お願い:参考に貼りますが、
テミンのためにもできれば音源をポチってくだしゃいにー
ツイッタランドではあまり曲の感想を見かけることはないのですが、
Clockworkは「古びた遊園地のメリーゴーランドのようだ」とか、
「壊れかけたオルゴールのようだ」とか、いくつかの呟きを見かけました。
この曲は、聴く人に何がしらの風景を蘇らせる曲なのではないでしょうか。
いずれも郷愁を誘うような、切ない光景です。
私はこの曲を聴いた時、夕暮れの海辺を思い浮かべました。
寄せては返す凪いだ波間から、微かな潮風が吹いてきます。
終盤の叫ぶような歌声から視界が開けて、
雲の切れ間から天使の梯子が伸びてきました。
先日の幸せってなんだろうという話の続きになりますが、
友人のCちゃんは「不幸ではない時は幸せだと思う」と言っていました。
私は彼女ほど健やかではないので、私の幸せはもう少し控えめなようです。
きっと、美しい夕焼けに空から天使の梯子が降りてくるくらいの頻度で。
Clockworkを聴くと、その景色を思い浮かべることが出来ます。
だからこの曲は、私にとっては大切な曲です。
道を歩いている途中、
ふとClockworkが頭の中でコチコチと聴こえるときがあります。
すると何故だか、涙が出そうになるのです。
幸せなのに涙が出るって変ですね。
子供の頃の幸せは、もっとわかりやすいものだったと思うのですが。
いつの間にこんなに、複雑になってしまったのでしょうか。
きれいなものをきれいと感じられると幸せ。
涙がこぼれても構わないので、きれいなものを感じたい。
テミンは私に、そんなことを思わせます。
今日もテミンからたくさんのきれいが、波のように溢れてきました。
あの水色のベールの下は、どんな表情をしているのでしょうか。
でもその美しさは、指からこぼれ落ちる浜の真砂のように永遠ではありません。
だから余計にきれいなのだと思います。
どうやら私にとっての幸せは、切なくて美しいもののようです。
このClockworkのように。
悲しげなものが幸せなのかと思うとしんみりしてしまうのだけど、
切なさと美しさを掌ですくえば幸せになれるのだから、
私はかなり幸せなのかもしれませんね。
何故だか今、ひなが一日、
西から東に流れていく雲を見て「明日は晴れだな」と思っていた
子供時代を思い出しました。





