正月2日目。年末年始にのんびりすると、いい感じのエネルギーがとぐろをまいてくる感じがします。
このとぐろというのは、手足をもたないヘビがびょーんとはねて攻撃する前の「エネルギー蓄積」のバネの役目があるんだとか・・・
そんなわけで、私のエネルギーのバネの中心になってくれているお友達の話でも。
年末の地平線会議の報告会は、私が敬愛する白根全さんでした。
白根全って誰やねん?という人も多いかと思うのですが、永遠の純愛青年、とでもいいましょうか・・・
本人は世界で2人しかいないカーニバル評論家のうちの一人、とよく自己紹介しています。
じゃ、もう一人は誰やねん・となるわけですが、もう一人はドイツ人でドイツで大学教授をやっているのだそうです。数学界のノーベル賞に匹敵するなんちゃらいう賞をもらっていて、1年のうち2か月は世界じゅうで行われているカーニバルのどこかに出没するために使っているという変わり者。
白根さんも変わり者っぷりでは私のお友達の中で5本の指に入る人ですが、真剣に何かにくらいついて行く人と言うのは、世界的に勝負できる秀でたものを持っているのだなぁ、とも思います。
白根全さんは、一言でいえば「挑戦するロマンチスト」です。グレートジャーニーを成し遂げた関野吉晴の初代コーディネーター。
南米から北米、シベリア、モンゴル、中国からチベット、中東、アフリカ大陸をまたにかけ、グレートジャーニーを繋げるために、まさに私生活も私財もなげうってコーディネートをしたかなり変わりものです。
普通、コーディネーターというのは、誰かがやりたいことを実現するための環境を整えることを仕事として報酬を受け取るのが仕事ですが、この変わり者の全さんは、むしろ仕事がうまくいけばいくほど、自腹を切る金額もかさんでいく・・・。
つまりはテレビ側が出せる予算やプロジェクトの予算ではとても足りないため、関野さんがグレートジャーニーを成し遂げるために最善のコーディネートをするために必要な予算までコーディネーターが出しちゃっていた、というのが実態のようです。もちろん、誰もそんなことはいわないけれど。そういう常人とは違って、「自分が決めたこと=関野さんのGJを成功させる」を貫くための苦労も自腹も辛いと思わない、むしろ「あったりめえだろ、こんな面白いことに参加できるんだから」くらいのことを言ってのけちゃう。この辺は、常人であるテレビ局の人やまともな勤め人と相容れない思考回路であることは理解できるし、当然、いらぬ軋轢も生んでいたことでしょう。
世間の皆さんは、関野吉晴さんの偉業を褒めたたえ、モンゴルフェイズでの遊牧民少女との出会いから死別までの取材テープを再編したドキュメンタリー映画「Puujee」の山田和也監督を映画界では絶賛していますが、それもこれも、白根全さんあってのことだと私は思うのです。
時間もかかり、世界各地の自己主張の強い、わけのわからない理屈がまかり通る国々での取材交渉。ただ旅するだけなら許可自体はそれほど大変なことじゃないけれど、テレビ取材がくっついてくる、カメラが旅に入ってくる、となるとおのずと旅そのものに付随する制約も増します。
もちろん、取材と絡めることで予算が取れる部分というのもありますが、旅という本質を中心に見据えてみるとテレビカメラというのはお荷物以外の何物でもないのです。
番組として成り立たせるために、本来の旅では必要のない要素かもしれない回り道もあれば、時間のロスもあります。
人目につくから、旅先で出逢う人たちとのコミュニケーションも、生身のお互いを見つめあうのと、「ビデオカメラを背負った人」を見つめる異文化の人の目というのは変わってきてしまう。
「Puujee」は、最初の出会いで、関野さんが幼いPuujeeが家畜の群を追っている姿を草原の1枚として納めようとカメラをかまえていたところを、「仕事の邪魔をするな」とぶすったれた表情で一喝されたことから、彼女に惹かれていく・・・というところからスタートした、まさにメディアVS現地の人の出会いから展開した映画です。そこを基軸に話を展開していった山田監督はさすがドキュメンタリーを掘り下げてチャレンジを続ける監督だからだなぁと思いますが、このメディアとの出会いから、確実にPuujeeの世界は変わってしまいます。
普通で当たり前の生活をしていた少女が「日本」という国を知るようになり、「通訳」になりたいとあこがれる。そして、突然の死。はかない命が草原に散りました。
でも、現実のモンゴルの状況から考えると、たとえPuujeeがあのまま大人になったとしても、大人にこびない凛とした遊牧民の道を進み、モンゴルの大地に残ったとは思えないのです。テレビというメディアは人の人生を変えてしまう暴力的なまでに強い影響力を持ってしまうのです。意図的でないだけにその与える影響は悲劇的でさえあると「Puujee」をみると現代モンゴルに思いをはせてしまうのです。たんたんと、哀しみを抑えた映像。ナレーションではなく実際に行われた会話、自然の音と字幕のみで構成されたドキュメンタリーという手法は革命的であり、テレビというメディアではなしえない、まさに映画という媒体だったからこそ成功したドキュメンタリーだったと思います。しかし、その影響力の大きさゆえに、素朴で素顔のままのモンゴルをとらえているがゆえに、Puujeeの死なしでは、映画はこれほどまでに感動的な作品としての完璧さを持つことはできなかったと思うのです。
関野吉晴さんのグレートジャーニーでの現地の人たちとのふれあいは、関野さんの天然な人柄と懐の深さがあったからこそ生まれたものであり、グレートジャーニーで関野さんがつかみとったものは、冒険者である関野吉晴さんだけが見出すことができた戦利品であります。
白根全さんは、テレビのしらじらしさも、根回しなしでは成り立たなくなってしまい、一個人のものではなくたくさんの人や事業がからむ大きなプロジェクトに変容してしまった関野吉晴さんの冒険が、無名のころ、一橋大学で初めて探検部を設立し、南米の原住民と出会って医療の必要性を感じて医学部に入り、医者となって再び冒険者となった彼個人を支えるためだけに、コーディネーターを買って出て、たんたんと、時には内部の人との軋轢や外部との交渉での命の危険とたちむかい、ひたすらグレートジャーニーの道をのばすための下地を作ってきた人なのです。
誰にもあえていわないけれど、白根全さんが心に抱く美学は、私の胸をうちます。
自分のやりたいことを封じ込めて、ではなく、「関野吉晴にグレートジャーニーを成し遂げさせる」ということを自分のやりたいことだと一点集中させ、本来の旅を翻弄するばかりで危険な取材交渉は全さんまかせのテレビクルーからの恩知らずとさえ思わせる顰蹙も、「ムカつくぜ」なんて悪態を付きながらも飲みこみ、仕事を投げ出すことなく、やりとおした。
そのうえで、カーニバル調査もやっていたし、その他、自分がやりたいと思っていたことも、できる範囲でやっていた、というのだから、すごいなー、の一言です。
前回の報告会は、グレートジャーニーの話じゃなくって、全さんの冒険者人生を決定づけた南米ペルーの、もしかしたら人類史上をくつがえすような発見がみつかるかもしれないシクラス遺跡群での発掘調査プロジェクトのお話。
私たちは世界史で、世界の4大文明として、エジプト、メソポタミア、黄河、インダスという大河流域で栄えた文明と習っています。
ところが、黄河文明よりもさらに千年近く古いとC14放射線法検査で推定されるのが、今、白根全さんを夢中にさせているLas Shicras(シクラス)文明なのです。
何層もの神殿が地中に作られては壊され、創られては壊され、再生されていく。
耐震構造の見事な建築技術。
現代生活に昔のまま踏襲されているフリーズドライのジャガイモ。トウモロコシ、リャマとアルパカ・・・高度を利用して住み分けする文化の共存共栄。
大河による肥沃な土地があってこそ人類の文明は高度にさかえた、という常識がこのラテンアメリカの大地では通用しないのです。
痩せて乾いた大地。海抜2000m以上の高山地帯で、資源もエネルギーも鉄器もなしに、ただ食物生産と建築その他の手作業の技術だけで発達し、周囲に広まっていた文明。
今、盛んにいわれている「持続可能な自給自足の暮らし」LOHASを5000年以上前に実践していたという文明。わくわくしちゃいます。
それらが五千年の眠りから目覚める瞬間に立ち会えることの興奮。
白根全さんの冒険は、今、この遺跡発掘調査をつぶさに記録するという新たなチャレンジで始まっています。
ただ、記録するだけじゃなくって、この天然資源も武器となる鉄も、石油や石炭などのエネルギーもないままで、自分たちに与えられた土地の条件を最大限に利用して南米大陸に広めていった南米の食物生産の垂直統御技術と衣食住を支える技術だけで発達し、現代でも現地の日常生活に継承されている文明、技術が、5000年前からあったことを私たちに伝える証拠としてのシクラス遺跡を、世界遺産に登録する、という計画にも取り組んでいるのです。
「自分で世界遺産を作っていく過程を見てみたい」ということなんだそうですが、言うのはかっこいいし、さらっとしているんだけれど、その実現までの過程はもちろん簡単ではないし、世界遺産になった後の保全の問題やコストなどを考えると、実に壮大なロマンあふれる冒険なのです。
しかも、この冒険に関わることになったきっかけが白根さんらしいところで、「20代のガキがペルーに流れ着いた頃、アマノさんによくメシを食わせてもらった恩返しができるから」
アマノさんというのは、アンデス文明に魅せられた日本人実業家でチャンカイ遺跡発掘など、南米考古学調査の礎を築いた天野博物館(@ペルー・リマ)の創設者・天野芳太郎氏のこと。
旅で出会った偶然の積み重ねが人生の重厚さとして蓄積され、20年後、30年後に「恩返し」のために全力で自分の能力を最大限に駆使する。
こういうかっこよさと偏屈じじいっぷりが同時に成り立つ、というところが白根全さんの魅力です。
永遠の青年。少年みたいに青臭くはなくて分別はしっかり持っているけれど、年寄りのような「あきらめ」のためいきをはいたことのない50歳代バリバリ現役の白根さん。
行動力を生み出すのは、どはずれた体力ではなく、日頃の読書で築かれたウンチクという知性の土台なのです。
全さんの話をしっかり理解するためには、こちらにもそれなりの基礎知識が必要で、そのためにはちょろっと「ネットでぐぐっていましたぁ。」みたいなお手軽なリサーチだけじゃ太刀打ちできません。結局、全さんの話をホントに面白く味わうためには、こちらにもそれなりの裏づけがないとダメなのです。難しいことではなく、ちょっとした疑問からふみ入る「活字ジャングル」での冒険。研究者ならずとも好奇心を満たすためなら、寝る間も食事も惜しんでも辛くはないのです。
まだネットにも登場しないレアな冒険って、身近にころがっているものなのです。
読書だけでも十分に面白いけれど、さらにひとつのことに好奇心をもってのめりこんでいくことで、ますます冒険というのは面白くなってくるのです。
たとえ、分野が違っていても、内容も目指すベクトルが違っていても、好奇心というエネルギーの核はつながっています。
白根全さんは「どんな馬鹿でも、10年、同じところにいってりゃ、何かが見えてくる。20年かよってりゃ、他人にはったりかますこともできる。だけど本音の部分では、いけばいくほど、わからない謎だらけ。自分が何も知らない、わかってないって思い知らされる。だから旅はやめられない。
俺は空気読むより、まず本を読めって今の若いもんに言いたい。俺達、地平線会議は、生ぬるいチャレンジを「冒険」だ「旅」だとほめたたえ、自己満足をかたる場じゃない。前人未到の自分だけのチャレンジを宣言し、何かを達成したときのちょっとした報告と次なる刺激を得る場なんだ。」みたいな偏屈爺ならではのチクリとした嫌味を、ぬるま湯な旅に使ったワカモノに吐き出して、報告会を終えたのでした。
のほほーんとした旅もまたよし。だけど、ほんとに本気でのほほーんとするっていうのはそれはそれで難しい、ということも全さんはわかっている。
何でも続けてみること。20年続ければ、バカでもただのバカではなく、何かをみつけたバカになれる。
そういえば、私のモンゴル熱もそろそろ20年。ばかの一つ覚えで、ひたすらに通い続けてきましたが、やっぱ、ここらでぶちかませってことなのかなぁ?
自分のまわりには白根さんのような変わり者のプロフェッショナルな人がうじゃうじゃいます。
コーディネーターとしても、リサーチャーとしても、「えぇ!そんなところまで・・・」と絶句してしまうような突き抜けた人もいて、かなわないなぁ、と。
こういう人たちがお友達として、世代をこえて、ばしっと正面向き合って付き合っていられるって、すっごいラッキーなことだし、自分よりも過激な大バカ者がいるというのは、生きる励みにもなります。
さて、白根全さんは、明日、再びペルーのシクラス遺跡群発掘調査のためにご出発であります。
旅のご無事をお祈りするとともに、アドレナリンが沸き立つような人類の発見がいっぱいあるといいな、と思います。
シクラス遺跡、ちょっと注意していてください。
人類最古の文明でありながら、私たちの未来への入口かもしれません。
白根全さんのはじけたカーニバル本!
カーニバルの誘惑―ラテンアメリカ祝祭紀行/白根 全

¥2,625
Amazon.co.jp
うんちくと実践、両方あってこそ、人生は楽しいお祭りなのです。
このとぐろというのは、手足をもたないヘビがびょーんとはねて攻撃する前の「エネルギー蓄積」のバネの役目があるんだとか・・・
そんなわけで、私のエネルギーのバネの中心になってくれているお友達の話でも。
年末の地平線会議の報告会は、私が敬愛する白根全さんでした。
白根全って誰やねん?という人も多いかと思うのですが、永遠の純愛青年、とでもいいましょうか・・・
本人は世界で2人しかいないカーニバル評論家のうちの一人、とよく自己紹介しています。
じゃ、もう一人は誰やねん・となるわけですが、もう一人はドイツ人でドイツで大学教授をやっているのだそうです。数学界のノーベル賞に匹敵するなんちゃらいう賞をもらっていて、1年のうち2か月は世界じゅうで行われているカーニバルのどこかに出没するために使っているという変わり者。
白根さんも変わり者っぷりでは私のお友達の中で5本の指に入る人ですが、真剣に何かにくらいついて行く人と言うのは、世界的に勝負できる秀でたものを持っているのだなぁ、とも思います。
白根全さんは、一言でいえば「挑戦するロマンチスト」です。グレートジャーニーを成し遂げた関野吉晴の初代コーディネーター。
南米から北米、シベリア、モンゴル、中国からチベット、中東、アフリカ大陸をまたにかけ、グレートジャーニーを繋げるために、まさに私生活も私財もなげうってコーディネートをしたかなり変わりものです。
普通、コーディネーターというのは、誰かがやりたいことを実現するための環境を整えることを仕事として報酬を受け取るのが仕事ですが、この変わり者の全さんは、むしろ仕事がうまくいけばいくほど、自腹を切る金額もかさんでいく・・・。
つまりはテレビ側が出せる予算やプロジェクトの予算ではとても足りないため、関野さんがグレートジャーニーを成し遂げるために最善のコーディネートをするために必要な予算までコーディネーターが出しちゃっていた、というのが実態のようです。もちろん、誰もそんなことはいわないけれど。そういう常人とは違って、「自分が決めたこと=関野さんのGJを成功させる」を貫くための苦労も自腹も辛いと思わない、むしろ「あったりめえだろ、こんな面白いことに参加できるんだから」くらいのことを言ってのけちゃう。この辺は、常人であるテレビ局の人やまともな勤め人と相容れない思考回路であることは理解できるし、当然、いらぬ軋轢も生んでいたことでしょう。
世間の皆さんは、関野吉晴さんの偉業を褒めたたえ、モンゴルフェイズでの遊牧民少女との出会いから死別までの取材テープを再編したドキュメンタリー映画「Puujee」の山田和也監督を映画界では絶賛していますが、それもこれも、白根全さんあってのことだと私は思うのです。
時間もかかり、世界各地の自己主張の強い、わけのわからない理屈がまかり通る国々での取材交渉。ただ旅するだけなら許可自体はそれほど大変なことじゃないけれど、テレビ取材がくっついてくる、カメラが旅に入ってくる、となるとおのずと旅そのものに付随する制約も増します。
もちろん、取材と絡めることで予算が取れる部分というのもありますが、旅という本質を中心に見据えてみるとテレビカメラというのはお荷物以外の何物でもないのです。
番組として成り立たせるために、本来の旅では必要のない要素かもしれない回り道もあれば、時間のロスもあります。
人目につくから、旅先で出逢う人たちとのコミュニケーションも、生身のお互いを見つめあうのと、「ビデオカメラを背負った人」を見つめる異文化の人の目というのは変わってきてしまう。
「Puujee」は、最初の出会いで、関野さんが幼いPuujeeが家畜の群を追っている姿を草原の1枚として納めようとカメラをかまえていたところを、「仕事の邪魔をするな」とぶすったれた表情で一喝されたことから、彼女に惹かれていく・・・というところからスタートした、まさにメディアVS現地の人の出会いから展開した映画です。そこを基軸に話を展開していった山田監督はさすがドキュメンタリーを掘り下げてチャレンジを続ける監督だからだなぁと思いますが、このメディアとの出会いから、確実にPuujeeの世界は変わってしまいます。
普通で当たり前の生活をしていた少女が「日本」という国を知るようになり、「通訳」になりたいとあこがれる。そして、突然の死。はかない命が草原に散りました。
でも、現実のモンゴルの状況から考えると、たとえPuujeeがあのまま大人になったとしても、大人にこびない凛とした遊牧民の道を進み、モンゴルの大地に残ったとは思えないのです。テレビというメディアは人の人生を変えてしまう暴力的なまでに強い影響力を持ってしまうのです。意図的でないだけにその与える影響は悲劇的でさえあると「Puujee」をみると現代モンゴルに思いをはせてしまうのです。たんたんと、哀しみを抑えた映像。ナレーションではなく実際に行われた会話、自然の音と字幕のみで構成されたドキュメンタリーという手法は革命的であり、テレビというメディアではなしえない、まさに映画という媒体だったからこそ成功したドキュメンタリーだったと思います。しかし、その影響力の大きさゆえに、素朴で素顔のままのモンゴルをとらえているがゆえに、Puujeeの死なしでは、映画はこれほどまでに感動的な作品としての完璧さを持つことはできなかったと思うのです。
関野吉晴さんのグレートジャーニーでの現地の人たちとのふれあいは、関野さんの天然な人柄と懐の深さがあったからこそ生まれたものであり、グレートジャーニーで関野さんがつかみとったものは、冒険者である関野吉晴さんだけが見出すことができた戦利品であります。
白根全さんは、テレビのしらじらしさも、根回しなしでは成り立たなくなってしまい、一個人のものではなくたくさんの人や事業がからむ大きなプロジェクトに変容してしまった関野吉晴さんの冒険が、無名のころ、一橋大学で初めて探検部を設立し、南米の原住民と出会って医療の必要性を感じて医学部に入り、医者となって再び冒険者となった彼個人を支えるためだけに、コーディネーターを買って出て、たんたんと、時には内部の人との軋轢や外部との交渉での命の危険とたちむかい、ひたすらグレートジャーニーの道をのばすための下地を作ってきた人なのです。
誰にもあえていわないけれど、白根全さんが心に抱く美学は、私の胸をうちます。
自分のやりたいことを封じ込めて、ではなく、「関野吉晴にグレートジャーニーを成し遂げさせる」ということを自分のやりたいことだと一点集中させ、本来の旅を翻弄するばかりで危険な取材交渉は全さんまかせのテレビクルーからの恩知らずとさえ思わせる顰蹙も、「ムカつくぜ」なんて悪態を付きながらも飲みこみ、仕事を投げ出すことなく、やりとおした。
そのうえで、カーニバル調査もやっていたし、その他、自分がやりたいと思っていたことも、できる範囲でやっていた、というのだから、すごいなー、の一言です。
前回の報告会は、グレートジャーニーの話じゃなくって、全さんの冒険者人生を決定づけた南米ペルーの、もしかしたら人類史上をくつがえすような発見がみつかるかもしれないシクラス遺跡群での発掘調査プロジェクトのお話。
私たちは世界史で、世界の4大文明として、エジプト、メソポタミア、黄河、インダスという大河流域で栄えた文明と習っています。
ところが、黄河文明よりもさらに千年近く古いとC14放射線法検査で推定されるのが、今、白根全さんを夢中にさせているLas Shicras(シクラス)文明なのです。
何層もの神殿が地中に作られては壊され、創られては壊され、再生されていく。
耐震構造の見事な建築技術。
現代生活に昔のまま踏襲されているフリーズドライのジャガイモ。トウモロコシ、リャマとアルパカ・・・高度を利用して住み分けする文化の共存共栄。
大河による肥沃な土地があってこそ人類の文明は高度にさかえた、という常識がこのラテンアメリカの大地では通用しないのです。
痩せて乾いた大地。海抜2000m以上の高山地帯で、資源もエネルギーも鉄器もなしに、ただ食物生産と建築その他の手作業の技術だけで発達し、周囲に広まっていた文明。
今、盛んにいわれている「持続可能な自給自足の暮らし」LOHASを5000年以上前に実践していたという文明。わくわくしちゃいます。
それらが五千年の眠りから目覚める瞬間に立ち会えることの興奮。
白根全さんの冒険は、今、この遺跡発掘調査をつぶさに記録するという新たなチャレンジで始まっています。
ただ、記録するだけじゃなくって、この天然資源も武器となる鉄も、石油や石炭などのエネルギーもないままで、自分たちに与えられた土地の条件を最大限に利用して南米大陸に広めていった南米の食物生産の垂直統御技術と衣食住を支える技術だけで発達し、現代でも現地の日常生活に継承されている文明、技術が、5000年前からあったことを私たちに伝える証拠としてのシクラス遺跡を、世界遺産に登録する、という計画にも取り組んでいるのです。
「自分で世界遺産を作っていく過程を見てみたい」ということなんだそうですが、言うのはかっこいいし、さらっとしているんだけれど、その実現までの過程はもちろん簡単ではないし、世界遺産になった後の保全の問題やコストなどを考えると、実に壮大なロマンあふれる冒険なのです。
しかも、この冒険に関わることになったきっかけが白根さんらしいところで、「20代のガキがペルーに流れ着いた頃、アマノさんによくメシを食わせてもらった恩返しができるから」
アマノさんというのは、アンデス文明に魅せられた日本人実業家でチャンカイ遺跡発掘など、南米考古学調査の礎を築いた天野博物館(@ペルー・リマ)の創設者・天野芳太郎氏のこと。
旅で出会った偶然の積み重ねが人生の重厚さとして蓄積され、20年後、30年後に「恩返し」のために全力で自分の能力を最大限に駆使する。
こういうかっこよさと偏屈じじいっぷりが同時に成り立つ、というところが白根全さんの魅力です。
永遠の青年。少年みたいに青臭くはなくて分別はしっかり持っているけれど、年寄りのような「あきらめ」のためいきをはいたことのない50歳代バリバリ現役の白根さん。
行動力を生み出すのは、どはずれた体力ではなく、日頃の読書で築かれたウンチクという知性の土台なのです。
全さんの話をしっかり理解するためには、こちらにもそれなりの基礎知識が必要で、そのためにはちょろっと「ネットでぐぐっていましたぁ。」みたいなお手軽なリサーチだけじゃ太刀打ちできません。結局、全さんの話をホントに面白く味わうためには、こちらにもそれなりの裏づけがないとダメなのです。難しいことではなく、ちょっとした疑問からふみ入る「活字ジャングル」での冒険。研究者ならずとも好奇心を満たすためなら、寝る間も食事も惜しんでも辛くはないのです。
まだネットにも登場しないレアな冒険って、身近にころがっているものなのです。
読書だけでも十分に面白いけれど、さらにひとつのことに好奇心をもってのめりこんでいくことで、ますます冒険というのは面白くなってくるのです。
たとえ、分野が違っていても、内容も目指すベクトルが違っていても、好奇心というエネルギーの核はつながっています。
白根全さんは「どんな馬鹿でも、10年、同じところにいってりゃ、何かが見えてくる。20年かよってりゃ、他人にはったりかますこともできる。だけど本音の部分では、いけばいくほど、わからない謎だらけ。自分が何も知らない、わかってないって思い知らされる。だから旅はやめられない。
俺は空気読むより、まず本を読めって今の若いもんに言いたい。俺達、地平線会議は、生ぬるいチャレンジを「冒険」だ「旅」だとほめたたえ、自己満足をかたる場じゃない。前人未到の自分だけのチャレンジを宣言し、何かを達成したときのちょっとした報告と次なる刺激を得る場なんだ。」みたいな偏屈爺ならではのチクリとした嫌味を、ぬるま湯な旅に使ったワカモノに吐き出して、報告会を終えたのでした。
のほほーんとした旅もまたよし。だけど、ほんとに本気でのほほーんとするっていうのはそれはそれで難しい、ということも全さんはわかっている。
何でも続けてみること。20年続ければ、バカでもただのバカではなく、何かをみつけたバカになれる。
そういえば、私のモンゴル熱もそろそろ20年。ばかの一つ覚えで、ひたすらに通い続けてきましたが、やっぱ、ここらでぶちかませってことなのかなぁ?
自分のまわりには白根さんのような変わり者のプロフェッショナルな人がうじゃうじゃいます。
コーディネーターとしても、リサーチャーとしても、「えぇ!そんなところまで・・・」と絶句してしまうような突き抜けた人もいて、かなわないなぁ、と。
こういう人たちがお友達として、世代をこえて、ばしっと正面向き合って付き合っていられるって、すっごいラッキーなことだし、自分よりも過激な大バカ者がいるというのは、生きる励みにもなります。
さて、白根全さんは、明日、再びペルーのシクラス遺跡群発掘調査のためにご出発であります。
旅のご無事をお祈りするとともに、アドレナリンが沸き立つような人類の発見がいっぱいあるといいな、と思います。
シクラス遺跡、ちょっと注意していてください。
人類最古の文明でありながら、私たちの未来への入口かもしれません。
白根全さんのはじけたカーニバル本!
カーニバルの誘惑―ラテンアメリカ祝祭紀行/白根 全

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