モンゴルといえば、開高健先生が2回もイトウ釣りにチャレンジしたんで、アジアのイトウ釣りメッカの国となっとります。

ウランバートル市民の水瓶でもあるトーラ川は、ウランバートル市の東西にそって流れる河川であります。

土日や気持ちのよい昼下がりや夕暮れの夕涼みなどに、家族や恋人たちの憩いの場として川原が素敵なスポットになっています。

そのトーラ川にここ数日で異変が!!!

大量に魚が腹を上にしてぼこぼこ死んでおりますです。

どうやら、工場廃水その他による水質汚染と酸欠によるらしく。。。

ウランバートル市民の水源は、東側から数百箇所、トーラ川沿いに伏流水の水脈にそって、岩盤ぶち抜き深堀り井戸から地下水をくみ上げているので、実は水質自体はよいのです。

工場地帯は、ウランバートル市西南部に集中しております。
ゆえに水源自体には、工場地帯より下流の地域以外はそんなに心配ないはずなんだけど。。。

にしても、垂れ流しには目に余るものがありましたとです。
下水処理場の処理システムでは対処しきれないくらいに膨れ上がっているウランバートル市の下水。

そもそも、ウランバートル市の都市開発が進められた当初は、こんなはずじゃなかった!はずです。

いまや、世界でもワースト1,2位を争う大気汚染の酷い首都・ウランバートルですが、私がバリバリ、日本政府の無償援助の事前調査時に通訳をやらせていただいていた10数年前は、モンゴル人は私たち日本人の調査団を案内するときに、とても誇らしげにウランバートルの展望台から町の説明をしてくれたもんです。

モンゴル人が街を築くときは、自然の要塞となる盆地に創る。
美しい川の流れを水源とし、西北から吹き降ろされてくるアルタイ下ろしを山で避ける街、ウランバートル。
ウランバートルを囲む4つの山は、それぞれに神が宿るとされていました。
ウランバートル市のシンボル・ハンガリド(ガルーダ=インドネシア航空のシンボルキャラと出自は一緒)は、南に位置するボグド山の守り神であります。

社会主義国家としてコメコンの同盟国に貢献するための工業分野発展の際、ウランバートル市民は、どこに集中的な工場を配置するか、選択を迫られました。

西側に工場を作れば、煙は西北からの風で都会に流れ込んでくる。
東側に作れば、市民の水瓶、生活用水であるトーラ川が汚れてしまう。

ウランバートル市の決断は、西側に工場を作り、水源を汚れないままに残す道、というものでした。

1967年のトーラ川大洪水で、ナーダム会場となる国立競技場スタジアム付近まで浸水したのをキッカケに、堤防が築かれ、また水源緩衝地帯として、スタジアムまでの草原は、家畜も人も住まず、水瓶を美しいままに保とう、という方針で1990年代の市場経済化の混乱期まで、ザイサン丘の展望台からは、トーラ川から先に広がる緑の草原の向こうに展開する大都市を望む、という絶景が見えました。

いつの間にやら、日本資本でゴルフクラブが建設される、、、となりましたが、どうも、会員権がうまく売りさばけなかったのか、細々。。。

そのまま立ち消えかなぁ?と思ってたら、あれよ、あれよというまに、高級住宅街が出現。

今も、FourSeasons(かつてはジャパンタウンとされてました)のような日本が投資してできた建築会社が、立派な総合住宅地を開発中であります。
トーラ川の水瓶を守るためには、広大な一等地をも守るのさ!と誇らしげに語っていたウランバートル市役所の職員さんは、今いずこ?

ゲル地区飽和状態になっているウランバートル市の状況では、もちろん集合住宅は必要です。
ゲル地区で焚かれる石炭や薪の煤煙がウランバートル市の大気汚染の主な要因であることも間違いありません。

でも、そもそもが上流の木の伐採や、何年かの周期で襲来してくるホワイトモス(でっかい真っ白な蛾)によって立ち枯れる森林被害、金鉱山開発その他の要因で、トーラ川、オルホン川、セレンゲ川など主たる大河の水量も激減しておるわけですよ。

ウランバートル市民の水瓶たるトーラ川自体が衰えて、とても100万人+工場用水+アルファを供給できるほどのポテンシャルはなくなっているわけですよ。

その辺のところを見つめなおさずに、ばんばか集合住宅を建て、高級一軒家を建てては井戸をそれぞれが掘りまくり、そして、緩衝地帯は高級住宅地として宅地造成されていく。。。

こんな人間の好き勝手、お金さえありゃ、許可が取れて、なんでもやりたい放題って、、、やってりゃ、そりゃ自然もびっくり怒りますよ。

最近、ウランバートル市では、健康によいから、という政府奨励で食料市場では魚が売られとります。
新鮮な魚・・・それはトーラ川で網でとってるものもいっぱい入っとりますよ。
一応、食品衛生管理基準みたいなチェック機関はあるってことになってるけど、徹底されとるのかどうか、、、。よくわかりませぬ。

私はこの国では、自分がチェックした川で、自分や友達が釣った魚、つまり生前の状態でいかなるファイトを繰り広げて、我が手に下ったライバルなのかを見定めたもの以外は食べません。
だって、怖いんだもん。

モンゴルマスコミによると、食品店や食料市場で売られている魚が、もしかしたら、トーラ川でプカプカ浮いていた魚かも?という疑惑は完全に否定できないそうです。

トーラ川はそもそも、そんなにイトウちゃんが生息しなくなっていることからも、モンゴル国内の大河の中ではもはや、美しくない川、に成り下がっちゃってるのかもしれません。

6月に入ってからの猛暑で、工場廃水で肥沃になった浅瀬での大量発生した藻とかで酸欠状態になって魚が死んだのかもしれない・・・。

だけど、こういった全ての出来事が、自然からの人間への警鐘のような気がしてなりません。

産業振興、鉱山開発、住宅建設、、、インフラ整備で土建業はますます成長している。

でも、私たち、資本主義社会が発展してきた道って、本当に地球に生きる生物として、本当に未来永劫へと続いている道なんだろうか?

大気汚染、水質汚染は、今だけのテンポラリーな出来事じゃない。

河川や湖沼が干上がり、湿地帯がただの荒地に変わり、砂漠が広がっているのも、ただの自然現象じゃない。

皆、私たち人間が、便利に、便利に、と、モンゴル国を自分達の都合のいいように変えようとしていることに対する、自然界からの抗議であり悲鳴であり、警告なんです。

びっくりするくらいの金額がとびかう今のモンゴル経済界。

謙虚で素朴な遊牧民って、、、うそ?

ほんとに、お金がないと生活できないの?

1200km離れた正吉君からの電話の声で泣き崩れそうになる。
私たちが出会った北の大地は、貧しいけれど、お金なんかなくても、自分たちで生きるために必要なものを何でも調達できた。

魚はいくらでも釣れたし、木の実は採り放題だけど、砂糖も買えないし、冷蔵庫もないからっていつも自分たちが必要な分だけをとってた。薬草を集め、野生のたまねぎやニンニクを掘り、だけど、枯れた葱坊主がはなつ種はちゃーんと、蒔いて次につながるようにしていた。
肉だって、山の神様・バヤンハンガイがお腹をすかせた女子供のために、狩人にちゃーんと遭遇させてくれた。毛皮は獲物からとれたし、生活に必要なものは、必要なだけ、ちゃんと与えられていた。

電気がなくて真っ暗でも、ストーブの隙間からの炎があれば十分だった。

自然と共に生きる暮らしで学ぶことは、学校で教えられる授業よりもずっとずっと役に立つ。

かけ離れているのは、物理的な距離ではなく、発展の速度でもなく、どこかで軌道を外れてエスカレートしている人間の強欲のマネーゲームの狂気?

これからがよいフィッシングシーズンだってのに、国外に流れていく大事な川が汚染されているなんて。

そして、その汚染をどう回復させればいいのか、ただただ途方にくれているだけなんて。。。

人間が汚したものは、何が何でも、私たちの世代で、いやここ数ヶ月の間に、浄化せねば。
次世代の魚にだって、ご先祖様から受け継いできたDNAを残していく権利がある。美しい水の中で生きる権利がある。

下流に暮らす遊牧民だって、たくさん、たくさんいるのだ。

小さな首都で起きている小さな出来事?
きっと、NHKワールドでも、海外安全情報でも取り上げられないよなー。

でも、これって、かなり危険なことだと思いませんか?