっせと作ったオーツはもう半分くらいになっちゃってる。来年はもっと大きいのをゲットするか、2頭分買う、だな。

エーレン(モンゴル語だとオンゴット つまりは神棚みたいなもの)の前には、来客が備えて行ったタバコやミルク、シミンアルヒやお賽銭がいっぱい。

テーブルには見事に肉、肉、肉料理が並んでいます。
ボーズはお客様が来たところで、人数に合わせて、あらたに蒸します。
ボーズができるのをまって、新年のご挨拶をしてまわり、スーティツァイ(モンゴルの塩味ミルクティー)やお酒などを飲み、前菜をいただきます。
前菜はソーセージとピクルス。そして、正吉君自慢の(自分で作ったわけでは、当然、ない!)の故郷・ツァガンノールでとれた、ツァガンザガス(ホワイトフィッシュ)のミンチで作ったホーショール。
皆さん、ダルハド族なので魚は大好き。

いやー、今年は街ではとんとツァガンザガスを見かけないよねー。
そうそう、白身魚は全部「ツァガンザガス」って売ってるけど、いっくらなんでも見た目違いすぎだよなー。
ハルハの人にはわかんないんじゃないの?水の中にいる生き物、全部「魚」だと思ってたりして。。。

はははー。

みたいな。

そして、ツァガンノールの冬の産業でもあった氷上網漁談義で盛り上がる。
昔は1.5mくらいの厚さだったけど、今年はどうかなぁ。
いや、かなり寒いから、さすがに今年は凍っただろ?
あんまり寒いと魚も湖底に潜るから相当でかい網を広範囲に広げて追ってかないと、ひっかからないよなぁ。

ほら、オユン婆さんとこの息子たちが、3日がかりで網を仕掛けたときなんか、結局、40cmくらいの小魚が1匹とれただけだっただろ。


あれは気の毒だったよなー。魚、どこに行っちまったんだろうなぁ?

氷といえば、そういえば、だるまが水汲みに行って、はまったよなぁ。
あはは、そうそう!

(げっ、やな展開。去年もやったよ、このネタ・・・はぁ。。。と私)

あの時はびびったよなぁ。

頭からザブン!だもんな。
あれ、氷が割れて落ちたのか?

違う違う!ほら、水汲み場の氷蓋を取ろうとして、踏み台の方の氷まで引っ剥がして落ちたんだって!

よく死ななかったよな!

でも、落ちたっつったって上半身だけじゃん。
お尻と足がバタバタもがいてて、氷にはまったトドみたいだったよな!
そうそう。ロシアのコメディ映画であったあった。

一同、爆笑ー!!!

ええあせる
ありましたね、そんな話。10年ほど前に。
ちょうどツァガンサルが終わったあとにタイガから降りてきて、村の人のところでお世話になってて、ちょいと貢献しようと得意の水汲みに行って、、、

ツァガンノールの村の人たちは、冬でも氷や雪をとかすのではなく、淡水の湖に分厚い氷を割った共同の水汲み場を作り、新鮮な清水を使います。決められた穴からだけ水を汲み、汲んだ後の穴が凍らないように表面に浮いたシャーベット上の氷を取り除き、氷のブロックで蓋をして冷たい外気が入り込まないようにしてます。
私が暮らしていた10年ほど前は、今よりも寒かったので、湖の氷の厚さも私の身長(153cm)以上あり、氷の穴まで、階段状の木の板と氷の塊で足場を作っていたのです。水は氷の表面まで持ち上がるので、それほど深いところから汲む必要はなかったのですが、私が「はまった」時は、たまたま、共同で使う柄杓が氷の下に入り込んでしまっていて、それをとろうと着膨れた私が覗き込んだとたんに、つるっと・・・

別にはまったといっても、雪山用の耐水ダウンジャケット着膨れてたから、びしょぬれになったわけでもなんでもないんですよ。
たまたま、穴にスポッと上半身が入ってしまい、手が固体に届かずになんとかお尻と足の重さで抜け出そうとしてもがいていたところを通りがかりの少年たち数名に引っ張り揚げられた、というだけの話なのですよ。

少年たち、いまや20代後半の立派な青年であります。うぅ。

いや、若気の至りとはいえ、ツァガンノールにはこうした私の頓珍漢な行動が伝説として皆様に笑いを提供しているのは困ったものです。

ナーダムお岩事件、とか、馬が迷子でボンファイヤー騒動とか、足跡おっかけ国境越えてロシア密入国事件とか・・・

さらに、へんてこなトゥバ語やダルハド語、ハルハ族と違う習慣のために生じた誤解などで、逸話はことかかず、タイガの皆様のジョークには、「だるま曰く」で始まるジャンルがあるとさえ。。。

お正月に親戚一同で集まったときに、自分の子供の頃の話されて恥ずかしかったことってありません?

まぁ、外国の人たちとのお付き合いとはいえ、10年以上にわたると共通の思い出話で盛り上がれるのはありがたいことです。

今回は正吉君のお友達で、フブスグルが生んだニューフェース演歌歌手・ボヤンなんとか君もやってきました。モンゴルの氷川きよしと私が勝手に呼んでいる大スター・ジャブフランや、体はちっこいけれどハスキーボイスと丹精なマスクで人気上昇中のバットエルデネと大学同期で、「朝青龍」など日本で活躍する大相撲力士をたたえる演歌で去年あたりからじわじわブレイクしている人なのです。

とっても控えめで普通のお兄ちゃんみたいな感じで、「うわー、地味!こりゃ、売れんわ・・・」とちょっと思っちゃったのですが、宴たけなわ、みたいになってお酒がまわったところで、「去年はCDを出し、ソロコンサートもできました。モンゴルの伝統の心をうたい、今年もがんばります。これも同郷の皆さんたちのおかげです。感謝を込めて歌います。「ナーダム」という歌です。」とスピーチ。

そして、朗々とした深みのあるいい声で歌ってくれました。
最近、テレビでよく流れている曲です。
前の怖い奥さんと別れて美人で気立てのよい嫁さんをもらってから、めきめき運勢変わったんだとか・・・。
それまでの地味そうな雰囲気が一転、いきなりディナーショーみたいになっちゃいました。
これがゲーノー人というものなのねぇ。。。

それにしても、ボイナー、ボイナーと皆が呼ぶため、ちっとも本名を覚えられず。
したがって、宣伝もできません。

でも、苦労に苦労を重ね、いろいろな回り道をしながら、ようやくつかんだスターへの道。
芸能人、有名人の知り合いがいる、というのは別にモンゴルにいる在留邦人だと珍しいことではないと思うのですが、正吉一家はなんともいえぬ広範囲の交流関係があり、よくわかりません。

やっぱ、シャーマン一族というのは不思議ちゃんいっぱいです。

タクシーの運ちゃんが迷子になるゲル地区ラビリンスの一画にある小さな、雨漏りだらけの掘っ立て小屋に、芸能界のニューフェースやモンゴル相撲でついこの間テレビの準決勝くらいまで残ってた力士青年や、なんちゃら議員までがやってくる・・・。

ささやかで、年始返しも用意できなかったというのに、誰も気にすることなくニコニコ顔でやってきて、ニコニコ顔で帰っていく。
同郷の人たちがこの掘っ立て小屋に集まるのは、この飾らない居心地のよさがあるからなのでしょうね。

とりあえず、かえる前に、せっかく知り合いになり、ほっぺにぷちゅっキスマークとチューまでした仲のゲーノー人の兄ちゃんの名前を確認し、帰ってから、朗々と歌っている写真をアップしたいと思います。