働くっていうと日本だと、どっかの企業に就職して、お給料を定期的にもらうことが前提みたいですね。

でも、モンゴルでは就職している人よりも、自分で起業している経営者や自由業の人のほうが、はぶりがよいようです。

私もモンゴルで旅と取材のコーディネート会社を経営していますが、お金を稼ぐために働かねば!と目を吊り上げて必死になっている時は、あんまり仕事は入ってこないし、充実感のある仕事になりません。

今のところモンゴルは金融機関の金利が結構よくって、ドル建て外貨預金でも、月利が1%弱くらいつくので、お金のために働かなくても、犬一匹と私の暮らしくらいだったら、預金の利子だけでも生活がなりたっちゃう。

むしろ、働いて収入を得ると、所得税だの消費税だの固定資産税だの社会保険や年金のために社会保険庁に支払わなきゃいけないお金(私にはちっとも関係ないのに)などが発生して、いやーな気分になってしまいます。

それでも働くのが好きなのは、自分ができることをやることで、誰かの力になれる、というのはとてもハッピーで充足感のあることだからであって、一種の自己満足ですね。

私は大々的な宣伝活動とかは苦手で会社のホームページのメンテまでなかなか手が回りません。
お仕事は口コミと紹介がほとんどです。

一緒に旅した人が、一緒に取材をした人が、日本に帰って他の誰かに、モンゴルで楽しかった!という話をしてくれて、そのときついでに、私達のことも紹介してくれて・・・みたいなつながりで、そういう人と人とのつながりが広がっていくのが楽しいから仕事をしています。

お金をもらわなくても仕事は仕事なんだけど、やっぱりそれ相応の報酬をいただいた方がやりがいもあるし、明日の生活の心配をしなくていいのが素敵です。

異国で生活をさせていただいている以上、そのお世話になっている国に税金という形で払うものは払う・・・ま、それもある程度は仕方がないし、当然の義務でありましょう。(ある程度はね)

働くということで、自分の経験値が上がり、人のつながりもでき、仕事の内容も充実してきて、、、そしてまた誰か新しい人とつながっていって、人生が豊かになっていく。

だから働くのは面白いです。

あとは、お金にならなくても働くのが面白い、というのは、家畜の世話。
遊牧民のお手伝いではなくて、あきらかに足手まといなんだけど、遊牧民さん、ちゃんと報酬をくれます。
しぼりたてのクリーム濃厚な牛乳とか、1mもびよーんとのびるなめらかヨーグルトとか、、、
これだって、ウランバートルで買うと、1リットルで50円-90円くらいしちゃうから、すんごいお得な気がします。

傍(はた)を楽(らく)にする、ということから生まれた「ハタラク」という言葉。

お互いを楽にすることで広がるつながり、というのは給料というお金よりも、ずっと大きいものではないでしょうか?


マク○ナルドの高校生アルバイターよりも時給がはるかに安かった日本でのテレビ制作会社時代もありましたが、そのときも、過酷だ過酷だと文句をいいつつ、普通の海外旅行では絶対、出会うことがなかった辺境のたくましい人たちと出会えたということ、その場所の空気や水を味わって、大地に寝転がった体験などを得られたということで、お金では買えない経験ができた、っていうことでは、働いててよかったなーと思います。

人はどうあがいてもたった独りで生きることなんかできない。
独りで生きているつもりでも、たとえ無人島にいたとしても、何かの命を食べて生きるしかないし。
生きるためには、体と頭を動かして、働かないといけないし。

お金のためとか、出世のため、とかステイタスのため、とか贅沢な生活をするため、とか自分を飾り立てるための欲望にかられちゃうと、働くのもなんだか楽しくないなー、ってなっちゃいます。

どうしたって、お金もほしいし、社会的な地位もほしいし、セレブな知り合いなんかもほしくなっちゃうから、かっこいい大きな仕事をとって、「こういう所ではたらいてまーす。」って言いたくなることもあるんだけど、やっぱりのんびりとしたモンゴルの人たちと、心穏やかに暮らしていこうって思うと、本来の意味での「はたらく」を大事にしていかなくちゃね。