マドンナのベストアルバム”CELEBRATION”を買いました。
あの、ウォーホルの”gold marilyn monroe”ぽいジャケットのヤツ。
今更と言われようが、やっぱしマドンナが好きです。
ただここんとこ、彼女の名に冠される”Queen of Pop”てのは、やめてほしーです。
おおかた、マイケルの”King of Pop”に対比させてるんでしょうけど、
どうにも私には"POP"って単語が、=商業ロックに見えてカンジ悪いので。
マドンナはロックでいいと思います。
それにも異論は多々あるでしょうけど。
例えば、昔バンドをやってたとか言う友達と音楽の話をしていると、
皆それぞれ自分の音楽に思い入れがあるようで、
だいたい他のジャンルを、あんなのロックじゃないとかクサしたりするんですが、
それはそれで微笑ましかったりもするものの、
じゃあ、ロックの定義ってなんなんでしょうか?
8ビートがロック?
16ビートがロック?
ひょっとして4つ打ちがロック?
グランジがロック?
プログレならロック?
ヘヴィメタルのテクがロック?
それともパンクこそロックなんでしょうか?
じゃなくて、リーゼントに革ジャンがロックか、
モヒカンに鋲打ちがロックか、
もしかして首にタオル巻いてんのがロック?
まぁホントはなんでもいいんですけど、
あっしゃぁ、古い人間なんで、
「ロックとは反骨の音楽だ」
って言葉をいまだに信奉しています。
90年代初頭、マドンナが登場した80'sを総括したレヴューには、
大概、空白の10年とか、
(ファッションや絵画なんかも含めた)HipHopムーブメントとPrince以外何もなかったとか、
あまり好意的な論調はなかったと記憶しています。
たしかに、チャック・ベリーやプレスリーが活躍した創生期の50年代
ビートルズがシーンを一新した60年代
パンクもありーの、ウエストコーストもありーの、グラムもありーの、プログレもありーのの70年代に比べて、
な~んっのムーブメントもなかったのが80年代です。
今では親父になったロック小僧達は、自分たちが間に合わなかった時代のギターヒーローを崇め、
MTVでクネクネ踊る金髪の色っぽい姉ちゃんを、商業ロックの象徴と見なしていたような気がします。
自分は…スンマセン!
自分は金髪が好きなんで!
自分は金髪には逆らえませんでした!
でも、マドンナがロックかと問われれば、
ん~。
それはどうでしょう。
と、長島監督みたいな煮え切らない返事しか出来なかったはずです。
それに、そんなパツキン好きの少年も
マドンナの旺盛な上昇志向だけは、鼻につくとゆーか、
あまり好きじゃありませんでした。
芸術的な高みを目指すプリンスや、
求道者のようなポール・ウェラーに比べると、
マドンナのそれは、なんか不純に思えたもんです。
しかし時が経つにつれ、彼女は社会的なステイタスを、がっついているわけじゃないようにも思えてきました。
マドンナのいいところは、常に挑発的な姿勢を崩さないところです。
彼女は絶対に群れたり、権威を味方につけてものを言ったりしません。
フェミニストの批判を一笑に付しながら、男達の上に君臨し、
エイズを発症した友人を看病しながら、HIVのキャリアに対する差別と戦い、
ヴォーギングをキメて、ゲイカルチャーの素晴らしさを世に知らしめ、
そしてあの911直後、報復一辺倒のアメリカの世論に宣戦布告したマドンナを見るに至って、
私は彼女こそロックの体現者だと認識を改めました。
もしロックンロールの定義が、本当にスタイルやファッションによって規定されるものでないなら、
もしロックミュージックの真髄が、本当にその精神性にこそあるなら、
マドンナこそ本当のロックンローラーだと、今では思っています。