1月、まるまる留守にして一時帰国していました。
会社の番頭・アンバーが今日、
1月分のアパート管理費・光熱費・上下水道費(ひっくるめてバイルニィ・ムング Байрны мөнгө )と、固定電話、インターネットADSL10mbpsの支払い領収書を持ってきてくれたので精算しました。
携帯電話は通話していないので、
基本料金は、契約時に支払ったデポジット(Баръцааны мөнгө)で
まかなわれるので支払いなし、とのこと。
んで、大体45,000tg(およそ5000円くらい)が、
なーんにもしなかったときの最低基本料金であることがわかりました。

この管理費は、家族1人(孤独な独り暮らし・・・(T0T)と犬1匹2,200tg)で計算されています。
うちは古いアパートなので、水道メーターがついていません。
なので、人間1人が1日に使うであろう平均利用水量x日数でアバウト計算されます。
多分、地下にあるアパート全体の水道配管の数世帯ごとに
設置されている水量計から割り出されているのでしょう。

光熱費のうち、集中暖房費は、アパートの占有体積(面積)あたりで計算されます。
うちは、3部屋+キッチン・メゾネット式で、
約42.5平米(階段部分とかお納戸、トイレなどのデッドゾーンが省かれるので、
実際の半分ちょっと分くらいで計算されていてお得。

自分が1ヶ月まるまるウランバートルで生活する、
ということがめったにないのですが、
集中暖房が入ってからの支払いとなった10月分で考えると、
住居・光熱・管理費で54,000tg(約6000円)。

電話料金は、話すとしたら、
正吉君に国際電話、仕事の相手に時間の確認、
あとは友達に約束の電話などで、あんまり発信しないです。

電話代は、固定電話で多くても100ドル。
これは日本やモンゴルの地方などに電話をしなければいけないなど
仕事がたくさんあったときの場合。
普段は、2000円程度です。

むしろ携帯電話同士でメッセージと、
インターネットでskypeかyahooやmsnのメッセンジャー、メールでのやり取りが主流。
インターネットは、500mbまでのダウンロードができる常時接続タイプの
ワイヤレスアンテナでの契約なのですが、月$35+Tax10%が入り、大体$40ちょっと。

食費が、10日に一回、野菜や肉などを買い込み、4000円くらい。
米や小麦粉、粟やマメ、蕎麦の実などを10kg-20kg単位の大袋で3ヶ月に一回購入。

で、おおざっぱに考えると、1ヶ月あたりの生活費は、
日本円だと、大体25,000円あれば間に合う感じです。

私は、おんぼろながらアパートは購入しているので、この程度ですが、
それなりのアパートで暮らそうと思うと、
外国人だと、家賃が1ヶ月で$150-600。

アパート物件は、家賃も設備もピンキリ。

1-3年くらいの滞在を予定している場合は、
基本的な家電製品や収納家具がついている
コンドミニアムのようなアパート物件が楽でしょう。


知り合いルート、不動産情報誌、不動産仲介業者に頼む、など物件を見つける手段もいろいろ。

家賃相場は、立地条件やアパートそのものの設備・評価額との相対などでいろいろです)。

家賃は3ヶ月、6ヶ月、1年くらいをまとめて大家に支払います。

家賃に上記の管理費・光熱費などが含まれる場合、
電話・電気代は別で利用した分を店子が自分で支払う、
といういくつかのパターンがあります。

モンゴル人との口論は苦手、支払いに行く時間は仕事があって行きづらい、
お金的には困っていない、という人は、家賃に全てが含まれるほうがお得。

電気代・電話料金などを、ちょっと高めに設定している大家さんもいるので、
その分別にして、節電、電話は携帯電話に頼る、
など、どっちがいいかは、よく考えて契約時に確認したほうがよいです。

留学生だった頃は、
店のショーケースががらんどう。
商品が並ぶことがめったになかった配給ノートで基本的な食料品だけを購入、
寮費・光熱費などはモンゴル政府奨学金だったのでタダ、
授業料はなしで奨学金をたまーにもらえるといった感じの経済活動でした。

たいていは、経理課のおばちゃんに
「教授の給料もあたしら職員の給料も滞ってるのに、
先進国から来たお前達に払う金などない」と追い返されていた(T T);

全体的に物価が安かったし、買いたい物は売ってなかったし、
月5,000円もあれば、なんかリッチな気持ちでいられました。

奨学金がちゃんと支払われていても、3000円分くらいだったけど、
親方日の丸筋からいただく通訳などのお仕事や、
某モンゴル国営企業でのアルバイトなどがあったり、
家族からの後方支援物資が送られてきたり、
考古学調査や恐竜の化石発掘調査などで残った大量の食料が寄付されたりで、
必要十分でかつ寮内での原始共産主義的に、
みんなで分け合う美しい生活ができていました。

今のモンゴルで、
25,000円分をモンゴルで稼ぐとなると、、、
在留邦人の方の中でわりとメジャーな職業である日本語教師だと、
住居とビザ取得費用が雇用側負担で、
1時間(45分)あたり2,500-3,000tgで90分授業が主流の大学だと、
1コマで5,000-6000tg。週10コマくらいだと、1ヶ月=4週間で、200,000t-240,000g。

税金や厚生年金、健康保険分などを引かれると、
この給料から20-39%が天引きされてしまいますが、
外国人の場合だと、経理のほうでうまいことやってくれるから、
大体、手取りで前述の額はもらえます。

日本人だとネイティブプレミアムがつくからもうちょっと高いみたいな感じ。
学校の校長先生たちの話だと、
大体1ヶ月$300あまりの給料を日本人教師には支払っているとのこと。
在留邦人の日本人日本語教師の皆さん、ほんとですか?
モンゴル側からいただくお給料だけでも生活できるものですか?

私は、自分が零細企業をほそぼそ、
超低空飛行で経営しながら思ったのは、
人のお給料を支払う、というのはとても大変で、
「給料分の働き」をしていただくだけでは、会社はとても成り立たぬ、ということ。
レギュラーで仕事をする、というのはとても大変だなぁ、と思います。

会社は人材を、会社ぐるみ、
働きのよいスタッフをそろえて、フォローする、
といった体力が要求されるものですね。当たり前だけど。

この国で、私のような風来坊が、
モンゴル人のイメージする外資系企業らしい活動(金を搾り取れる)
をするのは難しいと痛感です。

モンゴルで生活するときに、
1年中、オフィスアワーに仕事をする、
というのはできない体になってしまいました。

自分が仕事をすることで、どれだけのお金が生み出せるのか。
お金以外でも何かを生産することができるのか。
誰かが必要としていることを自分が働くことで提供できるのか。

そういうことを考えながら日々、働こうとすると、
毎日毎日、自分が規則正しく勤労するよりも、
いざっていう時のために備えて、お金が発生しなくても働き、
つつましく節約生活をしながら、
世の中のことを考えたりするっていうことが大事なような気がしました。

必要最低限の生活をしていればよい、というものではないので、
この生活最低水準の収入が得られればいい、とは全然考えられません。

月25,000円の収入じゃ、満足できません。
私はもっと価値ある暮らしをしたい、と思います。
25,000円だとして、自分とソートンの暮らしが支えられても、
自分が応援したい、地方遊牧民の人たちの環境保全活動などの
サポートができる余裕はありません。

安定的な商売をやっているわけではないので、
月の収入が100ドルにも満たないことがあるけど、
何とかできる、という余裕と気力・節約の精神が大事です。

仲良しの在留邦人、親方日の丸筋や商社筋など日本から軍資金
(じゃなかった給料)が支払われている方々とお付き合いするとき、
おいしいレストランに行っても気後れしちゃったり、
おもしろそうなイベントやコンサートにいくチケット代をしぶらなきゃいけない、
なんていうのも嫌だなぁ。


自分の意志で節約するために無駄な出費を抑えるのは大好きだし、
子供の頃からの習性なのでそんなに無駄遣いになったりはしないけれど、
いざっていうときに、どーんと払える軍資金がある、
自分がほしい、やりたいと思ったことのために使えるお金がない、
と思うのもいやだなぁ。

節約生活でつましく生きるのと、
貧困にあえいでなんとか生き残るためにお金を必死で稼ぐのと、
どっちがよいかといえば、やはり貧困層に自分が入ってしまうのは嫌です。

この前、日本に帰ったときに、
下流層なるものが増えてきているとのことでした。

金銭的な収入を基準にしたときに、
定職につかず、定収入が一定水準に達していない人たちが
特に若者層に増えている、という話でした。

モンゴルでの最低給与水準は1日8時間労働で週休2日制を基準として、
およそ53,000tg(約6000円)と労働基準法で定められています。
この最低給与の場合は所得税等は天引きされません。

でも、共働きだったとしても、
二人ともがこの最低水準の給与だったら、
とてもアパートに住んでの生活は不可能です。

電話をつけなくても、インターネットをやらなくても、
管理費と食費だけでふっとびます。
それに子供が学校に行くとなると、
衣類や靴などにもお金がかかるし、なにかと物入りです。

お金のことを考えると、ウランバートルで暮らすと、
目がつりあがってしまい、とても殺伐とした気持ちになります。

都会暮らしでお金がないのは、本当に嫌なことだなぁ、と思ってしまいます。

だけど、お金に縛られない、というか、
なんとも不思議な人たちがいるってことがわかって、
私はなんだか不思議な気持ちなのです。

お正月に正吉君の実家にご挨拶に行ったときのことです。

正吉君の実家には、まだ正吉君のお母様がご健在だったころ、
フブスグルのタイガでよくお世話になってました。

つつましい生活だけど、
若者が10人以上も押しかけてきても、
いつも温かく料理や乳製品でもてなし、一夜の宿を貸してくれました。

タイガの人たちの中では、余裕のある人たちだなぁっていつも思ってました。

正吉君もその弟も私と一緒にタイガの山の上にあがるとき、
真っ白いシーツとシャツを持っていくので、
泥んこになって大変だろうに、と思ってたんだけど、
いつも、お母さんが洗濯をちゃんとするので真っ白なのでした。

だけど、お母さんが病気でなくなって、
家畜も入院費などの支払いで売り払ってしまい、
牧畜だけでは生活は成り立たないということで、
まずは正吉君が、それから家族がみんなでウランバートルの出てきたのです。

弟と妹や姪っ子や甥っ子を大学や幼稚園や中学校に通わせるため、
正吉君はお兄さんと一生懸命働いたけれど、
妹が私立の大学に通うことになって、ほんとに大変だったみたいです。

正吉君だって、けっして頭が悪いタイプではないし、
いろんなことを学ぶのが好きなタイプだけど、
「勉強よりも仕事を覚えたい」なんていって、
自分が中学卒業しただけで、
ひたすら3つ年下の弟や一番下の妹が大学を出られるだけの学費を
稼いでがんばったという苦労人です。

苦労しているんだけど、ちっとも辛そうじゃないから、
正吉君の家族は幸せなんでしょう。
向上心の強い正吉君にとって、お金持ちな友達がたくさんいる、
というのは色んな刺激になっていいことみたいです。

年上の友達に可愛がられつつ、
かつどこか不思議なくらい対等に堂々と付き合っていたらしく・・・
年始周りの時に居合わせた年上の彼らから、
正吉君との付き合いがいかに愉快で面白いかをたくさん聞いて嬉しくなりました。

お金は必要だけど、最低限必要なものをそろえ、
円満に笑顔で暮らすためには、それだけではだめなんですね。

金をがんばって稼いで、稼いだお金を適切に使いながら、
少しずつ向上し、自分の欲の幅を広げていけるような仕組みを
自分で作らないと、
いつまでたっても、必要最低限の生活しかできない、とも思いました。

お金がすべてではないけれど、我慢ばかりして、
自分のやりたいこと、目標を上に掲げる余裕がない生活、というのも辛い。

正吉君が、家族みんなのために韓国に出稼ぎに行く、
貧乏生活から抜け出したい、と涙を流して訴えたことの意味をかみ締めました。

私が泣いて引き止めたあと、
実は、家族も私を残して、むりに出稼ぎにいかなくたっていい、
自分の生活を第一に考えて、親兄弟よりも伴侶を大事にしろと
泣いて引き止めたんだそうです。

私は、家族のため、家族のため、という正吉君の実家が、
稼ぎ頭として正吉君に期待をこめて喜んで送り出し、
正吉君の仕送りを当てにして暮らしているのかも、とう
がった見方をして、自分で憂鬱になってしまったこともありました。

だけど、ちっともそういう人たちじゃなくって、
タイガで暮らしていたときと変わらず、
つましく、やさしく、おおらかで心に余裕のある人たちだったのでした。


正吉君の実家は本当につつましく生きていて、
だけど、お父さんがフブスグルの故郷に帰りたいっていったら、
いつでも帰れるだけの余裕はあります。

お兄さんは、すんごい強いシャーマンで拝み屋さんなんだけど、
謝礼とかあんまりもらいません。
なんでも、シャーマンがお金とか物欲にとりつかれると、
うまくいかなくなっちゃうんだそうです。
タイガにいたときは、酔っ払って「お前を呪ってやるぞ!」なんて
脅したりするとんでもない人だったと記憶していたのに、別人みたいです。

正月のもてなしでお酒を飲んでも、穏やかでやさしくて、
私のこともとても可愛がってくれます。

正吉君の実家が不思議なのは、
埃だらけの小さなゲル地区の小屋なのに、
年始の挨拶に、ランドクルーザーとかベンツの乗用車とかで乗り付けてくる
友達がたくさんだったこと。

そして、暗くて椅子もない小さな小屋なのに、
みんな平気で床に座って、楽しそうにもてなされていたこと。
お父さんも正吉君のお兄さんもお姉さんも
誰も恥ずかしがることもなく、やっぱり楽しそうに談笑していたこと。

お父さんにはみんな敬意を払っていて、
シャーマンのお兄さんも敬われているけれど、
誰もちっともおもねったりする人がいなかったこと。

私もとても楽しく、私よりも年上のセレブな感じの正吉君のお友達との時間を楽しみました。

お金がなくても、正吉君の家族には、
素晴らしい友達がいて、いつでも誰でも正吉君の家族を助けてくれること。
そのことが何よりも素晴らしいと思います。

正吉君は、自分が誰かに助けを求めることなく、
誰かを助けられる余裕のある暮らしがしたいと思っています。

お父さんは80歳を越える、フブスグルの故郷にタダ独り残っている
親戚のおじさんに年始の挨拶に行きたい、と行って、
昨日、1000kmの道のりを車で出発しました。
なんと、お供の車もいれて、ランドクルーザー3台で。

お父さんと一緒に行きたい、という人たちがたくさんいたので、
なんだか豪華な道中になったようです。


つつましく暮らすこと。貧乏にあえぐこと。

この違いを、私は一生懸命考えながら、
モンゴルで暮らすことの豊かさについて考えて生きたいな、。