年に一度だけ、札幌の弟が障害を持った甥と義妹を連れて帰省します。
弟が帰省すると、母をケアハウスから一晩だけ母を実家に連れてきます。
最近歩く事も、ままならない母を外泊させることは、かなり困難な状況。
それでも外泊をさせるという弟を心配し、弟夫婦と相談して、私も実家に泊まることに。
弟と兄の前では少しでも元気に見せようとしてか?
それとも病は気からでそうなったのか?
弟が連れてきた母は、私と2人でいる時の頼りない母の面影はなく、背筋を伸ばしてしゃんしゃんと歩いていました。
障害を持つ弟夫婦の子供を、笑顔こそは見せないものの、優しい視線を投げかけています。
暖かな陽気に誘われて、お兄ちゃんが外を散歩すると言い出しました。
室内では殆ど歩行介助のいらないお兄ちゃんでも、舗装されていない外を歩くときには介助が必要で、介助する側の肩や腰にもかなりの負担が掛かかります。
それでも、足場の悪い地面を一歩一歩踏みしめながら、母のいる実家の窓の外までたどり着来ました。
室内にいた弟が母に兄が来たと告げると、弟が窓を開けて母が兄の歩く様子を眺めています。
2人の間に言葉は交わされなかったけれど、そこには2年前まで絶対的権力を持っていた〇〇家の、母と兄にしか通じない絆が今も有るのだと感じた瞬間でした。
母・兄・甥 3人の要介護者を 私を含めた4人で介護することは容易なことではありません。
それでも数年前までは、その場に私の子供達2人も交えた、一家団欒の時がありました。
健常者では無いけれど、今年もみんなで顔を合わせることが出来たことを、弟夫婦に感謝しています。
来年も同じ時を迎えたいと心から思う、母の一泊外出でした。
兄が病気をする前の義姉と私の関係がそうだったように、義妹と私も直接話をすることは殆どと言っていいけど有りませんでした。
ほぼ月に一度母のために義妹1人で障害者の息子をみて、弟を送り出してくれている義妹にはいつも感謝していました。
義妹はSMAPの熱狂的ファンで、純烈の話をニコニコしながら聞いていてくれたかと思ったら、が突然泣き出しました。
お姉さんがニコニコしながら、純烈の話をしてくれたのが嬉しい。自分の子育ての最中SMAPを応援することで、どれだけ救われていたか解らない。だからお姉さんが純烈や純友さんの話をニコニコしたがら話してくれたのが嬉しい。お姉さん一人にお母さんの事もお兄さんの事も任せっきりにして、辛い思いをさせているのに、自分が何も出来ないことが心苦しかったと涙を流してくれたのでした。
義理の妹がそんな事を思っていてくれた事を、目の当たりにして、私まで涙が流れました。
生まれ育ったときには、一人娘だった私が、兄が病気をした事で、義姉が本当の姉になったように、義妹が本当の妹になってくれたと感じられた瞬間でした。
頼りになる姉と、思いやりのある妹に恵まれて私は幸せ者だと改めて思えました。

兄の家の芝桜が春の雪溶けを感じさせくくれた。。。