テレビ番組審議会って意味ある?
土日の朝早くテレビをつけると、小難しい顔をしたおじ様おば様たちが、
テレビ番組に対して文句をつけている番組を各局でやっています。
各局が、番組審議会といったようなものを設けて、番組制作に対する各界識者からの意見を聞き、番組改良につなげようというもののようです。
その意見を言う委員達のコメントがあまりにレベルが低いので毎回残念になります。
学者や経済界重鎮、芸術家や文化人が多いのですが、言っていることはそれなりに筋が通っていて、大人の意見ではあります。
しかし、自分の役割を全くわかっていない発言であるのが残念です。
そして、それを神妙に聞いてその場で回答し、それをテレビで一般に公開しているテレビ局にもがっかりです。
つまり、発せられるコメントが、これまで真面目に生きてきて、高い地位に上ってきたおじ様おば様の、いかにも優等生的な小言ばかりであるということです。
内容が浅い、下品、コメンテーターのレベルが低い、芸人に芸が無い、知的でない、情報力が無いなどなど、
沢山の小言が寄せられます。
それはそれで、正直な気持ちなのでしょうから指摘することはよいのですが、物事には良い面と悪い面が両面あります。
まず、良い点をほめて、その後に厳しい意見を指摘するという、最低限のコミュニケーションスキルを持っていない人が多いのです。
みなそれなりの立場にあり、部下の指導や取引先との交渉など、コミュニケーションの経験が豊富なはずなのですが。
そして、みな自分の好みに合うか合わないかという観点ばかりでものを語っていることです。
審議会委員は、それぞれの分野を代表する点で、その立場での意見をいうことも求められるとは思います。
しかし、「言う」ことだけが目的ではなく、言うことで「番組改善・顧客満足に資する」ことが委員達の役割だと思います。
その点で、言いっぱなしの無責任な姿勢としか感じられない人が多いのが残念です。
テレビ局も、形式的に、社会的に偉いとされる立場の人たちからお小言をもらって、自分達はちゃんと反省していますというポーズを出せればよいのかもしれません。
それであれば、わざわざ、全国放送で30分も使って流さないでほしいものです。
週間テレビ批評 自体を面白い魅力的な番組にできなくて、どうして局の番組全体を改善できるでしょうか。
そこで提案です。
1.番組審議会の委員の世代と性別を分散しましょう。
おじ様大半におば様少し では番組視聴者の意見を広く正しく捕らえているとはいえません。
C(Children)、T(Teenager)層はともかく、F1~3層、M1~3層全てから選ぶべきでしょう。
2.一般アンケートや意見投稿の結果を公表しましょう。
審議会での審議は審議でいいのですが、意見を聞いた後、視聴率や視聴者意見の集計結果を発表し、それをもとにまた委員で議論しましょう。
3.審議会委員として扱いやすい人でなく、番組や会社のためになる人を選びましょう
教授や社長、メダリストや紫綬褒章等受章者は、体裁はよいのでしょうが、不特定多数の人が見る番組の改善に資する意見をいえるとは限りません。
役所の審議会は、御用学者を集めて完全に支配し、自分たちのシナリオにお墨付きを与えるための装置に過ぎませんが、その結果、日本の行政は機能麻痺に陥りました。
テレビ番組に対して文句をつけている番組を各局でやっています。
各局が、番組審議会といったようなものを設けて、番組制作に対する各界識者からの意見を聞き、番組改良につなげようというもののようです。
その意見を言う委員達のコメントがあまりにレベルが低いので毎回残念になります。
学者や経済界重鎮、芸術家や文化人が多いのですが、言っていることはそれなりに筋が通っていて、大人の意見ではあります。
しかし、自分の役割を全くわかっていない発言であるのが残念です。
そして、それを神妙に聞いてその場で回答し、それをテレビで一般に公開しているテレビ局にもがっかりです。
つまり、発せられるコメントが、これまで真面目に生きてきて、高い地位に上ってきたおじ様おば様の、いかにも優等生的な小言ばかりであるということです。
内容が浅い、下品、コメンテーターのレベルが低い、芸人に芸が無い、知的でない、情報力が無いなどなど、
沢山の小言が寄せられます。
それはそれで、正直な気持ちなのでしょうから指摘することはよいのですが、物事には良い面と悪い面が両面あります。
まず、良い点をほめて、その後に厳しい意見を指摘するという、最低限のコミュニケーションスキルを持っていない人が多いのです。
みなそれなりの立場にあり、部下の指導や取引先との交渉など、コミュニケーションの経験が豊富なはずなのですが。
そして、みな自分の好みに合うか合わないかという観点ばかりでものを語っていることです。
審議会委員は、それぞれの分野を代表する点で、その立場での意見をいうことも求められるとは思います。
しかし、「言う」ことだけが目的ではなく、言うことで「番組改善・顧客満足に資する」ことが委員達の役割だと思います。
その点で、言いっぱなしの無責任な姿勢としか感じられない人が多いのが残念です。
テレビ局も、形式的に、社会的に偉いとされる立場の人たちからお小言をもらって、自分達はちゃんと反省していますというポーズを出せればよいのかもしれません。
それであれば、わざわざ、全国放送で30分も使って流さないでほしいものです。
週間テレビ批評 自体を面白い魅力的な番組にできなくて、どうして局の番組全体を改善できるでしょうか。
そこで提案です。
1.番組審議会の委員の世代と性別を分散しましょう。
おじ様大半におば様少し では番組視聴者の意見を広く正しく捕らえているとはいえません。
C(Children)、T(Teenager)層はともかく、F1~3層、M1~3層全てから選ぶべきでしょう。
2.一般アンケートや意見投稿の結果を公表しましょう。
審議会での審議は審議でいいのですが、意見を聞いた後、視聴率や視聴者意見の集計結果を発表し、それをもとにまた委員で議論しましょう。
3.審議会委員として扱いやすい人でなく、番組や会社のためになる人を選びましょう
教授や社長、メダリストや紫綬褒章等受章者は、体裁はよいのでしょうが、不特定多数の人が見る番組の改善に資する意見をいえるとは限りません。
役所の審議会は、御用学者を集めて完全に支配し、自分たちのシナリオにお墨付きを与えるための装置に過ぎませんが、その結果、日本の行政は機能麻痺に陥りました。
サプライズ木曜日~サプライズ怒(ど)っとOSAKA~
日本テレビの木曜19:00から19:58分まで、
辛坊アナと大竹まこと氏が司会をしながら、ゲストとともに社会問題を切る番組です。
まず、ビデオで怒っている人が出てきて怒りを叫びます。
それに対して、スタジオのゲストが「わかる」「わからん」を自分のモニタに表示します。
その後、司会を含めて、その問題について議論します。
ビデオで怒りをぶちまけるのは、主に一般人ですが、中には芸能人も出てきます。
さて、この番組は、最初の3分の1は面白いのですが、その後はどうでもいい話が多くなってきます。
例えば、6月11日。
まず、痴漢冤罪について議論されます。
菅家さんが、殺人冤罪が晴らされ釈放になった直後でもあり、冤罪について世間の関心は高かったでしょう。
実際に冤罪を受けたゲストを呼んで、過去の冤罪事件の紹介をしっかり行います。
また、万が一、痴漢に間違われた場合の対処法を実践的に紹介します。
これらに対する、司会やゲストのコメントは、深みも新鮮さも共感もなく浅いものでしたが、VTR作りはしっかりしたように思います。
しかし、その後のトピックがいけません。
家賃取立ての実態、教師の怒り、タクシー運転手対客がトピックだったのですが、
怒りをビデオでぶちまける素人の怒りの内容と根拠があまりに手前勝手で浅すぎます。
中にはまったく一般的でない特殊なものも少なからずあります。見ていてうなずけません。
こういう企画の場合、視聴者に、「なるほどそうだよな」「たしかにそうだ」と思ってもらうことで、チャンネルを変えさせないことが必要なのですが、それがあまりありません。
ゲストのコメントもうなずけるものがあまりありません。ゲストには、芸人やマルチタレントばかり並べ、一人文化人を入れることが多くあります。
これでは、議論に深みが増すはずもありません。
司会も、自分が得意なテーマのときはそれなりに深みのある発言をするのですが、そうでないとき(こちらのほうが多いのですが)は、ただ怒り発言を繰り返すだけだったり、ゲストに振るだけだったりします。
そのゲストへの振り方も戦略や戦術が感じられず、あまり上手いとも思えません。戦術が使えるようなゲストのラインアップでもありません。
文化人や論客を半分、常識的な女優などを一人、独創的な意見をいうおばかタレントや女優などを一人、落ちを提供できる芸人を一人あたりが、どんなトピックにも対応できる面子かもしれません。
朝まで生テレビのように、わかりにくい話をする必要はありません。
しかし、いくらわかりやすさが必要といっても、視聴者に「なるほど」「へえ」と思ってもらえなければ、番組として評価されません。
最初の3分の1は、最近関心の高いテーマを取り上げ、しっかり構成・肉付けしているのですが、後半3分の2にまでそれが持続していないように感じます。
後半まで、クオリティを維持する番組作りを意識してされたなら、長く続く番組になり得るかもしれません。
辛坊アナと大竹まこと氏が司会をしながら、ゲストとともに社会問題を切る番組です。
まず、ビデオで怒っている人が出てきて怒りを叫びます。
それに対して、スタジオのゲストが「わかる」「わからん」を自分のモニタに表示します。
その後、司会を含めて、その問題について議論します。
ビデオで怒りをぶちまけるのは、主に一般人ですが、中には芸能人も出てきます。
さて、この番組は、最初の3分の1は面白いのですが、その後はどうでもいい話が多くなってきます。
例えば、6月11日。
まず、痴漢冤罪について議論されます。
菅家さんが、殺人冤罪が晴らされ釈放になった直後でもあり、冤罪について世間の関心は高かったでしょう。
実際に冤罪を受けたゲストを呼んで、過去の冤罪事件の紹介をしっかり行います。
また、万が一、痴漢に間違われた場合の対処法を実践的に紹介します。
これらに対する、司会やゲストのコメントは、深みも新鮮さも共感もなく浅いものでしたが、VTR作りはしっかりしたように思います。
しかし、その後のトピックがいけません。
家賃取立ての実態、教師の怒り、タクシー運転手対客がトピックだったのですが、
怒りをビデオでぶちまける素人の怒りの内容と根拠があまりに手前勝手で浅すぎます。
中にはまったく一般的でない特殊なものも少なからずあります。見ていてうなずけません。
こういう企画の場合、視聴者に、「なるほどそうだよな」「たしかにそうだ」と思ってもらうことで、チャンネルを変えさせないことが必要なのですが、それがあまりありません。
ゲストのコメントもうなずけるものがあまりありません。ゲストには、芸人やマルチタレントばかり並べ、一人文化人を入れることが多くあります。
これでは、議論に深みが増すはずもありません。
司会も、自分が得意なテーマのときはそれなりに深みのある発言をするのですが、そうでないとき(こちらのほうが多いのですが)は、ただ怒り発言を繰り返すだけだったり、ゲストに振るだけだったりします。
そのゲストへの振り方も戦略や戦術が感じられず、あまり上手いとも思えません。戦術が使えるようなゲストのラインアップでもありません。
文化人や論客を半分、常識的な女優などを一人、独創的な意見をいうおばかタレントや女優などを一人、落ちを提供できる芸人を一人あたりが、どんなトピックにも対応できる面子かもしれません。
朝まで生テレビのように、わかりにくい話をする必要はありません。
しかし、いくらわかりやすさが必要といっても、視聴者に「なるほど」「へえ」と思ってもらえなければ、番組として評価されません。
最初の3分の1は、最近関心の高いテーマを取り上げ、しっかり構成・肉付けしているのですが、後半3分の2にまでそれが持続していないように感じます。
後半まで、クオリティを維持する番組作りを意識してされたなら、長く続く番組になり得るかもしれません。
昔のDNA鑑定の荒さには愕然。ニュースキャスターのレベルの低さにも愕然
ニュースを見ていたら、菅家さんの釈放に関連して、DNA鑑定の精度の話が出ていました。
菅家さんが起訴された当時のDNA鑑定では、犯人のDNAと鑑定対象の人のDNAが一致する可能性が
・・・ 95人に1人だったそうです。
目で判断する方法で、精度が低かったからだそうです。
であれば、証拠として採用しないで欲しいですね。
95人調べれば、誰か1人は犯人だと判定されるわけですから。
これがだんだん改善していって、15年前で500人から1000人に1人になるそうですが、
1989年から1995年、つまり20年前から15年前にDNA鑑定された件数は533例あるそうです。
法務省は、鑑定をやり直す方針のようですが、今さrながらやり直すのは当然として、間違えと出たときに隠さずに速やかに公表してくれるよう強く望みます。
現在は、これが機械での鑑定になり精度が上がって、4兆7千億人に1人だそうです。
地球の人口が65億人ですから、どういう計算??と思わないでもないですが、鑑定の間違いは少なさそうです。
専門的な調査をしていないので、単なる印象ですが。
ところで、コメンテーターが(通産官僚出身で一橋大学卒ですが)、菅家さん釈放されて「よかったですね~」と言っていました。
ずっと無期懲役で投獄されているよりは。という意味なのかもしれませんが、よいわけがありませんね。
冤罪を被せられたことで、これまでどれだけ辛い思いをしてきたか、本人は冷静に語っていますが、その心中たるや想像の範囲を超えます。家族や関係者、そして他にも冤罪で罰せられているかもしれない人たちを思えば、「よかったですねー」とは言えないはずです。
番組のカラーとなっている、底の浅い優等生的コメントを、いつものように喋ってしまっただけなのでしょうが、あまりに不謹慎かつ思慮の浅い発言です。
その報道番組自体が、知識も無く勉強もしておらず、人生経験も少ないアイドル的素人女性タレントや男性アイドルと、局アナや官僚出身キャスターが、さもわかったように台本を読み上げあうものになっています。
それぞれの出演者は親しみがあり、それがニュースの庶民的なイメージにつながっています。
環境問題や社会問題など様々なテーマをわかりやすく親しみやすく伝えてくれており、若者には見やすいニュースになっていると思われます。
しかし、報道としての責任と最低限のクウォリティについては、決して妥協すべきではないと思いませんか?
菅家さんが起訴された当時のDNA鑑定では、犯人のDNAと鑑定対象の人のDNAが一致する可能性が
・・・ 95人に1人だったそうです。
目で判断する方法で、精度が低かったからだそうです。
であれば、証拠として採用しないで欲しいですね。
95人調べれば、誰か1人は犯人だと判定されるわけですから。
これがだんだん改善していって、15年前で500人から1000人に1人になるそうですが、
1989年から1995年、つまり20年前から15年前にDNA鑑定された件数は533例あるそうです。
法務省は、鑑定をやり直す方針のようですが、今さrながらやり直すのは当然として、間違えと出たときに隠さずに速やかに公表してくれるよう強く望みます。
現在は、これが機械での鑑定になり精度が上がって、4兆7千億人に1人だそうです。
地球の人口が65億人ですから、どういう計算??と思わないでもないですが、鑑定の間違いは少なさそうです。
専門的な調査をしていないので、単なる印象ですが。
ところで、コメンテーターが(通産官僚出身で一橋大学卒ですが)、菅家さん釈放されて「よかったですね~」と言っていました。
ずっと無期懲役で投獄されているよりは。という意味なのかもしれませんが、よいわけがありませんね。
冤罪を被せられたことで、これまでどれだけ辛い思いをしてきたか、本人は冷静に語っていますが、その心中たるや想像の範囲を超えます。家族や関係者、そして他にも冤罪で罰せられているかもしれない人たちを思えば、「よかったですねー」とは言えないはずです。
番組のカラーとなっている、底の浅い優等生的コメントを、いつものように喋ってしまっただけなのでしょうが、あまりに不謹慎かつ思慮の浅い発言です。
その報道番組自体が、知識も無く勉強もしておらず、人生経験も少ないアイドル的素人女性タレントや男性アイドルと、局アナや官僚出身キャスターが、さもわかったように台本を読み上げあうものになっています。
それぞれの出演者は親しみがあり、それがニュースの庶民的なイメージにつながっています。
環境問題や社会問題など様々なテーマをわかりやすく親しみやすく伝えてくれており、若者には見やすいニュースになっていると思われます。
しかし、報道としての責任と最低限のクウォリティについては、決して妥協すべきではないと思いませんか?
Rookysはなぜこんなに露出するのか?
映画ルーキーズの宣伝攻勢がすごいですね。
ここ1ヶ月、TBSでは、あらゆる番組にルーキーズの出演者が出ています。
決して品のよくない出演者(キャラクター)たちが、CMから番組からやたら出てくることに閉口している視聴者の方々も少なくないのではないでしょうか。
映画の公開間近に、出演者が番組ジャックをすることはよくあります。
でも、せいぜい公開日1日だったり、その前2・3日の場合がほとんどです。
今回のルーキーズのように、これだけ長い期間、狂ったように露出する例は初めてだと思います。
なぜでしょうか?
それはこの不況が大きな背景になっていると思います。
お気づきだと思いますが、最近のCMは、番組宣伝が半分くらいを占めています。
企業が広告宣伝費を削って、TVCF枠を買わなくなっています。
そこで、TV局が仕方なく自分で自分の番組の宣伝をして、枠を埋めているのです。
ルーキーズ出演者の露出もこれが背景になっています。
局としての番宣の扱いですから、当然ギャラも破格かタダに近いものにできます。
CM減を繕えますし、なんとなくお祭り騒ぎにできて、ネタ不足の番組のガヤにも使えます。
映画の興行成績も上げられると思われているので、けっこう重宝されているのでしょう。
局として、ドラマでやっていたものを映画にするので気合を入れてプロモーションしたいのもあると思いますが、
あきらかに度を超していますよね。
しかし、このやり方は反作用が大きいと思われます。
まず、出演者達の品がよくないことが、TBS全体の印象を悪くしています。
キャラクター設定上というのもありますが、演者達は、もともと決して品がよいとはいえない若者達です。
出演者達が、そのキャラクター設定も含めて、アクが強いので、バラエティー番組に出ている芸人達とガヤガヤした雰囲気を作れるからディレクター達が安易に使っているのでしょう。
最後に主演から送るメッセージでも、見てください見てくださいとお願いばかりしてしまっていることが、逆効果になっている気もします。
ドラマや映画がよいかどうかは、人それぞれの感じ方ですが、本当によい作品は、宣伝などしなくてもいつの間にか多くの人が見るものですよね。
また、番組制作側の安易な姿勢は、TV番組の質を下げることにつながります。
苦しい台所事情の中で、ギャラの安い出演者に頼りがちになるのはわかります。
また、局を挙げた宣伝に寄与しようとするのもわかります。
しかし、本来、自分たちが作るべきコンテンツを、少ない費用でも視聴者が喜んでくれるように創意工夫する努力を怠ってしまうと、それが後々、製作の地盤沈下となって自分たちを苦しめてしまいます。
もう遅いかもしれませんが、局として最低限のプライドを消さないために、ルーキーズ出演者の番組出演は今すぐストップするのがよいのではないでしょうか。
この点、実はいま一番クオリティの高い番組を提供しているのがNHKであるように思います。
広告収入に頼らない、頼れないからこそ、不況にコンテンツが左右されにくい体質を持っているといえます。
受信料やガバナンスがらみでは色々不祥事がありましたが、ハイビジョンと番組のコンテンツの質では、民放を上回っているのがNHKではないでしょうか。
たかがNHK、されどNHKですね。
ここ1ヶ月、TBSでは、あらゆる番組にルーキーズの出演者が出ています。
決して品のよくない出演者(キャラクター)たちが、CMから番組からやたら出てくることに閉口している視聴者の方々も少なくないのではないでしょうか。
映画の公開間近に、出演者が番組ジャックをすることはよくあります。
でも、せいぜい公開日1日だったり、その前2・3日の場合がほとんどです。
今回のルーキーズのように、これだけ長い期間、狂ったように露出する例は初めてだと思います。
なぜでしょうか?
それはこの不況が大きな背景になっていると思います。
お気づきだと思いますが、最近のCMは、番組宣伝が半分くらいを占めています。
企業が広告宣伝費を削って、TVCF枠を買わなくなっています。
そこで、TV局が仕方なく自分で自分の番組の宣伝をして、枠を埋めているのです。
ルーキーズ出演者の露出もこれが背景になっています。
局としての番宣の扱いですから、当然ギャラも破格かタダに近いものにできます。
CM減を繕えますし、なんとなくお祭り騒ぎにできて、ネタ不足の番組のガヤにも使えます。
映画の興行成績も上げられると思われているので、けっこう重宝されているのでしょう。
局として、ドラマでやっていたものを映画にするので気合を入れてプロモーションしたいのもあると思いますが、
あきらかに度を超していますよね。
しかし、このやり方は反作用が大きいと思われます。
まず、出演者達の品がよくないことが、TBS全体の印象を悪くしています。
キャラクター設定上というのもありますが、演者達は、もともと決して品がよいとはいえない若者達です。
出演者達が、そのキャラクター設定も含めて、アクが強いので、バラエティー番組に出ている芸人達とガヤガヤした雰囲気を作れるからディレクター達が安易に使っているのでしょう。
最後に主演から送るメッセージでも、見てください見てくださいとお願いばかりしてしまっていることが、逆効果になっている気もします。
ドラマや映画がよいかどうかは、人それぞれの感じ方ですが、本当によい作品は、宣伝などしなくてもいつの間にか多くの人が見るものですよね。
また、番組制作側の安易な姿勢は、TV番組の質を下げることにつながります。
苦しい台所事情の中で、ギャラの安い出演者に頼りがちになるのはわかります。
また、局を挙げた宣伝に寄与しようとするのもわかります。
しかし、本来、自分たちが作るべきコンテンツを、少ない費用でも視聴者が喜んでくれるように創意工夫する努力を怠ってしまうと、それが後々、製作の地盤沈下となって自分たちを苦しめてしまいます。
もう遅いかもしれませんが、局として最低限のプライドを消さないために、ルーキーズ出演者の番組出演は今すぐストップするのがよいのではないでしょうか。
この点、実はいま一番クオリティの高い番組を提供しているのがNHKであるように思います。
広告収入に頼らない、頼れないからこそ、不況にコンテンツが左右されにくい体質を持っているといえます。
受信料やガバナンスがらみでは色々不祥事がありましたが、ハイビジョンと番組のコンテンツの質では、民放を上回っているのがNHKではないでしょうか。
たかがNHK、されどNHKですね。