12月9日から11日まで東京ビッグサイトなる国際展示場で
エコプロダクツ2004というエコビジネス展開中の企業・団体・(個人も多分)がひしめきあうイベントにsynさんに連れて行っていただきました。
実は、私、東京ビッグサイトに行くのも初めて。
気分は完全におのぼりさん。
りんかい線の駅構内から外に出ると、
風にのって海の匂いがしました。
「海の匂いがする」と私が言うと、
synさんが、
「え、そう?そうかなぁ?」と言いました。
モンゴルという海なし国に暮らしていると、
ほんのささいな潮の匂いにも敏感になるのでしょう。
「エコ」という言葉がわりといろんなところで目に付くようになってきて、
「エコ」を測る目安がいろいろと出てきています。
これはモンゴルでも同じこと。
何かと「エコ」「自然環境」云々というてます。
エコはエコロジーだけじゃなくって、
エコノミーも同時に視野に入れて、
展開しなければいけないそうですが、
これは、もともとエコロジーとエコノミーが相反する、という
資本主義社会の思考回路を見直そうということから、
なんだか新発想っぽく提案していることのような気がします。
自分がモンゴル各地で自分たちの生活環境を改善したり、
伝統文化を維持したりしようとしている人たちのNPO活動の
情報収集や発信などに取り組んでいると、
エコロジー=エコノミー(節約を含む)という観点が
なんだか現状にそぐわないなぁ、と思うのです。
実際に問題に直面している人たちの生活状況の中で、
本当に自然環境保護を全力でやろうとすると、
実現不可能に思えるほどの予算がかかります。
それは地元の人たちの心意気や労働奉仕だけでは
とてもカバーしきれないほど、強大で膨大な量の
やるべきことがあり、
地域社会だけでは解決できない、地球規模の問題だと
思い知らされるのです。
この現実に、やる気をなくしてしまったほうが、
むしろ現地の人たちにとっては心は平安、
平和な生活を送れるのではないか、
たとえ自然環境が壊れても、この人たちの一生分には
十分なくらいの余裕はあるんじゃないか、
と現実に私自身が叩きのめされ、弱気になることもあります。
日本も水質汚染、大気汚染、土壌汚染、森林伐採、沿海地域汚染など
いろんな問題を国内に抱えています。
そして、企業進出や貿易、国外生産などによって、
様々な国や地域の環境破壊に関与しています。
それをなんとかしよう、と考える人もいて、
こうすればいいんじゃないか、と技術開発をやったり、現地の人と一緒に活動を共にしている人たちも一杯いるんだなぁ、ということを
エコプロダクツの会場で感じました。
いろんな取り組みがある。
グルグルといろいろなブースを回ってみて思いましたが、
せっかくこのように一同が会する場があるのだから、
もっと連携すればいいのになぁ、と思いました。
岩塩やら天然なんちゃらを販売しているブースがあるかと思えば、
企業系ブースの一角に、自然塩やらにがりやらが人間の命を縮める、と
主張しているブースがある。
相反する主張でそれぞれが資料を作り、技術を開発していたりする、
というところがまた、資本主義っぽいなぁ。
せっかくだから、手動式浄水器の開発をした人と、
浄水器用の化学繊維(オレンジジュースが透明になっちゃう!)を開発したメーカが手を組めば、もっともっと高性能の浄水器ができるのになぁ、
太陽光発電・蓄電のメーカーも一杯あって、
風力発電とセットになっている、というモンゴルに最適!なものも
結構増えていることにも興味がありましたが、
そういう一つ一つの試みが上手に組み合わさって、
クリーンエネルギーで自然条件に上手に折り合いをつけて暮らす
生活提案を一緒にやっていけば、もっといいのに、
と思いました。
それぞれが企業イメージアップや今後の契約機会を作る、ということも大事だけれど、やっぱりああいうイベントは、よりよい地球を作るための出会いを作るというのが一番の有効活用だと思います。
それから、私がちょっと苦手なのは、
環境NGO系の人たちが、政府や自治体を攻撃して、自分達の正義を振りかざすこと。
自分達が被害者で、政府は何にもしていない、といった、敵対関係で物事を見るのもかなりひいてしまいます。
いろんなモノの見方があるのは当然であるけれど、
物事を多角的に見て、相手の立場にたって、お互いの立場でできることは何か、どうすれば解決できるのか、という共有できるレール、というのを一緒に考える思考回路、というのを私達人間がもたない限り、エコを叫ぶことが、自分たちの主義主張を押し付けるエゴに繋がっていく、という気がしました。
いくつかのNGOのパンフをいただきましたが、その中に既に印刷された寄付や会費の振込用紙が織り込まれていたのにもうんざりしました。
こういう団体は、自分達の主義主張を押し通し、主義主張を満足するための調査をすることで、他人様からお金をもらおう、ということなのだろうか?
モノを作る、生産し販売する、という文化があまり定着していないモンゴルという国のNPO活動にも似たようなロジック、似たような経済構造があり、辟易しているので、こういう他人依存型の経済活動を今後どうしていけばよいのか、ということも考えちゃうのでした。
それにしても、企業や技術開発系のNPO、「日本野●の会」のような生態調査を主体した老舗NPOと、フェアトレードや自然食販売、民芸品売りなどのブースがぱっかり分かれていて、そこにきている人の服装までもがカッパリ分類できる、というのはなかなか興味深い現象でした。
このイベントはまだあさってまであるらしいので、また暇に任せて
行って来ようかな、と思う次第。
個人的には、オーストラリアのアボリジニーの民族楽器ディジュリドゥなる楽器のワークショップに参加できたのが面白かったです。
なかなか満喫できた1日でした。
また自分たちの活動のあり方を考えるためにも貴重な体験で、
何日かかけて、その思考を整理していきたい、と思うわけでした。
エコプロダクツ2004というエコビジネス展開中の企業・団体・(個人も多分)がひしめきあうイベントにsynさんに連れて行っていただきました。
実は、私、東京ビッグサイトに行くのも初めて。
気分は完全におのぼりさん。
りんかい線の駅構内から外に出ると、
風にのって海の匂いがしました。
「海の匂いがする」と私が言うと、
synさんが、
「え、そう?そうかなぁ?」と言いました。
モンゴルという海なし国に暮らしていると、
ほんのささいな潮の匂いにも敏感になるのでしょう。
「エコ」という言葉がわりといろんなところで目に付くようになってきて、
「エコ」を測る目安がいろいろと出てきています。
これはモンゴルでも同じこと。
何かと「エコ」「自然環境」云々というてます。
エコはエコロジーだけじゃなくって、
エコノミーも同時に視野に入れて、
展開しなければいけないそうですが、
これは、もともとエコロジーとエコノミーが相反する、という
資本主義社会の思考回路を見直そうということから、
なんだか新発想っぽく提案していることのような気がします。
自分がモンゴル各地で自分たちの生活環境を改善したり、
伝統文化を維持したりしようとしている人たちのNPO活動の
情報収集や発信などに取り組んでいると、
エコロジー=エコノミー(節約を含む)という観点が
なんだか現状にそぐわないなぁ、と思うのです。
実際に問題に直面している人たちの生活状況の中で、
本当に自然環境保護を全力でやろうとすると、
実現不可能に思えるほどの予算がかかります。
それは地元の人たちの心意気や労働奉仕だけでは
とてもカバーしきれないほど、強大で膨大な量の
やるべきことがあり、
地域社会だけでは解決できない、地球規模の問題だと
思い知らされるのです。
この現実に、やる気をなくしてしまったほうが、
むしろ現地の人たちにとっては心は平安、
平和な生活を送れるのではないか、
たとえ自然環境が壊れても、この人たちの一生分には
十分なくらいの余裕はあるんじゃないか、
と現実に私自身が叩きのめされ、弱気になることもあります。
日本も水質汚染、大気汚染、土壌汚染、森林伐採、沿海地域汚染など
いろんな問題を国内に抱えています。
そして、企業進出や貿易、国外生産などによって、
様々な国や地域の環境破壊に関与しています。
それをなんとかしよう、と考える人もいて、
こうすればいいんじゃないか、と技術開発をやったり、現地の人と一緒に活動を共にしている人たちも一杯いるんだなぁ、ということを
エコプロダクツの会場で感じました。
いろんな取り組みがある。
グルグルといろいろなブースを回ってみて思いましたが、
せっかくこのように一同が会する場があるのだから、
もっと連携すればいいのになぁ、と思いました。
岩塩やら天然なんちゃらを販売しているブースがあるかと思えば、
企業系ブースの一角に、自然塩やらにがりやらが人間の命を縮める、と
主張しているブースがある。
相反する主張でそれぞれが資料を作り、技術を開発していたりする、
というところがまた、資本主義っぽいなぁ。
せっかくだから、手動式浄水器の開発をした人と、
浄水器用の化学繊維(オレンジジュースが透明になっちゃう!)を開発したメーカが手を組めば、もっともっと高性能の浄水器ができるのになぁ、
太陽光発電・蓄電のメーカーも一杯あって、
風力発電とセットになっている、というモンゴルに最適!なものも
結構増えていることにも興味がありましたが、
そういう一つ一つの試みが上手に組み合わさって、
クリーンエネルギーで自然条件に上手に折り合いをつけて暮らす
生活提案を一緒にやっていけば、もっといいのに、
と思いました。
それぞれが企業イメージアップや今後の契約機会を作る、ということも大事だけれど、やっぱりああいうイベントは、よりよい地球を作るための出会いを作るというのが一番の有効活用だと思います。
それから、私がちょっと苦手なのは、
環境NGO系の人たちが、政府や自治体を攻撃して、自分達の正義を振りかざすこと。
自分達が被害者で、政府は何にもしていない、といった、敵対関係で物事を見るのもかなりひいてしまいます。
いろんなモノの見方があるのは当然であるけれど、
物事を多角的に見て、相手の立場にたって、お互いの立場でできることは何か、どうすれば解決できるのか、という共有できるレール、というのを一緒に考える思考回路、というのを私達人間がもたない限り、エコを叫ぶことが、自分たちの主義主張を押し付けるエゴに繋がっていく、という気がしました。
いくつかのNGOのパンフをいただきましたが、その中に既に印刷された寄付や会費の振込用紙が織り込まれていたのにもうんざりしました。
こういう団体は、自分達の主義主張を押し通し、主義主張を満足するための調査をすることで、他人様からお金をもらおう、ということなのだろうか?
モノを作る、生産し販売する、という文化があまり定着していないモンゴルという国のNPO活動にも似たようなロジック、似たような経済構造があり、辟易しているので、こういう他人依存型の経済活動を今後どうしていけばよいのか、ということも考えちゃうのでした。
それにしても、企業や技術開発系のNPO、「日本野●の会」のような生態調査を主体した老舗NPOと、フェアトレードや自然食販売、民芸品売りなどのブースがぱっかり分かれていて、そこにきている人の服装までもがカッパリ分類できる、というのはなかなか興味深い現象でした。
このイベントはまだあさってまであるらしいので、また暇に任せて
行って来ようかな、と思う次第。
個人的には、オーストラリアのアボリジニーの民族楽器ディジュリドゥなる楽器のワークショップに参加できたのが面白かったです。
なかなか満喫できた1日でした。
また自分たちの活動のあり方を考えるためにも貴重な体験で、
何日かかけて、その思考を整理していきたい、と思うわけでした。