「その時歴史が動いた」見ましたよ。
 その生き様については、「燃えよ剣」などにも活き活きと描かれているから、この再現番組を見て、泣くとか感動する、とかいうことはなかったけれど。
 京都時代の新撰組の鬼の副長・土方歳三が、函館で旧幕府軍を率いたときに、兵士たちの母のような慈愛に満ちた存在に変わったことを特記しているが、もともと歳三様には、その両方が本質的に備わっていたと私は思っている。
 私にとっては、歳三様こそ喧嘩の大将。ラストサムライなのです。

 歳三様との出会いは、中学校1年生の時。それは「燃えよ剣」との出会いでもあります。
 校内暴力だの、学校対決だのと毎日が闘争と混乱の中学時代。
 先輩も同級生も皆いわゆる「不良」にあこがれ、実践しちゃっている人たち。それは学区内の他の中学でも同様。

 学校の朝礼で「鉄鎖と鉄板は所持してはいけない」とか訓示があるような日常生活の中で、やっぱり皆荒れていた。

 そういう時に「燃えよ剣」は、喧嘩戦法のバイブルみたいなものだった。
 組織戦の人事、戦法、様々な核がこの書にはある。

 土方歳三様の少年期、多摩時代はとんでもないバラガキであった、というのは間違いない。だけど、中学時代のちょっとした不良とか番長って、女の子にはモテる存在だったでしょ。

 京都・新撰組時代に、徳川幕府を守護するという大義を得て、誠の名のもとに新撰組という組織を作り、副長におさまった時、彼はNo.2の役割に徹したのだ。No.1がNo.1の地位にいるためには、隊士から慕われなければいけない。だけど組織運営には、事細かな決め事や管理などしちめんどくさいことを取り仕切る人が必要。で、こうるさいことを言う奴は大体、疎まれる。
だけど、鬼の土方といわれながらも、負け戦とわかっている北の大地まで新撰組の隊士がついてきたという事実こそ、まぎれもない親分肌の慈愛に満ちた人物であったことを物語っている。

 親友という言葉だけでは語りつくせない近藤勇を失いつつ、彼は常に戦いを求め、命を散らす覚悟で日々を生きていたのだと思う。
 だけど、ひとたび戦いに身を投じた時、彼は兵士を想い、戦況に集中し、生きるということを実感していたんじゃないかな?
 最後の最後までサムライとして生きた奴。
 
 坂本竜馬とは全然逆のタイプのようでいて、現代の会社組織には、かなり必要なタイプなんじゃないか、と今日の「その時歴史は動いた」を見て思いました。

 この前は、経営者に向かないタイプって書いちゃったけれど、ベンチャー企業の共同経営者には絶対必要な人です。土方歳三様は。
 会社に忠誠を尽くし、状況の変化に対応し、時に厳しく激しく戦ってくれるパートナー、今の混沌としたモンゴル社会にいて欲しい・・・。

 時代がオトコを作るなら、そろそろ出てきてもいいころなんじゃないでしょうか?歳三様・・・函館の大地のどこかで眠っておられるとのことですが。

 なぁんていいつつ、私がこの東京でスイッチオフをしているときに、わが経営パートナーはTVのリサーチだの冬のツアーの手配だの、借金の取立てだのと忙しく、北の大地を朝から晩まで走り回っているんですけどね。