日本の国土の4倍、人口は約20分の1とよく言われるモンゴル国。
世界で一番密度が低い独立国家と統計上はなっている。。。
人口300万人足らずのモンゴル国ですが、しかもその人口のうち都市部に暮らしている人たちは、1/3余り。
圧倒的な密集度です。
このモンゴル国で土地の私有化が認められるようになったのが2003年5月1日から施行された「土地法」によって。
以来、ウランバートル近郊にあった美しく素敵な草原が広がる風景というのがどんどんなくなっている。
撮影コーディネートで飯を食っている私としては、この柵囲いって、醜悪でうんざりしてしまう。
だって、自分がせっかくみつけた「小高い丘から見下ろせる草原に突然広がるウランバートル市」俯瞰とか、「街を出るとすぐに広大な草原が!」という移動ショットポイントが、どんどん消滅しているのですもの。
ふらふらと年間3-4万キロの移動。そのうち3000キロくらいは馬やらくだでの移動になりますが、そういう移動中もふとした撮影ポイントを見つけてはにんまりするのが趣味な私。
人生の師匠でもある写真家・高橋昇さんは、「一度撮影した場所は、その道中含め、風景で覚えている」という方。
そんな師匠にくっついてモンゴルを旅していた私も、やっぱりそんな風に大地を見るくせがついている。
標識もなく、地図にも載っていない、だだっぴろい草原や森の中、砂漠の轍をなんのためらいもなく進んでいく運転手に驚異を持つ、というのは道路整備がしっかりどんな辺鄙なところでも徹底している日本に暮らす方にとってはよくあることです。
でも、慣れてくると日本人だって、そんな風に道を覚えることができるようになります。
なんの囲いもないままに、「目に見える場所全てがおいらのものさ」的なおおらかな自由人だったモンゴル人。
ユーラシア大陸を駆け巡った騎馬民族の末裔。
私はそんな雄大さにあこがれてこの地に来ました。
それは、自分が多感な高校時代をすごしたアメリカ合衆国中西部の、それはそれは辺鄙で過疎化が進む小さな町の暮らす人々が100年余前から持ち込んできた開拓者魂をしっかりそのまま受け継いでいるっていうことについて覚えた感動の延長線上に伸びた人生だったのかもしれません。
でも、2003年の「土地法」施行以来、すっかり都会の資本主義になれきった「上流階級層」いわゆる「勝ち組資本家」のモンゴル人によって、ウランバートル近郊は囲いだらけになり、ずらーりとモデルハウスかおもちゃのお城みたいな「高級住宅=ハウス」がずらずらと建てられて、立錐の余地もないっていう感じです。
庶民の皆さんも、ささやかながら土地が安いうちに、、、とせっせと柵をつくっていく。
誰にも値段がつけられない「天からの授かりモノ=預かり物」だったはずの土地が小さく小さく切り売りされていく現実。
嘆き悲しむのは、悠久の大地に遊牧民が生きている「遊牧国家・モンゴル」の幻想にしがみつく、モンゴルを愛する外国人だけ?
もちろんモンゴル人だって、すべてを納得ずくでこんな風に柵を作っているわけではありません。
だけど、国が定めた法律で決まってしまった制度なら、それに従い、少しでも自分たちの生活を向上させるために、できる限りの努力をするしかないのです。
正吉君たちは、ここのところ連日泊まりこみで、とある土地の柵囲いに取り組んでいます。
最近は山火事が起きるほどの猛暑なのですが、朝から晩までトンテンカンテン大工仕事に精を出しています。
私達が最初に目指した「ハイパー遊牧民」計画の舞台とは別に、生活基盤を作るためのウランバートル近郊拠点。
せっかく地元のレンジャーさんや行政から助言をもらって、自分達のものに!って思っていたところに、なーんと、この前の土日に別の場所に行っている間に、石灰で境界線が引かれ、ちゃっかり杭まで打たれてた!
まるで「うさぎとかめ」みたいな話の挙句、燃えた正吉君とダブカは、猛然と戦いを挑み、ただいま土地の攻防戦の真っ最中なのです。
近所の人たちの話によると、誰も相手にしていなかった土地でも、誰かが興味を持って所有を検討し始めると「欲張り心」が刺激されて、地元の人間が柵を勝手に作る。
許可よりも先住権が優先する制度なので、許可どりだなんだと、行政手順に手間取っているよりも、とっとと柵を作って所有権を主張できるようにしちゃったもの勝ちってことなのだそうです。
で、柵を作っても、行政に支払う金がなく、とはいえ、柵自体は木材もお金で買ったものなので所有権があり勝手に壊すことはできず、かといって持ち主がわからないから、その土地は手をつけられず・・・ということになってしまうそうな。
なんかすごい無法地帯みたいですね。こんな現実。
でも、女が出る幕じゃない!なぁんて、西部劇みたいなことを言われちゃったので、おとなしく事の成り行きを観察しているところであります。
ほんとのことをいうと、いっくら高い値段がついたって、こんな歩いて1分もかからないような土地になんの価値があるのか、よくわかりません。
多分、私よりも正吉君はじめ、モンゴル人の方が、今、この国でヒートアップしている「土地バブル」「不動産バブル」の利用法をわきまえているんだろうな。
せちがらいネコの額みたいな土地をめぐっての攻防戦で、いとしの正吉君が心身ともに疲労困憊しているのを黙ってみていなきゃいけないっていうのが一番辛い。
日がとっぷり暮れてから、30分だけ戻ってくる正吉君のために、スーテイツァイを作り、羊肉の塩茹でとジャガイモの添え物を用意し、いつまでたっても出ないお湯に見切りをつけ、1時間前からがんがんお湯を沸かして20リットルの水瓶にためて、太ももをやけどしながらお風呂場に用意しておく。
正吉君が帰ってくる頃には、いい感じに冷めているので、冷たい水道の水を混ぜれば、汗と土ぼこりでデロデロになった彼が行水できるくらいにはなるのです。
お茶を飲んで、羊肉をほおばりながら一日の出来事を一生懸命しゃべくる正吉君の声に耳を傾け、水がいい感じの湯加減になったところで、彼の洗髪を手伝い、背中を流す。
あわただしい時間をすごして、見送りをした後で、残り水で時々、髪の毛と手足やお尻をごしごし洗う。
そんな自分に、ちょっぴりよい奥さんになれる兆しもあるのでは、なんて思ってしまう今日この頃。
きっとウランバートルに暮らす庶民の女たちは、皆こんな風に愛する人を待つのでしょう。
あんまりネガティブなノスタルジーに浸らずに、あの素敵な小さな草原と小さなカバとカラマツの森と共に暮らすこれからの暮らしを素敵なものにするために、イメージトレーニングをするのだ!
長文をご笑覧いただき多謝!ついでにぽちっとクリックお願いしまーす
世界で一番密度が低い独立国家と統計上はなっている。。。
人口300万人足らずのモンゴル国ですが、しかもその人口のうち都市部に暮らしている人たちは、1/3余り。
圧倒的な密集度です。
このモンゴル国で土地の私有化が認められるようになったのが2003年5月1日から施行された「土地法」によって。
以来、ウランバートル近郊にあった美しく素敵な草原が広がる風景というのがどんどんなくなっている。
撮影コーディネートで飯を食っている私としては、この柵囲いって、醜悪でうんざりしてしまう。
だって、自分がせっかくみつけた「小高い丘から見下ろせる草原に突然広がるウランバートル市」俯瞰とか、「街を出るとすぐに広大な草原が!」という移動ショットポイントが、どんどん消滅しているのですもの。
ふらふらと年間3-4万キロの移動。そのうち3000キロくらいは馬やらくだでの移動になりますが、そういう移動中もふとした撮影ポイントを見つけてはにんまりするのが趣味な私。
人生の師匠でもある写真家・高橋昇さんは、「一度撮影した場所は、その道中含め、風景で覚えている」という方。
そんな師匠にくっついてモンゴルを旅していた私も、やっぱりそんな風に大地を見るくせがついている。
標識もなく、地図にも載っていない、だだっぴろい草原や森の中、砂漠の轍をなんのためらいもなく進んでいく運転手に驚異を持つ、というのは道路整備がしっかりどんな辺鄙なところでも徹底している日本に暮らす方にとってはよくあることです。
でも、慣れてくると日本人だって、そんな風に道を覚えることができるようになります。
なんの囲いもないままに、「目に見える場所全てがおいらのものさ」的なおおらかな自由人だったモンゴル人。
ユーラシア大陸を駆け巡った騎馬民族の末裔。
私はそんな雄大さにあこがれてこの地に来ました。
それは、自分が多感な高校時代をすごしたアメリカ合衆国中西部の、それはそれは辺鄙で過疎化が進む小さな町の暮らす人々が100年余前から持ち込んできた開拓者魂をしっかりそのまま受け継いでいるっていうことについて覚えた感動の延長線上に伸びた人生だったのかもしれません。
でも、2003年の「土地法」施行以来、すっかり都会の資本主義になれきった「上流階級層」いわゆる「勝ち組資本家」のモンゴル人によって、ウランバートル近郊は囲いだらけになり、ずらーりとモデルハウスかおもちゃのお城みたいな「高級住宅=ハウス」がずらずらと建てられて、立錐の余地もないっていう感じです。
庶民の皆さんも、ささやかながら土地が安いうちに、、、とせっせと柵をつくっていく。
誰にも値段がつけられない「天からの授かりモノ=預かり物」だったはずの土地が小さく小さく切り売りされていく現実。
嘆き悲しむのは、悠久の大地に遊牧民が生きている「遊牧国家・モンゴル」の幻想にしがみつく、モンゴルを愛する外国人だけ?
もちろんモンゴル人だって、すべてを納得ずくでこんな風に柵を作っているわけではありません。
だけど、国が定めた法律で決まってしまった制度なら、それに従い、少しでも自分たちの生活を向上させるために、できる限りの努力をするしかないのです。
正吉君たちは、ここのところ連日泊まりこみで、とある土地の柵囲いに取り組んでいます。
最近は山火事が起きるほどの猛暑なのですが、朝から晩までトンテンカンテン大工仕事に精を出しています。
私達が最初に目指した「ハイパー遊牧民」計画の舞台とは別に、生活基盤を作るためのウランバートル近郊拠点。
せっかく地元のレンジャーさんや行政から助言をもらって、自分達のものに!って思っていたところに、なーんと、この前の土日に別の場所に行っている間に、石灰で境界線が引かれ、ちゃっかり杭まで打たれてた!
まるで「うさぎとかめ」みたいな話の挙句、燃えた正吉君とダブカは、猛然と戦いを挑み、ただいま土地の攻防戦の真っ最中なのです。
近所の人たちの話によると、誰も相手にしていなかった土地でも、誰かが興味を持って所有を検討し始めると「欲張り心」が刺激されて、地元の人間が柵を勝手に作る。
許可よりも先住権が優先する制度なので、許可どりだなんだと、行政手順に手間取っているよりも、とっとと柵を作って所有権を主張できるようにしちゃったもの勝ちってことなのだそうです。
で、柵を作っても、行政に支払う金がなく、とはいえ、柵自体は木材もお金で買ったものなので所有権があり勝手に壊すことはできず、かといって持ち主がわからないから、その土地は手をつけられず・・・ということになってしまうそうな。
なんかすごい無法地帯みたいですね。こんな現実。
でも、女が出る幕じゃない!なぁんて、西部劇みたいなことを言われちゃったので、おとなしく事の成り行きを観察しているところであります。
ほんとのことをいうと、いっくら高い値段がついたって、こんな歩いて1分もかからないような土地になんの価値があるのか、よくわかりません。
多分、私よりも正吉君はじめ、モンゴル人の方が、今、この国でヒートアップしている「土地バブル」「不動産バブル」の利用法をわきまえているんだろうな。
せちがらいネコの額みたいな土地をめぐっての攻防戦で、いとしの正吉君が心身ともに疲労困憊しているのを黙ってみていなきゃいけないっていうのが一番辛い。
日がとっぷり暮れてから、30分だけ戻ってくる正吉君のために、スーテイツァイを作り、羊肉の塩茹でとジャガイモの添え物を用意し、いつまでたっても出ないお湯に見切りをつけ、1時間前からがんがんお湯を沸かして20リットルの水瓶にためて、太ももをやけどしながらお風呂場に用意しておく。
正吉君が帰ってくる頃には、いい感じに冷めているので、冷たい水道の水を混ぜれば、汗と土ぼこりでデロデロになった彼が行水できるくらいにはなるのです。
お茶を飲んで、羊肉をほおばりながら一日の出来事を一生懸命しゃべくる正吉君の声に耳を傾け、水がいい感じの湯加減になったところで、彼の洗髪を手伝い、背中を流す。
あわただしい時間をすごして、見送りをした後で、残り水で時々、髪の毛と手足やお尻をごしごし洗う。
そんな自分に、ちょっぴりよい奥さんになれる兆しもあるのでは、なんて思ってしまう今日この頃。
きっとウランバートルに暮らす庶民の女たちは、皆こんな風に愛する人を待つのでしょう。
あんまりネガティブなノスタルジーに浸らずに、あの素敵な小さな草原と小さなカバとカラマツの森と共に暮らすこれからの暮らしを素敵なものにするために、イメージトレーニングをするのだ!
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