旅のスタイルが、移動型と滞在型どっちが好きかって聞かれたら、迷わず滞在型を選ぶ。
そもそも自分はあんまりバックパッカー的な旅をしたことがない。
たいてい、地元の人が家族みたいになっちゃって、まったりとその土地の空気を自分が身にまとえるくらいまでそこにとどまっていたいと思う。
ヒッチハイクはしたことがない。
アメリカ留学中は、ステイ先の村の人が皆知り合いで、いつでも載せてくれたけど、派遣元の機関からヒッチハイクと自動車の運転が禁止されていたから。
値切り倒して旅行するのもあんまり好きじゃない。
市場で値切るのは大好きだけど、それでもやっぱり相手の生活がかかっている商売だと思うと、あんまり買い叩こうって気にはなれない。
ようは自分の中での価値観がどうかっていうことが問題になってくる。
だからこそ、私はその土地の生活の空気に順応するという経験を大事にしているのかもしれない。
自分的にあまりよい性格ではない、けど修正できないでいる奴はかなりたくさんあるけれど、その中に、「慣性の法則」(惰性の法則)がある。
日々コツコツ続けている分にはコツコツ続けられるが、ひとたびやめると、そのまま、よっぽどのキッカケがなければそのままずーっとやめっぱなしになっちゃう。
移動でもそうだ。
でこぼこ道での移動は、車内でもとんだりはねたり、大変・・・らしい。
パックツアーなどでのお客様にいただいたアンケートの多くは、
「モンゴルの道路がとても悪い。なんとか直して欲しい」といったもの。
そんなこと旅行会社に言われても・・・
でも、わたし、このでこぼこ道はでこぼこ道で、移動しているうちに楽しくなってきちゃう。
時々、ぎゅうづめのロシアンジープで変な格好で座っていて、腰や背中を痛めちゃうこともあるけれど、それでも嫌いじゃない。
でこぼこ道のいいところ。
スピードがそんなに出ないから、周りが観察しやすい。
キツネやハリネズミ、ウサギ、オオカミなどをみかけやすい。
舗装道路は舗装道路で悪くない。
なんといっても時速70km-100kmくらいで走れるから時間が短縮できる。
飛行機の移動。
空から眺める大地は素敵。
草原から沙漠へとの変化を1時間から2時間でみることができる。
西への移動は、高度が高いから、地形マップを持っていけば、
まるで模型みたいに自分が飛んでいるルートを地図上で追うことができる。
馬での移動。
これは馬のリズムにカラダが合うことが何よりも快感。
車じゃいけない山道や森の中、ぬかるみも行けちゃう。
花や草の匂いをかいだり、ルバーブをもいだりしながら馬の背でゆられる。
モンゴルはやっぱり馬が一番似合う。
らくだでの移動。
これはちょっと怖いけど、地上から約2-2.5mという目線はらくだならでは。
らくだは馬とはちがって、右前足と右後ろ足、左前足と左後ろ足が一緒にでる。つまりはロボット歩きだ。
リズムがヘンな感じなんだけど、馬よりもゆったりしているようで、実は速い。
草原や沙漠など平地を歩くのは快感。
ずーっと歩いていたい。
らくだは下りるときが、前足からいきなりガクーンって下がるので、怖いのだ。
おりたくないよーって気になる。
トナカイでの移動。
フブスグル北部のツァータンを訪ねるならやっぱり冬がいい。
馬も車も入れない深い雪に覆われた白樺やシベリアクロマツの森をトナカイはカヌーのように軽やかに進める。
鞍が安定していないので、鐙で踏ん張っても意味がない。
ただひたすらバランス感覚で乗るのだ。
歩く。歩く。歩く。
坂道は嫌い。
大学ではワンダーフォーゲル部だったくせに、上り坂は息が上がるし、下り坂はヒザが痛いから嫌い。
だけど、ずーっと歩いているうちに、カラダが喜んでくるのがわかる。
血の巡り方が軽やかになり、流れる汗に当たる風が快感に変わる。
ぜいぜい言いながら、転んだふりして、高山植物を観察したりするのも好き。
森の中では自分たちの足音と、森の音だけが聞える。
そんな時間も好き。
ようは、嫌だなぁ、と思っていても、動き出せばそれが快感になってくるのだ。
といいつつ、一旦、どこかに落ち着いてしまったら、そこが当初の目的地じゃなくても、「ここでいいよー」と落ち着いちゃうのだ。
おかげで、広島の名所「三段峡」も私はまだ見たことがない。
ちっちゃい頃からなんども家族旅行でかの地を目指すのだが、その途中にある渓流を眺めているうちに、「ここでいいよー」と水着に着替えて飛び込んじゃうから、結局、名もない小川でバシャバシャするだけで1日が終わる。
渋滞を乗り越え、かなりの遠出を強いられる父にも気の毒であるが、結局、私的にはそれで大満足だったりするのだ。
休日は、家でゴロゴロしちゃう。
インターネットを始めると、ずーっとアクセスしてネットサーフィンしちゃう。読書を始めたら、終わりまでずっと読み続ける。トイレもお風呂もずっと本を手放せなくなる。
仕事を始めれば、徹夜も食事抜きも関係なくなる。
ランナーズハイな状態でずーっと夢中になっている。
トイレも出来ることなら、「ソートン代わりにいってきて」といいたいくらいだ。
仕事がきついのは嫌だ、といいつつも、3時間もすりゃ、夢中になる。
仕事がなくて辛い、といいつつも、3日も遊び暮らしていりゃ、仕事なんかどうでもいい、このまま遊んでいたい、と思ってしまう。
料理は簡単な3分クッキングでかまわないんだけれど、一旦その気になったら、カレーを3日がかりで作ったり、手打ちうどんに挑戦してみたり、似合わないほど凝った料理にトライしてみたりする。
三日坊主のくせに、一旦はじめてしまえば長続きする。
長続きといっても、やはり惰性というか慣性みたいなものなので、何かの事情でストップしてしまえば、そのままどうでもよくなってしまう。
こんな風に慣性に身を任せているからこそ、いろんな刺激が嬉しいんだと思う。
モンゴルとはもう15年以上の付き合いになったけれど、まだ15年って感じ。
まだまだ慣性に乗れるほどに慣れちゃいない。
慣れたと思う前に、日本に戻って、日本の感覚にギアをチェンジする。
日本の感覚にどっぷりつかった、と思ったらモンゴルに戻ってくる。
渡り鳥が自分の体にあわせて環境を変えるように私は、自分の感覚がいつでも揺れていられるように、モンゴルと日本を行き来するのかもしれない。
ブログにつなげなかったここ数日間。
旅行のお問い合わせが結構あって嬉しい。
でも、返信が日本語で打てず、ご迷惑をおかけしました。
これから、どんな出会いがあるのか。
私の旅気分が高揚し始めている。
明日からバヤンウルギーに行きます。
アルタイ山脈の風に当たって、今度はどこに向かうんだろう?
旅の慣性の法則に乗ってる人はクリックプリーズ

そもそも自分はあんまりバックパッカー的な旅をしたことがない。
たいてい、地元の人が家族みたいになっちゃって、まったりとその土地の空気を自分が身にまとえるくらいまでそこにとどまっていたいと思う。
ヒッチハイクはしたことがない。
アメリカ留学中は、ステイ先の村の人が皆知り合いで、いつでも載せてくれたけど、派遣元の機関からヒッチハイクと自動車の運転が禁止されていたから。
値切り倒して旅行するのもあんまり好きじゃない。
市場で値切るのは大好きだけど、それでもやっぱり相手の生活がかかっている商売だと思うと、あんまり買い叩こうって気にはなれない。
ようは自分の中での価値観がどうかっていうことが問題になってくる。
だからこそ、私はその土地の生活の空気に順応するという経験を大事にしているのかもしれない。
自分的にあまりよい性格ではない、けど修正できないでいる奴はかなりたくさんあるけれど、その中に、「慣性の法則」(惰性の法則)がある。
日々コツコツ続けている分にはコツコツ続けられるが、ひとたびやめると、そのまま、よっぽどのキッカケがなければそのままずーっとやめっぱなしになっちゃう。
移動でもそうだ。
でこぼこ道での移動は、車内でもとんだりはねたり、大変・・・らしい。
パックツアーなどでのお客様にいただいたアンケートの多くは、
「モンゴルの道路がとても悪い。なんとか直して欲しい」といったもの。
そんなこと旅行会社に言われても・・・
でも、わたし、このでこぼこ道はでこぼこ道で、移動しているうちに楽しくなってきちゃう。
時々、ぎゅうづめのロシアンジープで変な格好で座っていて、腰や背中を痛めちゃうこともあるけれど、それでも嫌いじゃない。
でこぼこ道のいいところ。
スピードがそんなに出ないから、周りが観察しやすい。
キツネやハリネズミ、ウサギ、オオカミなどをみかけやすい。
舗装道路は舗装道路で悪くない。
なんといっても時速70km-100kmくらいで走れるから時間が短縮できる。
飛行機の移動。
空から眺める大地は素敵。
草原から沙漠へとの変化を1時間から2時間でみることができる。
西への移動は、高度が高いから、地形マップを持っていけば、
まるで模型みたいに自分が飛んでいるルートを地図上で追うことができる。
馬での移動。
これは馬のリズムにカラダが合うことが何よりも快感。
車じゃいけない山道や森の中、ぬかるみも行けちゃう。
花や草の匂いをかいだり、ルバーブをもいだりしながら馬の背でゆられる。
モンゴルはやっぱり馬が一番似合う。
らくだでの移動。
これはちょっと怖いけど、地上から約2-2.5mという目線はらくだならでは。
らくだは馬とはちがって、右前足と右後ろ足、左前足と左後ろ足が一緒にでる。つまりはロボット歩きだ。
リズムがヘンな感じなんだけど、馬よりもゆったりしているようで、実は速い。
草原や沙漠など平地を歩くのは快感。
ずーっと歩いていたい。
らくだは下りるときが、前足からいきなりガクーンって下がるので、怖いのだ。
おりたくないよーって気になる。
トナカイでの移動。
フブスグル北部のツァータンを訪ねるならやっぱり冬がいい。
馬も車も入れない深い雪に覆われた白樺やシベリアクロマツの森をトナカイはカヌーのように軽やかに進める。
鞍が安定していないので、鐙で踏ん張っても意味がない。
ただひたすらバランス感覚で乗るのだ。
歩く。歩く。歩く。
坂道は嫌い。
大学ではワンダーフォーゲル部だったくせに、上り坂は息が上がるし、下り坂はヒザが痛いから嫌い。
だけど、ずーっと歩いているうちに、カラダが喜んでくるのがわかる。
血の巡り方が軽やかになり、流れる汗に当たる風が快感に変わる。
ぜいぜい言いながら、転んだふりして、高山植物を観察したりするのも好き。
森の中では自分たちの足音と、森の音だけが聞える。
そんな時間も好き。
ようは、嫌だなぁ、と思っていても、動き出せばそれが快感になってくるのだ。
といいつつ、一旦、どこかに落ち着いてしまったら、そこが当初の目的地じゃなくても、「ここでいいよー」と落ち着いちゃうのだ。
おかげで、広島の名所「三段峡」も私はまだ見たことがない。
ちっちゃい頃からなんども家族旅行でかの地を目指すのだが、その途中にある渓流を眺めているうちに、「ここでいいよー」と水着に着替えて飛び込んじゃうから、結局、名もない小川でバシャバシャするだけで1日が終わる。
渋滞を乗り越え、かなりの遠出を強いられる父にも気の毒であるが、結局、私的にはそれで大満足だったりするのだ。
休日は、家でゴロゴロしちゃう。
インターネットを始めると、ずーっとアクセスしてネットサーフィンしちゃう。読書を始めたら、終わりまでずっと読み続ける。トイレもお風呂もずっと本を手放せなくなる。
仕事を始めれば、徹夜も食事抜きも関係なくなる。
ランナーズハイな状態でずーっと夢中になっている。
トイレも出来ることなら、「ソートン代わりにいってきて」といいたいくらいだ。
仕事がきついのは嫌だ、といいつつも、3時間もすりゃ、夢中になる。
仕事がなくて辛い、といいつつも、3日も遊び暮らしていりゃ、仕事なんかどうでもいい、このまま遊んでいたい、と思ってしまう。
料理は簡単な3分クッキングでかまわないんだけれど、一旦その気になったら、カレーを3日がかりで作ったり、手打ちうどんに挑戦してみたり、似合わないほど凝った料理にトライしてみたりする。
三日坊主のくせに、一旦はじめてしまえば長続きする。
長続きといっても、やはり惰性というか慣性みたいなものなので、何かの事情でストップしてしまえば、そのままどうでもよくなってしまう。
こんな風に慣性に身を任せているからこそ、いろんな刺激が嬉しいんだと思う。
モンゴルとはもう15年以上の付き合いになったけれど、まだ15年って感じ。
まだまだ慣性に乗れるほどに慣れちゃいない。
慣れたと思う前に、日本に戻って、日本の感覚にギアをチェンジする。
日本の感覚にどっぷりつかった、と思ったらモンゴルに戻ってくる。
渡り鳥が自分の体にあわせて環境を変えるように私は、自分の感覚がいつでも揺れていられるように、モンゴルと日本を行き来するのかもしれない。
ブログにつなげなかったここ数日間。
旅行のお問い合わせが結構あって嬉しい。
でも、返信が日本語で打てず、ご迷惑をおかけしました。
これから、どんな出会いがあるのか。
私の旅気分が高揚し始めている。
明日からバヤンウルギーに行きます。
アルタイ山脈の風に当たって、今度はどこに向かうんだろう?
旅の慣性の法則に乗ってる人はクリックプリーズ
