日本にいる間にぜひともやっておきたいこと!
 それは図書館めぐり、古本屋物色、ブックオフで立ち読み!これでしょう。
 テレビ番組が見られないのは、我慢できる。
 J-POPはMTVアジアでも聴けるし、ロシアンポップスやモンゴルポップスも好きだから問題ナーい。友達とはメールでやりとりできるし、仕事も今は主にインターネットで受付だから、ノープロブレム。
 でも、本の物色だけは自分の体がその場にいかないとできないのだ。
 アマゾンドットコムもいいんだけれど、やっぱり、本は手にとって、パラパラとめくって、ガーッと読んで、、、周辺にある本もキョロキョロタイトル見回して・・・で、グルグルまわって、また手にとって、ガーッと読んでみて。。。読み終わって、満足してから購入を決める。購入するかどうかは、内容もさることながら、本の紙質やページの繰り具合など装丁が決め手。内容自体は、速読でほぼ1-2回、ざっくり読めば覚えちゃっているので、読んで内容がわかって尚、さらにじっくり読みたい、と思ったものだけが、セレクトされるのだ。
 
 さて、今日は犬のしつけと病気についての本を物色してみた。
 以前、テレビ制作会社にいた時、犬猫系のペット特集は数字(視聴率)がかせげる!と犬番組企画作成を命じられ、リサーチをかけた時も、随分と犬関係の本があるのぉ(しかも写真付き・犬種別・値段は高い!)、しつけスクールにトップブリーダー業・・・おいおい!子犬1匹60万円だとぉおおお!!飼育にかかる年間経費40万円くらいは普通だとお!
 あっけにとられ、自分にはまったく無縁の世界だと思っておった。

 でも、自分が犬と共に暮らしていると、他人事とは行っていられないのがシツケです。

 きっと私は「お受験なんか関係ないわよねー」とせせら笑いながら、子供ができたら、子供のノビノビ教育だとか、自由研究、子供の発想力を鍛える、なーんてことに力をいれちまうんだろうな。

 そんなわけで、しつけ、しつけですよ。
 AD時代にもあきれ果てたが、やっぱり犬飼い素人になっても、あきれ果てた。
 日本の犬稼業もつらそうだのぉ。

 日本の犬の訓練士とやらは、盲導犬や介助犬、災害救助犬や麻薬犬のような職業的な「プロ犬」を育てる場合を別にして、飼い犬に細かい要求しすぎなんでないかい?
 
 犬が吼えるのは当たり前、それが仕事なんだから。犬が吼えるのは、不安や何かを知らせたいからだろうし、ちゃんとその吼え方で飼い主が察してあげればいいだけのこと。
 おしっこするのは当たり前。我慢したら膀胱炎になるだろうが。犬はちゃんと排泄欲求を体で示すのだから、ちゃんと察して、しかるべきところに誘導してあげれば、彼らは安心して用を足している。どうせおしっこなんか乾いちゃうんだから、目くじらたてなさんな。
 ウンチするのも当たり前。我慢したら便秘になるだろうが。ウンチはおしっこより分かりやすい要求なんだから、土に返りそうにないなら、新聞紙を用意してすばやくキャッチすればいいだけだ。犬はちゃんと待っている。
 お座り、待てに姿勢なんぞ要求するなや。本人ちゃんとやってるつもりなんだから。
 車道を渡るときに、主人が歩き出すまでお座りするのは当たり前。
 犬だって、車が通るの見てるんだから。

 犬になにかを「やらせる」という使役行為を強いているようで、
 「犬のしつけ本」の目的は、「飼い主のしつけ」にあるのだと気づいた。

 それは、人間社会における関係性の構築にも同様な傾向が見られるのだ。

 ソートンも最初はとってもヤンチャ。ヤンチャという愛嬌では片付けられない憎憎しさが、ヤツにはあった。「人間に対する敵意」「人間に服従する卑屈さ」がにじみ出ていて、私はどうしてもヤツを好きになれなかった。

 それが、なぜ、今の「ソートンらぶぅう」という状態になったのか。
 きっかけは、ヤツが私に愛想を振り向いたことにある。

 ソートンは私と仲良くなることで、彼自身の生活環境を改善したかったのだ。
 なぜなら、本来の飼い主はとってもスパルタ教育主義で、怖かったから。

 お手、をすればカワイガッテモラエル。
 「外に行く」という単語に愛想を振りまけば、「サンポニイケル」。
 「酔っ払い」を追い払えば、女の子に「ホメテモラエル」
 室内で糞尿をもらせば、こっぴどく「シカラレル」。

 ソートンは人間様との良好かつ友好的な関係性を築くための努力をしたまでだ。
 そのために、カレは人間様の行動パターンを観察し、カレなりにルールを作った。
 人間様が何かをカレに教えこんだわけではない。カレが自分でクフウしたのだ。

 私も「犬のしつけはこうでなければいけない」という確固たるモノがあって、ソートンをしつけたわけではない。
 「ソートンがこういうことできたら、かっちょええなぁ。」と遊んでいるうちに、ソートンは遊びながら芸を身につけたのだ。

 ソートンの賢さ自慢は、またいつか、じーっくりと披露させていただきたい。

 まずは犬のしつけ、が犬を飼うときになぜ、必要なのか、それを考えながら、自分なりにしつけ方法を模索しなければいけない、ということだけは理解した。

 私は「家庭の医学」とか「クスリの辞典」とか医療関係の分厚い本をかなりたくさん集めている。それは、モンゴルという医療事情が未知数な国での自己防衛手段であり、お客様の安全確保のために必須なモノである。まず日本語での知識と経験的な状況を把握しつつ、モンゴルではどうなっているのか、ということを調べなければいけないからだ。

 犬のしつけ方を知りたいと思ったのも、体重が30kgを超え、力も強くなってきたソートンのコントロールができなくなると、他人様に迷惑をかけることを極度に恐れているからだ。爪でひっかいたり、アマガミしたり、ベロベロ顔を嘗め回したり、飛び掛ったり、カレは遊びでやっていても、人によっては、「襲われている!」と恐怖におののくものだ。モンゴル人は日本人以上に犬への恐怖を過敏に感じている。
 何か問題あったら、すぐに銃殺だ。街の中でも猟銃を使った野犬狩りが日常茶飯事。流れ弾があたったら危ないと思うのだが、とにかくふつーにライフル銃をぶっ放している。

 ソートンが誰かに襲い掛かったら、本当に危険だ。人間じゃない、ソートンが、だ。
 ソートンは、どんなに自分が危険にさらされていても、人間に噛み付くことはない。噛み癖があった彼を舌の根をつかんで、ヒィヒィいわせてそのようにしつけたのは、他でもない私だ。だから、私が命令しないかぎり、カレは人間を襲うことはない。
 「ハツ」(噛みつけ!)と命令しても、実際カレは「ホツ」(吼えかかる)しかしない。ハツ!というモンゴル語の命令は端的にして、モンゴル人を恐怖させる単語だ。
 ただ、ハツと号令をかけるだけではダメで、それはソートンが自分で作ったルールで、いくつかの条件を満たさなければカレは吠え掛かることすらしない。
 これって、すごいでしょ。自己規制できる犬って・・・。

 にしても、日本の犬が馬鹿なのか、飼い主がオロカなのか、あるいは出版社や業界が日本の犬市場を馬鹿にしているのか、食い物にしているのかはわからないけれど、犬にとっては迷惑極まりない、かつそれで何の役に立つのか、といったしつけが多いことがよっく分かりました。

 結論、モンゴルでのわがソートン、健やかに賢く育っておる。あっぱれじゃ。
 健全な社会が健全な犬と子供を育てる、ていうことでしょうか?

 親ばかといわれようとも、子供も犬もやっぱり、何かを育てるっつー時は、保護者にはソレ相応の責任を引き受ける覚悟をしなければいけない。
 その覚悟に気合がしっかり入っていれば、子供も犬も、ちゃんと本質を感じ取って、失敗しながらも色々、試行錯誤して自分なりに育っていくのだと、立ち読みしながら、考えた。

 気持ちは晴れ晴れ、商店街を歩いていたら、いましたよ。「お犬様」。
 柴犬を自転車のかごに入れてサンポすることに何の意味があるんですか?
 
 いやぁ、ニッポンを歩く、ということは色んなベンキョウができて面白いです。

 異文化の発見、自分の文化への再認識。旅の醍醐味を感じます。

 ところで・・・通常大型犬ってどのくらいえさを食べさせればいいのでしょうか?
 ソートンは、キビと米とソバ米の雑炊に家畜の臓物や肉を入れたものを1日4kgくらい食べているのですが、スリムなまんまです。
 犬を飼っている方、いらっしゃいましたら、犬のしつけはいいのですが、グルメな食べ物とその分量を教えてくださいませ。
 グルマン(大食漢)じゃなく、グルメな犬に育てたいんです。http://www.shumpu.com/column/chika/11.html