モンゴル語-日本語の通訳、翻訳については、一応適性もあり、自分でも好きだし、そこそこに実力派を自認してがんばらねばいかん時期、とか勝手に追い詰めています。
通訳や映像翻訳などは英語でスタートしてモンゴル語にシフトなので、一応、専門的な訓練は受けている・・・つもり。
日本人でモンゴル語を「通訳になる」という前提で訓練したり教えてもらったり、という人は私が知るかぎりいないし、「翻訳」は大学の授業でかなり広範囲にやることになるけれど、大体が、「モンゴル語が話せる」から「通訳」をやることになって、、、という人がほとんどです。
それもありというか、人手不足で動員されているうちに現場で鍛えられるもんで、最終的には、学校で習えるってもんではないのかも。
うーむ・・・。でもやっぱり、シャドウイングの仕方や、細かい言い回しの意訳の仕方などは、英語通訳・翻訳のスキルを初歩でも身につけておいたのはアドバンテージだと思いたいなぁ。
いろんな国で通訳を使いなれている新聞記者さんや学術調査や援助プロジェクト専門家の方々に初期の頃から鍛えられたというのはとてもラッキーなことで、瞬間変換の感覚の研ぎ澄まし方を教えていただけたのは、何よりも宝物。
なので現場を一時期離れたときも、昔の仕事仲間、というかクライアントの方々からは、「もったいない!」と叱られたり、「実力を落とさぬように鍛える努力を」とハッパをかけられたりしていたわけで・・・。
でも、ほんとのこというと、英語もアメリカにいるときは文法用語が全然わからなかったし、モンゴル語の文法用語も大学1年生の時はずーっと理解できず、「人称代名詞の格変化を書け」とか、副動詞とか形動詞形とか、接尾辞が、とかって全然駄目!問題文が理解できません!@0@ 当然、とんちんかんな答えで解答用紙を埋め尽くし、多分、採点した先生は、「この子は出席はきちんとしているのに、どうしてこんなことになっちまってんだ?」と首をかしげたことと思います。
モンゴル語作文とかモンゴル語からの翻訳とか、穴埋めとかは、そんなに悪くなかったのですが、とにかく文法用語で責められると駄目!全然駄目!
私は、「格」とか「相」とかを憎む!ぐらいに苦手意識に打ちのめされながら、90分の授業に「座っていました」。
モンゴル語を始めて、20年目というのに、未だ大学1年生の時の「モンゴル語教科書」(東京外国語大学語学教育研究評議会 1989 多分、非売品)を手元においています。
「モンゴル語四週間」は20年たっても読破できていません。
文章自体は理解できるのに、文法用語がわからない・・・
留学していたときもやっぱり、文法用語でひっかかって、いろいろ先生を質問攻めにしたけれど、理解できず。
ただ、話を聞くとすんなり理解できるんですよ。
自分も普通に話せるんですよ。
なのに、文法用語が頻繁に飛び交う言語学チックな話になると、拒否反応で体が硬くなる。。。
ゆえに、我が母がモンゴル語を始める!って大学に入ったときも、「文法だけはきっちりやっといたほうがよいよ」とえらそうに助言。
生真面目な母は、その通り、きっちり文法を抑えているから、最近、一時帰国中に質問されるときも、私の苦手な文法用語を使って、モンゴル語の用法をきいてくる。
えーん。ごめん、わからん。
新聞読んでても、似たような意味で、格語尾が違ってたりするから、モンゴル人の先生に、「この文章と、この文章、違う格語尾使っているけれど、意味の違いは生じるのでしょうか?使い分けはどうすればいいんでしょうか?」ってきくたびに、先生も言葉につまって、「どっちも同じ意味。どっちも使っていい!」みたいに逃げ腰でこたえるだけで、全然説明してくれなかったし。
教科書どおりにちゃんとコツコツやってきた彼女が、新聞記事や最近の小説などを読んで、疑問を持つのは当然だとも思います。
ただ、自分が習ったモンゴル語以外に、どんどん変化していく言葉をOn Timeで捕まえていくってことが自分にとっては面白くって。
大学1年生の時の同級生で、「この大学はぬるくてやってられない」と、入学前に「モンゴル語四週間」を読破しちゃってたH君という友達がいて、神保町にあるモンゴル本を売ってる本屋に行くっていうからくっついていった時のことがきっかけ。たしか1年生のゴールデンウィーク前くらいのことでした。
H君は本格的に比較言語学をやるぞ!みたいに頭脳明晰っぽい人でほんとは東大に入りたかった、みたいな人。
私が「白夜」(Цагаан шөнө)という名前の詩集を見つけて、自分の知っている単語があって、詩の一部が理解できた!!って大喜びしていたら、クールに言われちゃったのです。
「君が知っている単語があるから、モンゴル語が読めるって思って喜んでるなら、それは、子供が、死んだトンボを捕まえた!って喜んでいるのと一緒だよ」と。
がーん!ヽ((◎д◎ ))ゝ
確かに、そうだなぁ。
感動しましたよ!
1年生でモンゴル語をまだ2,3週間くらいしかかじってないのに、読める詩があるって喜んでても、それは詩を読んだことになってないって。
そりゃそうだ!
やっぱ、生きたトンボ、しかもレアそうなオニヤンマとかを手づかみするぐらいの鋭敏さで言葉をとらえなくっちゃいかんな!とそのとき、決意したのです。
でも、やっぱり文法はわからず。発音は、二重母音が全然できず、東北出身の子が、モンゴル人の先生にほめられているのがうらやましくって。
のどは痛くなるし、、、しかも部活の山登りが面白くって、授業は出るけど、予習はしていない、みたいな。
モンゴルに初めて列車で到着して、うじゃうじゃいるモンゴル人にびっくりして。
でも、ふっと気が付いたら、モンゴル語がわかるようになっていて、たどたどしくっても、感謝の気持ちやお願いごと、希望を伝えることができるようになってました。
それは、ヘレン・ケラーが、突然、「水(Water!)」でモノを示す言葉がある、ってことに気づいたときみたいな衝撃でエポックメーキングな瞬間でした。
わからないながらも文法用語じゃなく文法にかじりついて、自分なりのモンゴル語を覚えるための文法体系みたいなものを構築していったからなのかなぁ。
文法用語はわからないけれど、相手の意志はなんだか伝わってくる。
多分、単語を聞き取ろうとかしているわけじゃなくって、全体でつかみとろうとする癖がついたからだったのでしょう。
それから大学での比較言語学や人類言語学、みたいな当時は理解しきれなかったけれど、面白かった授業のおかげ。
辞書もなければ文字を持たない言語文化の生活の中で、どうやってその言語を理解していくかの自分の中での文法体系の作り方、誤解をしないように言葉の定義の的を絞るやり方などは、とても役に立っています。
社会人になって辺境地ロケにぽーんと放り込まれた時、編集などでその言葉を解読せねばならなくなったときなどに、そのありがたみをひしひし感じることになるのです。
でも、何はともあれ、今、モンゴル語を使って生業を立てられるようになったのは、途中で大学に愛想をつかして中退しちゃったH君の一言がきっかけ。
あの時、彼が「死んだトンボを捕まえたって」といったクールな言葉が私の人生を変えてくれたのだと、20年たっても感謝しているのです。
彼が今、どこで何をしているのかは知らないけれど、でも、モンゴル語はそんなに簡単に見切れるものではないけれど、生きた言葉を捕まえて、自分の心の中で育てていく奥深さはなかなかなもんだよっていつか再会できたら伝えたいって思います。
通訳や映像翻訳などは英語でスタートしてモンゴル語にシフトなので、一応、専門的な訓練は受けている・・・つもり。
日本人でモンゴル語を「通訳になる」という前提で訓練したり教えてもらったり、という人は私が知るかぎりいないし、「翻訳」は大学の授業でかなり広範囲にやることになるけれど、大体が、「モンゴル語が話せる」から「通訳」をやることになって、、、という人がほとんどです。
それもありというか、人手不足で動員されているうちに現場で鍛えられるもんで、最終的には、学校で習えるってもんではないのかも。
うーむ・・・。でもやっぱり、シャドウイングの仕方や、細かい言い回しの意訳の仕方などは、英語通訳・翻訳のスキルを初歩でも身につけておいたのはアドバンテージだと思いたいなぁ。
いろんな国で通訳を使いなれている新聞記者さんや学術調査や援助プロジェクト専門家の方々に初期の頃から鍛えられたというのはとてもラッキーなことで、瞬間変換の感覚の研ぎ澄まし方を教えていただけたのは、何よりも宝物。
なので現場を一時期離れたときも、昔の仕事仲間、というかクライアントの方々からは、「もったいない!」と叱られたり、「実力を落とさぬように鍛える努力を」とハッパをかけられたりしていたわけで・・・。
でも、ほんとのこというと、英語もアメリカにいるときは文法用語が全然わからなかったし、モンゴル語の文法用語も大学1年生の時はずーっと理解できず、「人称代名詞の格変化を書け」とか、副動詞とか形動詞形とか、接尾辞が、とかって全然駄目!問題文が理解できません!@0@ 当然、とんちんかんな答えで解答用紙を埋め尽くし、多分、採点した先生は、「この子は出席はきちんとしているのに、どうしてこんなことになっちまってんだ?」と首をかしげたことと思います。
モンゴル語作文とかモンゴル語からの翻訳とか、穴埋めとかは、そんなに悪くなかったのですが、とにかく文法用語で責められると駄目!全然駄目!
私は、「格」とか「相」とかを憎む!ぐらいに苦手意識に打ちのめされながら、90分の授業に「座っていました」。
モンゴル語を始めて、20年目というのに、未だ大学1年生の時の「モンゴル語教科書」(東京外国語大学語学教育研究評議会 1989 多分、非売品)を手元においています。
「モンゴル語四週間」は20年たっても読破できていません。
文章自体は理解できるのに、文法用語がわからない・・・
留学していたときもやっぱり、文法用語でひっかかって、いろいろ先生を質問攻めにしたけれど、理解できず。
ただ、話を聞くとすんなり理解できるんですよ。
自分も普通に話せるんですよ。
なのに、文法用語が頻繁に飛び交う言語学チックな話になると、拒否反応で体が硬くなる。。。
ゆえに、我が母がモンゴル語を始める!って大学に入ったときも、「文法だけはきっちりやっといたほうがよいよ」とえらそうに助言。
生真面目な母は、その通り、きっちり文法を抑えているから、最近、一時帰国中に質問されるときも、私の苦手な文法用語を使って、モンゴル語の用法をきいてくる。
えーん。ごめん、わからん。
新聞読んでても、似たような意味で、格語尾が違ってたりするから、モンゴル人の先生に、「この文章と、この文章、違う格語尾使っているけれど、意味の違いは生じるのでしょうか?使い分けはどうすればいいんでしょうか?」ってきくたびに、先生も言葉につまって、「どっちも同じ意味。どっちも使っていい!」みたいに逃げ腰でこたえるだけで、全然説明してくれなかったし。
教科書どおりにちゃんとコツコツやってきた彼女が、新聞記事や最近の小説などを読んで、疑問を持つのは当然だとも思います。
ただ、自分が習ったモンゴル語以外に、どんどん変化していく言葉をOn Timeで捕まえていくってことが自分にとっては面白くって。
大学1年生の時の同級生で、「この大学はぬるくてやってられない」と、入学前に「モンゴル語四週間」を読破しちゃってたH君という友達がいて、神保町にあるモンゴル本を売ってる本屋に行くっていうからくっついていった時のことがきっかけ。たしか1年生のゴールデンウィーク前くらいのことでした。
H君は本格的に比較言語学をやるぞ!みたいに頭脳明晰っぽい人でほんとは東大に入りたかった、みたいな人。
私が「白夜」(Цагаан шөнө)という名前の詩集を見つけて、自分の知っている単語があって、詩の一部が理解できた!!って大喜びしていたら、クールに言われちゃったのです。
「君が知っている単語があるから、モンゴル語が読めるって思って喜んでるなら、それは、子供が、死んだトンボを捕まえた!って喜んでいるのと一緒だよ」と。
がーん!ヽ((◎д◎ ))ゝ
確かに、そうだなぁ。
感動しましたよ!
1年生でモンゴル語をまだ2,3週間くらいしかかじってないのに、読める詩があるって喜んでても、それは詩を読んだことになってないって。
そりゃそうだ!
やっぱ、生きたトンボ、しかもレアそうなオニヤンマとかを手づかみするぐらいの鋭敏さで言葉をとらえなくっちゃいかんな!とそのとき、決意したのです。
でも、やっぱり文法はわからず。発音は、二重母音が全然できず、東北出身の子が、モンゴル人の先生にほめられているのがうらやましくって。
のどは痛くなるし、、、しかも部活の山登りが面白くって、授業は出るけど、予習はしていない、みたいな。
モンゴルに初めて列車で到着して、うじゃうじゃいるモンゴル人にびっくりして。
でも、ふっと気が付いたら、モンゴル語がわかるようになっていて、たどたどしくっても、感謝の気持ちやお願いごと、希望を伝えることができるようになってました。
それは、ヘレン・ケラーが、突然、「水(Water!)」でモノを示す言葉がある、ってことに気づいたときみたいな衝撃でエポックメーキングな瞬間でした。
わからないながらも文法用語じゃなく文法にかじりついて、自分なりのモンゴル語を覚えるための文法体系みたいなものを構築していったからなのかなぁ。
文法用語はわからないけれど、相手の意志はなんだか伝わってくる。
多分、単語を聞き取ろうとかしているわけじゃなくって、全体でつかみとろうとする癖がついたからだったのでしょう。
それから大学での比較言語学や人類言語学、みたいな当時は理解しきれなかったけれど、面白かった授業のおかげ。
辞書もなければ文字を持たない言語文化の生活の中で、どうやってその言語を理解していくかの自分の中での文法体系の作り方、誤解をしないように言葉の定義の的を絞るやり方などは、とても役に立っています。
社会人になって辺境地ロケにぽーんと放り込まれた時、編集などでその言葉を解読せねばならなくなったときなどに、そのありがたみをひしひし感じることになるのです。
でも、何はともあれ、今、モンゴル語を使って生業を立てられるようになったのは、途中で大学に愛想をつかして中退しちゃったH君の一言がきっかけ。
あの時、彼が「死んだトンボを捕まえたって」といったクールな言葉が私の人生を変えてくれたのだと、20年たっても感謝しているのです。
彼が今、どこで何をしているのかは知らないけれど、でも、モンゴル語はそんなに簡単に見切れるものではないけれど、生きた言葉を捕まえて、自分の心の中で育てていく奥深さはなかなかなもんだよっていつか再会できたら伝えたいって思います。