まだ2007年も始まったばかりだというのに、もうすでに2008年に向けての計画が脳内でスタート!
私、遊牧民になります!
遊牧民のところに居候してのフィールドワークというのは、大学生の頃からしょっちゅうなので、ゲルで暮らす、とか家畜の世話して、乳搾りやら羊の毛刈りやらフェルト作りやら、家畜をつぶした後の処理やらという、個別の仕事は、一通りこなせます。
だから、遊牧という作業がどんなものなのかは、一通りどころか、何万通り(聞き取り調査などであった遊牧民世帯は、かるく2万戸を越えているから)も見たり聞いたりしているし、文献などでも調べているし、体験もやっているから、大体はわかっている、、、つ・も・り。。。でした。
でも、いざ、自分が遊牧民として暮らすことになるかも・・・という想像をしてみたら、思考がフリーズ!
自分の人生ずっと遊牧中心になって、自分の資産としてのして家畜を所有して、畜産品を生活の糧として生活を切り盛りする、というのは、すんごい大変そうだ。
遊牧という形態は、確かにモンゴルで自給自足をするためにはベストだと思います。
自然環境条件を上手に利用し、維持コストは実質的な労働と獣医にかかる予防接種代や医薬品、そして、畜産品を市場に納品するための燃料費、大きな出費はそんなもの。
税金だって、最低ラインの月6000トゥグルグ。国民保険(私には関係ないけど)の保険料も一番安い。
小麦粉とかブーツとか子供の服、ろうそく、乾電池など消耗品については、都会よりも高くつくけれど、水道代だって、きれいな水源を確保すればタダ。暖房費だって、家畜の糞を丹念に収集して乾燥させておけばタダ。
都会よりもクリーンな空気、水、暖房がタダで確保できちゃう。
家族一同力をあわせ、ほほえましい暮らし・・・多分、中華4000年の歴史よりももっと前から脈々と続けられてきた遊牧文明は、このモンゴル高原で自然に対するインパクトを極力さけつつ、恵みを受けるという人間の知恵によって構築された、高度なライフスタイル、なんでしょう。
社会主義時代は、全人口の40%近くが遊牧民、家族・親戚の誰かしらに必ず遊牧民がいて、夏休みや冬休みなど長期の休みには子供達は田舎で遊牧の手伝いをする、という生活が当たり前でした。
しかも、社会主義時代は、ネグデルという生活共同組合があり、遊牧民はサラリーマンとして、月給とりだったのです。田舎ではそれほど現金が必要ないからだぶついて、都会で学校に通う子供達に仕送りできるくらい余裕があったそうです。
そして、1990年初頭に、社会主義崩壊、市場経済制への移行と民主化が並行して行われたとき、都会の労働者のほとんどが、大規模工場が原材料供給ストップやらロシアからの燃料供給ストップやらで閉鎖され失業し、どんどこ田舎に流出して、にわか牧民になりました。
当時は約6割くらいが「牧民」カテゴリーに入れられていたようです。
田舎暮らしで職がない人=遊牧民てな感じの統計資料。
そして、経験値のないにわか遊牧民の激増と、1996年のカシミア原毛輸出規制撤廃で、ヤギの飼育頭数が激増、草原を荒らし、結局、異常気象によってヤギはもちろんそのほかの家畜も大量に死んでしまい、家畜がいなけりゃ遊牧もできず、都市に日雇いでもなんでも・・・と職をもとめて再び遊牧民流入。
都会と地方の生活格差はどんどこ広がる一方の今日この頃。
今は国の統計だと、モンゴル全人口のわずか25%足らずが遊牧民なのです。
遊牧国家、といいながら4人に1人しか遊牧民がいない。
つまりは、1人の遊牧民が3人のモンゴル人の食肉供給や乳製品・ミルクの供給に従事しているってことなのです。単純に考えれば。
社会主義崩壊で国に頼れなくなったモンゴル人が、すぐに遊牧民に転身したほど、彼らのDNAには、遊牧民族の本能が刻み込まれています。
でも、「こりゃだめだ」となった時の変わり身の早さもまた、遊牧民に顕著な資質。
市場経済制移行わずか20年足らずで、モンゴル人遊牧民の多くが「こりゃだめだ」と思ってしまった、のはなぜなのか?これはもちろん、人間の生活環境に対する欲求の需要と供給バランスが崩れていることを如実にあらわしています。
年がら年中、モンゴル高原の草原に暮らすということは、現代版「大草原の小さな家」です。
なまじ、ラジオやテレビなど情報が入ってくるから、都会の華やかな生活を眼にする機会も多く、かつ現金収入源としての畜産品は、都市部から購入しなければいけない必要物品に対して、ちっとも値上がりしない。
社会主義時代の、裕福な遊牧生活を経験していた庶民にとっては、「あの頃はよかった・・・」と遠い目。
草原に戻った遊牧民の多くが、都会暮らしではやっていけない年金生活者。
つまりは、安定的に供給される現金を確保しつつ、生活コストを下げて暮らせる人たち。
娯楽よりも平安や家族団らんを求め、儲けではなく、必要な分だけを家畜によってまかなうことで満足できる人たち。
アウトドアライフも好きだし、極寒野宿も灼熱砂漠も平気だけど、根本的な考え方が都会っ子、インテリゲンチャンな私に、彼らのように厳しい自然環境の中で淡々と、安穏と暮らす刺激の少ない生活環境に耐えられるだろうか・・・と考えると、むちゃくちゃ不安だらけです。自信・・・なくなってきた。
遊牧民DNAを持って生まれ、草原で育ったバリバリの遊牧民ですら、草原をすてて、どんどん都会に流入して、いまや、人口300万人にも満たない国で、首都・ウランバートルは100万に都市なんですから。
こりゃ、根本的に何か問題が生じているのだ、と検討せねばなるまい・・・
私の家族も親戚も、かなり広範囲な一族郎党を見回しても、サラリーマン・第一次産業・第二次産業従事者がほとんどいないのです。
みーんな、山の音楽家。楽隊で日がな一日ぶんちゃかぶんちゃかと音楽を奏でて暮らす人々ばかり。
経営とか経済とかいう観念が、世間一般の都会人と比べて、圧倒的に未発達なのです。
遊牧生活は外国人の「お客」として、体験するのは面白いし、いろいろ人生の学びや気づきがある素晴らしい生活なんだけど、モンゴルの現実である厳しい自然環境とか劣悪な医療事情や教育環境などに想いをはせると、なんだか腰砕けになってしまうライフスタイルです。
中途半端で優柔不断な自分がイヤなんだけど、モンゴルに長期滞在してみると、この悩み、わかっていただけるのではないでしょうか。
他人事として、遊牧民がんばれ!とかモンゴルらしさだの、自然と共存共栄できる持続的な生活文化だのとモンゴル国の遊牧を褒め称えることはいくらでもできるのですが、自分がその一員となる、ということにどうもためらいがあったのです。私にゃ、この一見のんびりとしているようで、わりと日々、勤勉でないと勤まらない遊牧婦人というのは、向いてない、と断言できちゃうから。
それに、家族親戚(日本では親戚にすらカウントされないちょー遠縁まで含まれる)同士のこゆい相互依存な関係も核家族育ちの私にはかなり抵抗感があるし。
1ヶ月や2ヶ月、あるいは、半年とか1年なら、変化を楽しんでよい取材になる、なんてのんきに暮らせる、とは思いますが。なんてかんじでうじうじ・・・ためらう要素てんこもりな遊牧生活。
でも、でも、
やっぱり、モンゴルで暮らしますって決意するんだったら、ウランバートルに住んでますっていうより、どこかの大草原の小さなゲルで羊とヤギに囲まれて暮らしてますって方が、なんか魅力的な生き方なんじゃないか、とかイメージ先行の乙女のような気持ちになってしまったのです。
これもひとえに、自分の今の暮らしの中で一番大切な人との暮らし、というイメージで将来を考えているからなのでしょう。ひとりぼっちだったら、絶対、自分で遊牧生活なんかやらないよ。
遊牧民としてエコツアーを一緒にやってくれる仲間はモンゴル全土に何百人といるんだもの。
たまーに、お客さんを連れてホームステイをお願いしたり、馬旅したり、冬の食料用の家畜を買いに行ったり、とかそのくらいでも十分、1年の3分の1を草原で暮らしている私には十分楽しく、生活を成り立たせる手段になっているんだし。
さて、ここで私の人生を180度転換させようとしている遠距離モンゴル人の彼とのことでも思いをはせてみようかな。
彼彼いってるのもなんだか変だし、「ダーリン」っていうタイプでもないので、これはやはり、出会った当初においらがつけたあだ名で呼んでおこう。「にこにこ坊や・正吉君」です。
正吉君、というのは、テレビ番組「北の国から」シリーズの笠松正吉君のことです。今は内装業に転職してしまった中澤佳仁さんという近年まれにみるすがすがしい青年さんに、にこにこ笑顔がちょっと似ている・・・というのが命名理由。どうでもいいことですが。
私の正吉君は、日本語も英語もできないし、そもそもあんまり学校教育にご縁がない人ですが、異文化に対する順応性が高くてどこでも暮らせるし、誰とでも仲良くやっていける、という優れた性格の持ち主です。
出会ってから12年間がたっていました。つきあいってほどの付き合いはここ1年くらいなのですが。
5年前くらいから、彼の方は好きでいてくれたみたい。3年くらい前から、日々繰り返されるプロポーズはなかなか心地好く、サブリミナル効果、とでもいうのでしょうか・・・だんだん彼の素晴らしさに気づかされていくのでした。うーむ、文字にすると、私、馬鹿みたいだけど、純愛というのを久々に感じましたよ。
私にはない穏やかさと粘り強さは、まさに北国育ちならでは。どんな暮らしでも、この人なら耐え抜き、どんな困難でも乗り越えてくれる、というたくましさがある人です。
日本に来たらすぐ日本語も覚えちゃうんだろーなー、という核心もあるし、日本での生活も、多分ガテン系になっちゃうだろうけれど、仕事もそれなりに定職を持ってしまえるだろうな。
だけど、正吉君が日本の生活になれちゃったら、それはそれでものすごく勿体無いな。
外国人に対してやたら意識しちゃう日本社会に適応するためには、彼自身の持ち味を発揮することはできないもの。
日本の優れた社会システムは人間関係を円滑に和やかに、かつ仕事の処理能力もパッパカあげてくれるっていうのはわかるんだけど、なんだか私は、せっかくモンゴル人に生まれて、特技が狩猟とモンゴル競走馬の調教、という正吉君がわざわざ日本語を覚え、むりくり日本の複雑な社会システムやら経済観念やらを身につけ、なんとか就職し、私も共稼ぎで・・・というのは時間と苦労の無駄使い、であると判断。
モンゴルでの遊牧生活というのは、どうしたって正吉君にイニシアチブをとってもらわなければどうしようもない。
そんでもって、彼は十分遊牧をやっていけるキャリアも持っているし、私も遊牧生活の楽しさも厳しさもある程度は想像し、覚悟している。
でも、正吉君に日本の環境はストレスがかかりすぎます。
子供達はイジメだの受験失敗だので、自殺してたり、ゆがんで殺し合いをしていたりするし、敬語もろくに使えなかったり、金勘定ばっかりうまくなっている・・・ように見えてしまった日本の暮らしにちょっと幻滅しちゃっているのです、今回の一時帰国で。
家族同士で、けんかがエスカレートした挙げ句、殺しちゃったり、ばらばらにしちゃったり。
家族の心の絆がバラバラになったからって、親兄弟や生涯の伴侶の肉体までバラバラにしちゃうってのは、こりゃあんまりですよ。
報道ステーションの古館一郎が、なにかと「・・・これもこの国が病んでいるからでしょうか?」とか言ってるけれど、そんなに何もかもが病んでる日本ってどういう国ですか?
私の中の日本はもっと誇り高く、賢く、礼儀正しいのです。勤勉と自助努力にまい進し、会社のため、社会のため、家族のためにと奉仕の精神。常に他者を思いやり、ルールを守る。
それが私が描いている、私が誇りに思ってきた日本人なのです。国家の品格なのです。
なーんで、こんなに迂闊な事件が、都会も地方も格差なく起こっちゃうんですか?
私の同級生のなかにもそろそろ小学生やら中学生やらの子供を持つ親になっている人もいるけれど、こういう方々の話を聞いてもびっくりするくらい日本の学生はおばかさんだ。授業中に携帯電話使っている学生を、教室から追い出したら、先生の方がしかられるんですって?ばっかみたーい!
モンゴルの学校教育もひどいし、学生もひどいし、先生の質も悪いけれど、ねっこの部分では先進国・日本もモンゴルもおんなじ問題を抱えている。
子供を育てる、という環境はやはり親になった人間が必死で確保するしかないっていうのが、この地球上、どこにいたっておんなじように発生する義務なのだ。
社会が悪いだ、国が悪いだの、先生が悪いだの、同級生が悪いだの、何でもかんでも他人のせいにしたところで、実際に起こっている状況から家族を守るのは、やっぱり本人なのであって、どうしようもなく退廃しているその状況から、自分だけ清く正しく美しく、なんていってられなくなったときに、どこまで踏みとどまれるか、人間として大事なものを守れるか、継承できるか、というのは、本人の責任だ。
そういう思いにいたった時、私が、この世で一番美しい、素晴らしい、と感動した場所で、心優しい誠実な家族に囲まれて健やかに育った正吉君を、無理に、世間が「理想の生活」と思っている生活環境に適応させてまで、自分自身の適性に固執して暮らす必要はないや、と思いました。
通訳も翻訳も、取材や調査のコーディネートも一生やっていきたい私の天職。
だけど、正吉君の天職である草原での暮らしを一緒にしたって、私の天職を捨てないで済む方法はいくらでもあるはず。どっちにしたって簡単じゃないと思うけれど、なにしろ、一生かけて築き上げていく壮大なプロジェクトですから、難問が多い方がやりがいがあるってもんです。
ずっと、草原の遊牧民やハンターが大好きだけど、私が稼ぐにはウランバートルを拠点にするしかないって思っていたけれど、正吉君と一緒にやりたい田舎暮らしがいっぱいあるんだっていうことで自分の生活観がどんどん変わってきています。遊牧民にインターネット環境が普及するのも、不可能じゃなさそうだし。
実践に着手しようとしたとき、これまで自分の研究がどれほど実践に役立つものであるか、真価が問われるんだなー。ちょっと怖いけど。
ま、遊牧民になるための修行の第一歩は、健康第一。
正吉君と遠距離ラブコールをしながら学ぶモンゴル遊牧民への道。
正吉君と電話で話しながら、わくわく盛り上がれる話題、私達のバーチャル遊牧生活がこれからどんな風に発展していくのか、とっても楽しみな今日この頃です。
ビジネスでも研究でも恋愛でもなんでもそうだけど、「これから始まる」っていうもののためにわくわくするイメージングの期間が一番楽しいかもね。
私、遊牧民になります!
遊牧民のところに居候してのフィールドワークというのは、大学生の頃からしょっちゅうなので、ゲルで暮らす、とか家畜の世話して、乳搾りやら羊の毛刈りやらフェルト作りやら、家畜をつぶした後の処理やらという、個別の仕事は、一通りこなせます。
だから、遊牧という作業がどんなものなのかは、一通りどころか、何万通り(聞き取り調査などであった遊牧民世帯は、かるく2万戸を越えているから)も見たり聞いたりしているし、文献などでも調べているし、体験もやっているから、大体はわかっている、、、つ・も・り。。。でした。
でも、いざ、自分が遊牧民として暮らすことになるかも・・・という想像をしてみたら、思考がフリーズ!
自分の人生ずっと遊牧中心になって、自分の資産としてのして家畜を所有して、畜産品を生活の糧として生活を切り盛りする、というのは、すんごい大変そうだ。
遊牧という形態は、確かにモンゴルで自給自足をするためにはベストだと思います。
自然環境条件を上手に利用し、維持コストは実質的な労働と獣医にかかる予防接種代や医薬品、そして、畜産品を市場に納品するための燃料費、大きな出費はそんなもの。
税金だって、最低ラインの月6000トゥグルグ。国民保険(私には関係ないけど)の保険料も一番安い。
小麦粉とかブーツとか子供の服、ろうそく、乾電池など消耗品については、都会よりも高くつくけれど、水道代だって、きれいな水源を確保すればタダ。暖房費だって、家畜の糞を丹念に収集して乾燥させておけばタダ。
都会よりもクリーンな空気、水、暖房がタダで確保できちゃう。
家族一同力をあわせ、ほほえましい暮らし・・・多分、中華4000年の歴史よりももっと前から脈々と続けられてきた遊牧文明は、このモンゴル高原で自然に対するインパクトを極力さけつつ、恵みを受けるという人間の知恵によって構築された、高度なライフスタイル、なんでしょう。
社会主義時代は、全人口の40%近くが遊牧民、家族・親戚の誰かしらに必ず遊牧民がいて、夏休みや冬休みなど長期の休みには子供達は田舎で遊牧の手伝いをする、という生活が当たり前でした。
しかも、社会主義時代は、ネグデルという生活共同組合があり、遊牧民はサラリーマンとして、月給とりだったのです。田舎ではそれほど現金が必要ないからだぶついて、都会で学校に通う子供達に仕送りできるくらい余裕があったそうです。
そして、1990年初頭に、社会主義崩壊、市場経済制への移行と民主化が並行して行われたとき、都会の労働者のほとんどが、大規模工場が原材料供給ストップやらロシアからの燃料供給ストップやらで閉鎖され失業し、どんどこ田舎に流出して、にわか牧民になりました。
当時は約6割くらいが「牧民」カテゴリーに入れられていたようです。
田舎暮らしで職がない人=遊牧民てな感じの統計資料。
そして、経験値のないにわか遊牧民の激増と、1996年のカシミア原毛輸出規制撤廃で、ヤギの飼育頭数が激増、草原を荒らし、結局、異常気象によってヤギはもちろんそのほかの家畜も大量に死んでしまい、家畜がいなけりゃ遊牧もできず、都市に日雇いでもなんでも・・・と職をもとめて再び遊牧民流入。
都会と地方の生活格差はどんどこ広がる一方の今日この頃。
今は国の統計だと、モンゴル全人口のわずか25%足らずが遊牧民なのです。
遊牧国家、といいながら4人に1人しか遊牧民がいない。
つまりは、1人の遊牧民が3人のモンゴル人の食肉供給や乳製品・ミルクの供給に従事しているってことなのです。単純に考えれば。
社会主義崩壊で国に頼れなくなったモンゴル人が、すぐに遊牧民に転身したほど、彼らのDNAには、遊牧民族の本能が刻み込まれています。
でも、「こりゃだめだ」となった時の変わり身の早さもまた、遊牧民に顕著な資質。
市場経済制移行わずか20年足らずで、モンゴル人遊牧民の多くが「こりゃだめだ」と思ってしまった、のはなぜなのか?これはもちろん、人間の生活環境に対する欲求の需要と供給バランスが崩れていることを如実にあらわしています。
年がら年中、モンゴル高原の草原に暮らすということは、現代版「大草原の小さな家」です。
なまじ、ラジオやテレビなど情報が入ってくるから、都会の華やかな生活を眼にする機会も多く、かつ現金収入源としての畜産品は、都市部から購入しなければいけない必要物品に対して、ちっとも値上がりしない。
社会主義時代の、裕福な遊牧生活を経験していた庶民にとっては、「あの頃はよかった・・・」と遠い目。
草原に戻った遊牧民の多くが、都会暮らしではやっていけない年金生活者。
つまりは、安定的に供給される現金を確保しつつ、生活コストを下げて暮らせる人たち。
娯楽よりも平安や家族団らんを求め、儲けではなく、必要な分だけを家畜によってまかなうことで満足できる人たち。
アウトドアライフも好きだし、極寒野宿も灼熱砂漠も平気だけど、根本的な考え方が都会っ子、インテリゲンチャンな私に、彼らのように厳しい自然環境の中で淡々と、安穏と暮らす刺激の少ない生活環境に耐えられるだろうか・・・と考えると、むちゃくちゃ不安だらけです。自信・・・なくなってきた。
遊牧民DNAを持って生まれ、草原で育ったバリバリの遊牧民ですら、草原をすてて、どんどん都会に流入して、いまや、人口300万人にも満たない国で、首都・ウランバートルは100万に都市なんですから。
こりゃ、根本的に何か問題が生じているのだ、と検討せねばなるまい・・・
私の家族も親戚も、かなり広範囲な一族郎党を見回しても、サラリーマン・第一次産業・第二次産業従事者がほとんどいないのです。
みーんな、山の音楽家。楽隊で日がな一日ぶんちゃかぶんちゃかと音楽を奏でて暮らす人々ばかり。
経営とか経済とかいう観念が、世間一般の都会人と比べて、圧倒的に未発達なのです。
遊牧生活は外国人の「お客」として、体験するのは面白いし、いろいろ人生の学びや気づきがある素晴らしい生活なんだけど、モンゴルの現実である厳しい自然環境とか劣悪な医療事情や教育環境などに想いをはせると、なんだか腰砕けになってしまうライフスタイルです。
中途半端で優柔不断な自分がイヤなんだけど、モンゴルに長期滞在してみると、この悩み、わかっていただけるのではないでしょうか。
他人事として、遊牧民がんばれ!とかモンゴルらしさだの、自然と共存共栄できる持続的な生活文化だのとモンゴル国の遊牧を褒め称えることはいくらでもできるのですが、自分がその一員となる、ということにどうもためらいがあったのです。私にゃ、この一見のんびりとしているようで、わりと日々、勤勉でないと勤まらない遊牧婦人というのは、向いてない、と断言できちゃうから。
それに、家族親戚(日本では親戚にすらカウントされないちょー遠縁まで含まれる)同士のこゆい相互依存な関係も核家族育ちの私にはかなり抵抗感があるし。
1ヶ月や2ヶ月、あるいは、半年とか1年なら、変化を楽しんでよい取材になる、なんてのんきに暮らせる、とは思いますが。なんてかんじでうじうじ・・・ためらう要素てんこもりな遊牧生活。
でも、でも、
やっぱり、モンゴルで暮らしますって決意するんだったら、ウランバートルに住んでますっていうより、どこかの大草原の小さなゲルで羊とヤギに囲まれて暮らしてますって方が、なんか魅力的な生き方なんじゃないか、とかイメージ先行の乙女のような気持ちになってしまったのです。
これもひとえに、自分の今の暮らしの中で一番大切な人との暮らし、というイメージで将来を考えているからなのでしょう。ひとりぼっちだったら、絶対、自分で遊牧生活なんかやらないよ。
遊牧民としてエコツアーを一緒にやってくれる仲間はモンゴル全土に何百人といるんだもの。
たまーに、お客さんを連れてホームステイをお願いしたり、馬旅したり、冬の食料用の家畜を買いに行ったり、とかそのくらいでも十分、1年の3分の1を草原で暮らしている私には十分楽しく、生活を成り立たせる手段になっているんだし。
さて、ここで私の人生を180度転換させようとしている遠距離モンゴル人の彼とのことでも思いをはせてみようかな。
彼彼いってるのもなんだか変だし、「ダーリン」っていうタイプでもないので、これはやはり、出会った当初においらがつけたあだ名で呼んでおこう。「にこにこ坊や・正吉君」です。
正吉君、というのは、テレビ番組「北の国から」シリーズの笠松正吉君のことです。今は内装業に転職してしまった中澤佳仁さんという近年まれにみるすがすがしい青年さんに、にこにこ笑顔がちょっと似ている・・・というのが命名理由。どうでもいいことですが。
私の正吉君は、日本語も英語もできないし、そもそもあんまり学校教育にご縁がない人ですが、異文化に対する順応性が高くてどこでも暮らせるし、誰とでも仲良くやっていける、という優れた性格の持ち主です。
出会ってから12年間がたっていました。つきあいってほどの付き合いはここ1年くらいなのですが。
5年前くらいから、彼の方は好きでいてくれたみたい。3年くらい前から、日々繰り返されるプロポーズはなかなか心地好く、サブリミナル効果、とでもいうのでしょうか・・・だんだん彼の素晴らしさに気づかされていくのでした。うーむ、文字にすると、私、馬鹿みたいだけど、純愛というのを久々に感じましたよ。
私にはない穏やかさと粘り強さは、まさに北国育ちならでは。どんな暮らしでも、この人なら耐え抜き、どんな困難でも乗り越えてくれる、というたくましさがある人です。
日本に来たらすぐ日本語も覚えちゃうんだろーなー、という核心もあるし、日本での生活も、多分ガテン系になっちゃうだろうけれど、仕事もそれなりに定職を持ってしまえるだろうな。
だけど、正吉君が日本の生活になれちゃったら、それはそれでものすごく勿体無いな。
外国人に対してやたら意識しちゃう日本社会に適応するためには、彼自身の持ち味を発揮することはできないもの。
日本の優れた社会システムは人間関係を円滑に和やかに、かつ仕事の処理能力もパッパカあげてくれるっていうのはわかるんだけど、なんだか私は、せっかくモンゴル人に生まれて、特技が狩猟とモンゴル競走馬の調教、という正吉君がわざわざ日本語を覚え、むりくり日本の複雑な社会システムやら経済観念やらを身につけ、なんとか就職し、私も共稼ぎで・・・というのは時間と苦労の無駄使い、であると判断。
モンゴルでの遊牧生活というのは、どうしたって正吉君にイニシアチブをとってもらわなければどうしようもない。
そんでもって、彼は十分遊牧をやっていけるキャリアも持っているし、私も遊牧生活の楽しさも厳しさもある程度は想像し、覚悟している。
でも、正吉君に日本の環境はストレスがかかりすぎます。
子供達はイジメだの受験失敗だので、自殺してたり、ゆがんで殺し合いをしていたりするし、敬語もろくに使えなかったり、金勘定ばっかりうまくなっている・・・ように見えてしまった日本の暮らしにちょっと幻滅しちゃっているのです、今回の一時帰国で。
家族同士で、けんかがエスカレートした挙げ句、殺しちゃったり、ばらばらにしちゃったり。
家族の心の絆がバラバラになったからって、親兄弟や生涯の伴侶の肉体までバラバラにしちゃうってのは、こりゃあんまりですよ。
報道ステーションの古館一郎が、なにかと「・・・これもこの国が病んでいるからでしょうか?」とか言ってるけれど、そんなに何もかもが病んでる日本ってどういう国ですか?
私の中の日本はもっと誇り高く、賢く、礼儀正しいのです。勤勉と自助努力にまい進し、会社のため、社会のため、家族のためにと奉仕の精神。常に他者を思いやり、ルールを守る。
それが私が描いている、私が誇りに思ってきた日本人なのです。国家の品格なのです。
なーんで、こんなに迂闊な事件が、都会も地方も格差なく起こっちゃうんですか?
私の同級生のなかにもそろそろ小学生やら中学生やらの子供を持つ親になっている人もいるけれど、こういう方々の話を聞いてもびっくりするくらい日本の学生はおばかさんだ。授業中に携帯電話使っている学生を、教室から追い出したら、先生の方がしかられるんですって?ばっかみたーい!
モンゴルの学校教育もひどいし、学生もひどいし、先生の質も悪いけれど、ねっこの部分では先進国・日本もモンゴルもおんなじ問題を抱えている。
子供を育てる、という環境はやはり親になった人間が必死で確保するしかないっていうのが、この地球上、どこにいたっておんなじように発生する義務なのだ。
社会が悪いだ、国が悪いだの、先生が悪いだの、同級生が悪いだの、何でもかんでも他人のせいにしたところで、実際に起こっている状況から家族を守るのは、やっぱり本人なのであって、どうしようもなく退廃しているその状況から、自分だけ清く正しく美しく、なんていってられなくなったときに、どこまで踏みとどまれるか、人間として大事なものを守れるか、継承できるか、というのは、本人の責任だ。
そういう思いにいたった時、私が、この世で一番美しい、素晴らしい、と感動した場所で、心優しい誠実な家族に囲まれて健やかに育った正吉君を、無理に、世間が「理想の生活」と思っている生活環境に適応させてまで、自分自身の適性に固執して暮らす必要はないや、と思いました。
通訳も翻訳も、取材や調査のコーディネートも一生やっていきたい私の天職。
だけど、正吉君の天職である草原での暮らしを一緒にしたって、私の天職を捨てないで済む方法はいくらでもあるはず。どっちにしたって簡単じゃないと思うけれど、なにしろ、一生かけて築き上げていく壮大なプロジェクトですから、難問が多い方がやりがいがあるってもんです。
ずっと、草原の遊牧民やハンターが大好きだけど、私が稼ぐにはウランバートルを拠点にするしかないって思っていたけれど、正吉君と一緒にやりたい田舎暮らしがいっぱいあるんだっていうことで自分の生活観がどんどん変わってきています。遊牧民にインターネット環境が普及するのも、不可能じゃなさそうだし。
実践に着手しようとしたとき、これまで自分の研究がどれほど実践に役立つものであるか、真価が問われるんだなー。ちょっと怖いけど。
ま、遊牧民になるための修行の第一歩は、健康第一。
正吉君と遠距離ラブコールをしながら学ぶモンゴル遊牧民への道。
正吉君と電話で話しながら、わくわく盛り上がれる話題、私達のバーチャル遊牧生活がこれからどんな風に発展していくのか、とっても楽しみな今日この頃です。
ビジネスでも研究でも恋愛でもなんでもそうだけど、「これから始まる」っていうもののためにわくわくするイメージングの期間が一番楽しいかもね。