碧い水の底に

彼女は眠ってるんですよ。

カウンターに腰掛けた男が話始めた。


静かに 寄せる波のリズムのなかで眠ってるんです。


穏やかな笑みを浮かべて愛しそうに話す中年の男。



一目で恋に堕ちたのは自分でした。


憂いを帯びた伏目がちな瞳と グラスの水滴を集める 指の淫らな妄想…


自分のコレクションに加えたい そんな勝手な願望に 彼女は付き合ってくれました。


どちらとも無く始めたゲームに いつしか本気になって しまったのは自分の方だったんですよ。

女は始末が悪い

ゲームをゲームとして続けられない
ずっとそう思って来た
でもね
貴女は 時々本気の眼差しで この遊びに私を引き込んでしまう


冷静を装ってみても 別れた後は物哀しくさえ感じるんです…。


貴女のいたずらな言動に いつもドキリとさせられて
らしくないと情けなくもありましてね。


本気になったのは 自分だけだったんですよ。

彼女は冷たい水の中に今もいるんですよ。

男はそう言ってニヤリと笑った。その笑顔は少し不気味だった。



一番愛する人に 心を捧げてしまっているのだろうね

これ程までに自分の思い通りになる女なのに心まではくれなかった。

時々遠くを見つめる眼差しに 嫉妬してしまいましてね。


あの人を自分だけのものにしたくて


沈めてしまいました。

誰の目にも触れない様深い海の底に…。


嫉妬とは恐い。人生を狂わせる。


『嫉妬に狂うほど 人を愛せたなら 幸せな事じゃ無いですか?』
その穏やかじゃない話の内容に 何とも間の抜けた相槌を入れてしまった。

『そうか…幸せだったのかもな』
苦笑する男。


ありがとう。今の話は忘れてくれ。ちょっとからかってみただけだから。

会計を済ませ 店を出ようとする男の背後をびしょ濡れの寂しそうな女が追いかけて行った。