8月6日 午前8時15分。どんな場所で何をしていても、物心ついた時から平和祈念と共になくなられた方の冥福を祈る習慣が続いている。
父方の実家でもある広島は全世界の人々が知る「世界人類史上初めて核兵器の爆撃を受けた街」である。
父方の祖父母は死ぬまで白血病や臓器に次々と転移する癌と闘い続けた。
ただ原爆手帳のおかげで、地元では最高の医療サービスを無料で受けられたのが救いであり、もし「手帳」がなければ、内臓に癌が見つかるたびに、切って切って切りまくり、抗がん剤を人体実験のモルモットといわれようが試せるものは試す、といった治療も受けられなかったであろうことを考えると、どっちがよかったのか・・・
人類最初で、でも哀しいことに最後ではなかった原爆の被害者は62年たった今でもいろんなことに苦しんでいる。
そして、祖父母のように、被爆したにも関わらず「原爆手帳」ももらえず、被爆者認定されていない人が大勢いる、ということが今年の平和祈念行事でとりあげられていた。
祖父母は直接爆撃の爆風を受けたわけではない。
アサヒマチというところで、たまたまあった小さな山の陰になっていたため、もろにうけたわけではなかったのだ。
しかし、「黒い雨」をしこたま浴び、その後、白血球異常が始まった。
祖父の弟は、爆撃地のすぐ近くで教練の朝礼をやっていたらしい、という情報があるだけで跡形もなく消えてしまった。
62年前の8月6日に祖父の弟は、存在そのものが消滅したのだ。
語り継がなければ、独身だった祖父の弟の存在そのものがわれら一族の記憶からさえも消えてしまう。
会ったことのない遠い血縁者の話であるけれど、われらは毎年、消えてしまったその人の存在を風化させないために話し合う。
核配備、原子力発電所、原子力空母の入港、、、
日本が誇るべき「非核三原則」「防衛費の国家予算1%枠」「戦争放棄を人類初でうたった平和憲法」などが次々と形骸化していく。
世界情勢や日本の国益、そんな政治的な言葉や風潮に流されて、政府はできれば「忘れてしまいたい」と考えているのではないか、とかんぐりさえしたくなる。
祖父母と祖父の弟の名前は原爆慰霊碑に刻まれている。
でも、わが一族の祖先の霊は、あの馬蹄形の慰霊碑の中になんか眠っていない。
二度とあの悲劇を繰り返さぬよう、人生の最後の最後のほんとに最後に息を引き取る最後まで、彼らの言葉は「二度と戦争を起こしてはならない。平和を守らねばならない」ということであった。
それほどまでに被爆者の平和への祈念、原爆という人類最大の悲劇を繰り返してはいけないという想いは強いのだ。
アベ首相は、広島に点在する墓石を見るがよい。
慰霊碑や原爆ドームでも、「平和憲法」をすてさり、「国際社会に対する軍事貢献」をしようという意志が変わらないならば、市井の人々の墓を一つでも訪れてみればよい。
62年前の一瞬の悲劇は墓石にも焼きついている。
その強い光線をうけた墓石たちは、それが何処に建っていたものなのか一目瞭然だ。
核の平和利用といったところで、地震やなんらかの人的ミス、その他の原因によって、原子力発電所によって日本国民が、世界の人々が被害を受けるかもしれないのだ。
チェルノブイリの原発現場をガイガーカウンターなしで歩いてみればよい。
広島の血が流れているからといって、核兵器を毛嫌いしているわけではない。
でも、平和都市宣言をしたわが故郷に語り継がれる悲劇を真剣に聞き込めば、人間なら誰だって、心から「二度と過ちを犯してはならない」という気持ちになるはずだ、と想う。
建前なんかいらないから、本気で平和について考えたい。
簡単に軍隊が必要だ、なんて言えない。
日本国が本当に他国と対等に友好的に交流をする気構えを持たなければ、いつかまた悲劇のターゲットになるかもしれない。
自分自身の行動を振り返り、私自身が知らず知らずのうちに傲慢になっていたことを反省している。
8月6日の朝は、何かいろんなことに対しての罪を悔い改めたくなる。
安らかにお眠りください。私達は二度と過ちを犯しません。
そんな黙祷の時の祈りの言葉を守り抜けるのかどうか、今の日本を見ていると心配になってくる。
でも、被爆者の魂は、慰霊碑なんかで閉じ込められることがないっていうことを感じる感性を持ち続けたい。
いつだって裁きの鉄槌がおろされるかもしれないのだ。
もう半世紀以上たち、ヒバクシャ1世で生き残っておられる方々も少なくなってきているという。
原爆資料館におかれている資料もなんだかマイルドになってきていて、話も悲劇性が強調され、聞いているだけで吐き気と涙がこみ上げてくる残酷さは薄まっている気がする。
言葉では語りつくせず、半世紀以上前の一瞬の出来事のために、死ぬまでうなされ続けていた人たちのことを忘れてはいけない。
平和とは何もない平穏無事な状態をいうのではなく、もっともっと厳しく、必死で突き詰めながら、微妙なバランスを保ちつつ、積極的に人類の幸福を追求していくためのトロフィーではないか、そんな風に最近想うのです。
父方の実家でもある広島は全世界の人々が知る「世界人類史上初めて核兵器の爆撃を受けた街」である。
父方の祖父母は死ぬまで白血病や臓器に次々と転移する癌と闘い続けた。
ただ原爆手帳のおかげで、地元では最高の医療サービスを無料で受けられたのが救いであり、もし「手帳」がなければ、内臓に癌が見つかるたびに、切って切って切りまくり、抗がん剤を人体実験のモルモットといわれようが試せるものは試す、といった治療も受けられなかったであろうことを考えると、どっちがよかったのか・・・
人類最初で、でも哀しいことに最後ではなかった原爆の被害者は62年たった今でもいろんなことに苦しんでいる。
そして、祖父母のように、被爆したにも関わらず「原爆手帳」ももらえず、被爆者認定されていない人が大勢いる、ということが今年の平和祈念行事でとりあげられていた。
祖父母は直接爆撃の爆風を受けたわけではない。
アサヒマチというところで、たまたまあった小さな山の陰になっていたため、もろにうけたわけではなかったのだ。
しかし、「黒い雨」をしこたま浴び、その後、白血球異常が始まった。
祖父の弟は、爆撃地のすぐ近くで教練の朝礼をやっていたらしい、という情報があるだけで跡形もなく消えてしまった。
62年前の8月6日に祖父の弟は、存在そのものが消滅したのだ。
語り継がなければ、独身だった祖父の弟の存在そのものがわれら一族の記憶からさえも消えてしまう。
会ったことのない遠い血縁者の話であるけれど、われらは毎年、消えてしまったその人の存在を風化させないために話し合う。
核配備、原子力発電所、原子力空母の入港、、、
日本が誇るべき「非核三原則」「防衛費の国家予算1%枠」「戦争放棄を人類初でうたった平和憲法」などが次々と形骸化していく。
世界情勢や日本の国益、そんな政治的な言葉や風潮に流されて、政府はできれば「忘れてしまいたい」と考えているのではないか、とかんぐりさえしたくなる。
祖父母と祖父の弟の名前は原爆慰霊碑に刻まれている。
でも、わが一族の祖先の霊は、あの馬蹄形の慰霊碑の中になんか眠っていない。
二度とあの悲劇を繰り返さぬよう、人生の最後の最後のほんとに最後に息を引き取る最後まで、彼らの言葉は「二度と戦争を起こしてはならない。平和を守らねばならない」ということであった。
それほどまでに被爆者の平和への祈念、原爆という人類最大の悲劇を繰り返してはいけないという想いは強いのだ。
アベ首相は、広島に点在する墓石を見るがよい。
慰霊碑や原爆ドームでも、「平和憲法」をすてさり、「国際社会に対する軍事貢献」をしようという意志が変わらないならば、市井の人々の墓を一つでも訪れてみればよい。
62年前の一瞬の悲劇は墓石にも焼きついている。
その強い光線をうけた墓石たちは、それが何処に建っていたものなのか一目瞭然だ。
核の平和利用といったところで、地震やなんらかの人的ミス、その他の原因によって、原子力発電所によって日本国民が、世界の人々が被害を受けるかもしれないのだ。
チェルノブイリの原発現場をガイガーカウンターなしで歩いてみればよい。
広島の血が流れているからといって、核兵器を毛嫌いしているわけではない。
でも、平和都市宣言をしたわが故郷に語り継がれる悲劇を真剣に聞き込めば、人間なら誰だって、心から「二度と過ちを犯してはならない」という気持ちになるはずだ、と想う。
建前なんかいらないから、本気で平和について考えたい。
簡単に軍隊が必要だ、なんて言えない。
日本国が本当に他国と対等に友好的に交流をする気構えを持たなければ、いつかまた悲劇のターゲットになるかもしれない。
自分自身の行動を振り返り、私自身が知らず知らずのうちに傲慢になっていたことを反省している。
8月6日の朝は、何かいろんなことに対しての罪を悔い改めたくなる。
安らかにお眠りください。私達は二度と過ちを犯しません。
そんな黙祷の時の祈りの言葉を守り抜けるのかどうか、今の日本を見ていると心配になってくる。
でも、被爆者の魂は、慰霊碑なんかで閉じ込められることがないっていうことを感じる感性を持ち続けたい。
いつだって裁きの鉄槌がおろされるかもしれないのだ。
もう半世紀以上たち、ヒバクシャ1世で生き残っておられる方々も少なくなってきているという。
原爆資料館におかれている資料もなんだかマイルドになってきていて、話も悲劇性が強調され、聞いているだけで吐き気と涙がこみ上げてくる残酷さは薄まっている気がする。
言葉では語りつくせず、半世紀以上前の一瞬の出来事のために、死ぬまでうなされ続けていた人たちのことを忘れてはいけない。
平和とは何もない平穏無事な状態をいうのではなく、もっともっと厳しく、必死で突き詰めながら、微妙なバランスを保ちつつ、積極的に人類の幸福を追求していくためのトロフィーではないか、そんな風に最近想うのです。