仕事もプライベートもうまくいっている・・・はずなのに、眉間にしわがよることがあります。
ひっかかっている原因はわかっているし、こいつが関わるとろくなことがない・・・
人を恨んだり、何かに対してむかつくなど、マイナスの感情は三十路女のお肌のつやや人相にまで悪影響を与えます。

なので、ここらでスパッと祓っちまおうということに決めました。

正吉君が帰ってこようが、くるまいがもうどうでもいい。。。
彼には彼の人生もあるしね。
でも、私には私の人生があるし、自分なりに思い描いていた夢もあるわけですよ。
別に正吉君がいなくて困る、ということは・・・あんまりないのです。
今までだって、いろんな人に助けてもらいながら、それなりになんとかやってきたし。
部屋が汚かろうが、朝寝坊しようが、料理を焦がしてソートンの餌入ればかりが増えて、ついには仕事道具のキャンプ用品・コッフェルを煮炊きに使っていようが・・・文句を言う人がいない自堕落な生活はそれなりに楽しいんですよ。

あなたがいなければ生きていけないのぉおおおお。

ということはないので、焦るのはやめようと、最近思うようになりました。
独りの方がフットワーク軽く動けるし、気兼ねしないでいられるから、その時間を楽しもうと。

実際、12月に、
「じゃ、君のために、僕は残ることにしたよ!」とか言われちゃったら、
私、かなり困ったと思います。

いや、待て、ちょーっとまってくれ。
両親とか色々段取りっちゅうもんがあるからね、、、世の中順序ってものが、、、とか。


でも、やっぱり人の縁というものは大事にしなければいけないし、うまくいかないことには因果応報、なにかのつながりがあるのです。

人の恨みや嫉妬を買う・・・心当たりがあるといえばあるし、ないといえばない。
だって、自分は自分が生きるようにしか生きられないし、それで誰かがむかついていたとしても、自分ではどうしようもないっす。
その人がおいらにむかついて、おいらの失敗を望んでいるなら、その人はとても不幸だと思う。

だって、無駄なマイナス感情ですもの。

ツァータンの大婆シャーマン親子が私にかけてくれたおまじないのおかげで、九死に一生シリーズの連続でもあんまり気にしてなかった。
自分の人生が終わるときは終わるし、親不孝になるのだけは勘弁してくれー、と思うけど、まぁわが両親は覚悟はしているから、まぁ、常に日々を生きることで精一杯な毎日なのです。

でも、これからの人生、正吉君が何年かかってもその何十年先を私と暮らすと本気で考えているんだったら、かかっている火の粉ははらっておかねば、大事な人にまで悪影響を与えてしまう。

うざってぇなーーー、と思いながらも、大婆さまが亡くなってしまい、そろそろまじない7年の効果も薄れる頃。
タイガに帰らないといかんなー、と思いつつもなんだかんだと、仕事だなんだと戻れない。

自分の力が薄れているのかも。

なので、正吉君がしきりと「兄ちゃんに見てもらえ」と勧めるので、思い切ってお願いすることにしました。

つい一昨日、故郷から帰ってきたばかりでパワーアップだろうしね。
月が満月を過ぎちゃったので、シャーマンの儀式は長引きそうでやだな、と思ったので、とりあえず、「見てもらいに」行ってきました。

自分でも電話では上手に説明できない複雑な障害。
シャーマンというか巫女体質の人だと、会えば大体、問題点って「見える」もんなんです。

お兄さんのシャーマンパワーは、モンゴル国でも結構有名な方らしいのですが、私は初めて。

とりあえず、簡単に説明。
お茶など飲みながら、世間話。


儀式をするにはお兄さんの家は狭くてちっちゃいため、精霊を呼び出してからの飛んだりはねたりが始まったら家が壊れる・・・ということで、おまじないだけで交霊はしないことになりました。

お兄さんは、「お経」を読む仏教式と本来のシャマンの両方の教育と修行、も積んでいる、モンゴル国公認のシャーマンです。

ちょっとにやりと笑って、「交霊はしないけど、おれの呪いは利くぜ」・・・怖いです。お兄さん(((゜д゜;)))

当面、お呪いは、
1;私の邪魔をする負のエネルギーをくっつけているモノを祓う、
2;新しく買った車を清めるためのハダクに念を込めて、お香を浄化する、
3;ここぞ!という仕事の時のお守りを作る
ということで、次の3日月か満月の夜に、我が家でシャーマンの儀式をやることになりました。

イヌワシの翼を額につけて、白いハダクで鉢巻姿になり、
シャマンの衣装を清めながら身に着けていくお兄さん。

口琴を取り出し、ミルクとお香で清め、
まじない用の白い布と黒い布をチョキチョキと三角形に切り取り、、、

まじないの儀式はまるで黒魔術みたいだ・・・

「エコエコアザラク」とか「魔太郎が来る」とか・・・「うしろの百太郎」的な雰囲気。
従兄から借りて読んでから眠れなくなったブラックな世界だす。

電気を消すと、私とお兄さん以外はもはや誰も入り込めない世界。。。

びよよーん、びよよーん・・・と口琴の音。
鳥の鳴き声のまねをしながら精霊と交流するお兄さん。

もはや「あっちの世界」にいっちゃいました。。。

大婆様たちは、古いタイガの民が使う言葉で祝詞を謡い、お告げも古語なので、娘さんたちに通訳してもらわなければわからなかったけれど、お兄さんのはチベット語のお経を読んだあとは、ダルハド語なので私にもわかる。

男のシャマンは久々だけど、やっぱ力強さが違います。

大婆様やその娘、テレビの取材や雑誌の取材などで、日本のカメラマンがビデオやカメラでの撮影を試みたけれど、私が同行した時の儀式についていうと、精霊を呼び出した後は、画像が乱れる、音が飛ぶ、フラッシュとかカメラの部品がふっとぶなどでうまくいきません。

オカルトなのかなんなのかわからないけれど、世の中にはそういうことってあるんだな、という風に受け止めています。

真っ暗な中で続く霊との会話。自然界とのつながり。

都会にいると、「大人のおつきあい」で相手が自分に悪意を持って近づいていても、気がつかないこともある。
そんなこんなで、せっかくの大婆様のおまじないも効力が失われているらしい。
嫉妬心とか焦りとか、不満とか愚痴とか、、、そういったマイナス感情は体のパワーを奪うんだそうです。
病は気から、じゃないけれど、あんまり悲観的な人やモンゴルの悪口ばっかり言う、儲け話ばっかりしている人の近くにいるのは疲れる、というのはそういうことなのかなぁ?

そもそもが私は都会に向かない女なのですよ。
マイペースだし、ずぼらだし、こまめな連絡だの気遣いだの、付け届けだの社交エチケットだの、、、
日本においてきちゃいました。

素の自分、何の肩書きも持たず、財力も、後ろ盾も人脈も何も使わずに、自分がどんな風に生きられるのか?
自分が生きるってどういうことなのか?

そして、民主化、市場経済化、といった国民意識・価値観を180度ひっくり返された人たちがどうやって、国際社会を生き抜いていくのか、自分はその民草の中に埋もれることができるのか、、、

モンゴル学を学ぶようになってから、そして、高橋昇・鯉渕信一という人生の師匠とモンゴルを通じて知り合い、自分の人生は、「挑戦」が宿命付けられている、と悟りました。

皆をびっくりさせる、ぎゃふんと言わせる人生の選択をとり続ける・・・

「どうしてモンゴル語を勉強することにしたんですか?」という質問に対して、冗談半分にそう答えます。
半分は本気です。

人生をかけて、私は自分で自分がびっくり仰天するような境地に落とし続けたい。

損な性格です。
順風満帆な選択もあったのに。
人生の岐路のそこかしこで、受験も、就職も、縁談も・・・
神様は、日本人として人並み以上の条件を提示し、環境をととのえて祝福してくれていたけど・・・

結局、ぜーんぶ蹴散らかして、現在に至る。

価値観の破壊の果てに、自分という核に何が残るかを見てみたい。

わざと人に嫌われるようなことをしちゃう。
顰蹙買うとわかってても、自分の中での正論をはいてしまう。
時々、音信不通になったり、不義理をしてみちゃう。。。

はい。人間として、いかがなものか・・・です。

まぁ、正吉君は、こんな私に神様が最終的に投げかけてくれた救命具なんだと思うのです。

最近、日本人がいっぱい増えて、モンゴルにこれまでなかった空気が流れるようになっていて、、、
絶滅危惧種の私は、ちょっとパワーダウンです。

仕事が順調になるほどに、自分の気持ちが下がり始める・・・
仕事は楽しいんだけど、オフの自分がちょっと辛い・・・パワーダウンです。

腱鞘炎もそうだし、吐血もそうだし、頭痛も多分そう。
体が出している信号で、検査をしても何もわからない、自分自身に対する警鐘。

顰蹙を買ってでも、今、自分を取り戻せ!
パワーを本来の流れに持っていけ!

そういう時期なんですね。
本来、タイガの春というのは、ウランバートルが砂埃だの、寒暖差が激しくなるだのしているときでも穏やかなもんです。

いろんなものが芽吹き始める。トナカイの出産が始まる・・・

命というエネルギーが大地から湧き出る時期で、学生の時は、まぁ、論文テーマの現場だから通いつめてるわけですよ。
そうすると、どんなに辛くても、ぜんぜん体は壊れない。精神的にも壊れない。

テレビ制作会社でもそうでした。
1年、タイガに帰れなかっただけで、鬱々とし、内臓疾患、自律神経失調症・・・視力は落ち、のぼせたり、、、散々でした。

タイガのテレビ番組を企画して、ちょっと戻っただけですっかり元気いっぱいになり、母と3週間の馬での旅、300kmをやったら、その次の年は、年中無休で10ヶ月働きっぱなしでも、仕事快調そのもの!

モンゴル北部と私の相性は抜群で命の源なんだろうなぁー。

まぁ、命の源とはいっても、そう簡単に帰れる場所ではないので、今のところは、ウランバートルにいるタイガの守護霊さまに守ってもらうことにします。


お兄さんが田舎から帰ってきた、と噂を聞きつけてきたゴビ地方の人、東の草原の人、これから遠くに旅立つ人、、、隣の台所がやたら騒がしくなってきている。

お呪いの間は途中入場、退場が許されないから、みんなやきもきしているようでザワザワ。
お兄さんがたった一人のためにまじないの儀式をすることはめったにないそうです。

大体、1回の儀式で何人まで、とか制限があるわけではないし、精神的にも体力的にも疲れるらしいので、わりと一まとめでやってしまうんだそうです。なんつっても、シャーマンとしての力は強いから包容力というか許容量がでかいんですね。

大婆様も96歳だった時の、正月最初の満月の儀式の時は、46人分の占いとお祓いを5時間ぶっつづけでやってたくらい。。。

パワフルシャーマンのお兄さんが、常連さんや遠方からのお客を締め出して、独りのためにやってくれている、ありがたいことです。

でも、そこまで集中しないと祓えないってこと?とちょっと怖い。

お兄さんは台所で茶碗がおちて割れようが、赤ん坊が泣き喚こうが、聞こえていないみたい。

1時間くらいで儀式は終わりました。

終わる前に、お呪いに使ったミルクを北斗七星に向かって9回、振りまく儀式のために帽子だけをかぶって出たり、お祓いに使った布を、東南方向に吹き飛ばし、その後は後ろを振り返らずに、真っ暗な道をまた独りで戻るといった私も参加する部分があって、これがまた冷え込み厳しくて寒かったんですが・・・

感想は、、、
なんか、真っ暗な世界で私だけのためのコンサートが開かれたみたいです。
不思議な調べの口琴と歌。
歌詞は昔のダルハド語で、美しい韻を踏んだ自然への畏敬を込めながらの祈り。
お香の香りが立ち込める中で、儀式が始まったばりの時に、こめかみあたりで猛烈に激痛がしてたのに、なんだかすっきりした感じ。

お守りと車のお清め用のお香とバックミラーにつけるハダクをもらいました。

最後の最後に、自分自身のお清めで、なんか動物の骨をハダクで巻いたバチと経典で手のひらとおでこをたたかれるのですが、これが結構、痛くって・・・

とりあえず、正吉君の言いつけどおり、ちゃんとお祓いはしたので、これからの効果に期待したいです。