今回の自分の一時帰国はそんな感じ?

モンゴルでの5年間で断片化されたのは自分の精神構造や感受性。
今までは、モンゴルで活動中の自分はただ、アウトプト>インプットという状態になった自分の情報知識収集欲を充電し、ストレス解消、自分のエネルギーを日本に帰って充填すればやっていけるって思ってたけど、今回のダメージは深刻なのかも。

自分とモンゴルの繋がりが、たんにバラバラにピースが壊れたとかいうのではなく、近しい人たちにズタズタに引き裂かれたっていう感じみたい。

八方塞がりで、今、無理すると自分自身の人生が打ち砕かれて、自分がいなくなってしまいそうな孤独感と不安定さ。

はさみやカッターで切った紙きれはつなぎ合わせやすいけど、手で引き裂いた紙片って、どうやってもピッタリくっつかない・・・そんな感じ。

自業自得とか、いろんな言葉で自分をいじめてしまう。
同情というのではなく、現状認識。

はよ、かえれ、と言われて帰れる状態じゃないな。
自分が納得し、次の一歩をどこに置くかを決断するまでは、この日本でよいエネルギーをもつ人たちから刺激を受けつつ、自分自身を検証分析せねば。

ここまでひどいって自分でも気づいてなかった。
ひとつの仕事を終え、モンゴルに電話をし、、、そして自分が考えていたほど私が活動範囲にしているモンゴルは私を高めてくれる場所じゃなくなっていると思ってしまった。
そのことが最もやばいってこと。

自然環境も人間社会も、ありとあらゆる意味で、今、私を取り巻いているモンゴルが病んでいて、人間のパワーバランスは想像以上のひずみを持って、私をはじこうとしているように思えてきた。

今の自分が弱っている、というだけじゃなくて、日本にいる仲間が、日本に帰ってきた仲間が発するエネルギーが素晴らしくて、今は自分が生き延びるためには、この日本でしっかり自分を再構築するしかないってことか。

モンゴルで抱えている問題は、なんらかの形で解決せねばならないし、終止符をうってケジメをつけなきゃいけないけれど、その問題解決の過程で自分自身を崩壊させたくない。
まだ生きていたいって心の底から思えてきた。これは一つの解決への道?

日本にいる仲間のひとりひとりが、それぞれ、試行錯誤にもがいたり、悩んだりしながらも、しっかり自分の生きる道を進んでるということ、そういう仲間からエネルギーをわけてもらうこと。

今、ひずみきって、ゆがみきって、ズタズタになった自分を癒せるのはモンゴルじゃないってこと。とても残念だけど、信頼や人間関係を失うというのはこういう後遺症が残るのだな。

後遺症は後遺症として受け入れるしかないけれど、きっと自分再生の道はあるし、今、自分のもがいている日常もその一過程なんだって思う。

おい、大丈夫か?と問われれば、

ぜーんぜん、大丈夫って答える。

そう、自分の傷み具合を認識し、だめっぷり、どん底の八方ふさがりを確認してしまったのだから、あとはなりふり構わず、自分らしさってものを再生し、より良い自分の再構築に踏み切るだけなのだから。

誰に頼まれたってわけでもないし、誰かが助けてくれるわけでもない。
むしろ、痛めつけようって手ぐすね引いている現実が待っているのだから、この自己再生過程は自分自身の決断でじっくりと進めていきたい。

誰に何を言われようとも、どれだけ悲惨な現実に飛び込むことになったとしても、それをがしっと受け止め、打ちひしがれない自分になるまでは、今、しばらくモンゴルを自分から排除したほうがいいみたい。