ロマ(ジプシー)は千年前にインドを立って放浪し、アラブからコンスタンティノポリスで演奏やダンスの旅芸人として生きた。500年前にはブルガリア、ルーマニア、ハンガリー、ギリシャへと拡大、やがてユーロ全域へと放浪していった。



ロシアを旅して初めて理解するのが、ユーラシアの重心のコーカサスを中心に東がシベリア・アジアで西がユーロ。これが典型的な洋の東西観だが、中央から南西におよぶアラブの存在感を知るのが大きな収穫だ。

英語で白人をコケージャン(コーカサシアン)というぐらいで、コーカサスというのは、白人の発祥地といわれる。場所として現在のロシア連邦のアゼルバイジャン共和国付近のことである。でも現在のアゼルバイジャン人とは、主にイスラム教を信じるアラブ人によって構成されている。

チュニジア革命がエジプト革命に飛び火して話題になっているアラブ。音楽の強烈さは特筆にあたいする。ユーロラテン圏にはジプシーやロマの音楽となって人々に浸透していった。前回に紹介したルーマニア音楽だけでなく、フランスにまで影響が及んでいる。もちろんスペインはいわずもがな。

ジプシーキングスなんかのルンバフラメンカもこの影響下に花咲いた。
さいきんアメブロにユーチューブを埋め込むやりかたがわかったので、ひさしぶりに音楽の話題。

ロシアに初渡航した船のディスコでかかる曲は、常連のルーマニアの団体客が持参した音源によるところが大で僕にとってはめずらしい音楽ばかりであった。

前回触れたサルサの音源以外にも、泥臭い音源も多く、↓のSALAMというマネレの曲がかかると体をくねくねさせて歌いながらみんなで踊っていた。



パトリス・ルコント監督の「髪結いの亭主」(1990年仏)のなかのダンスシーン↓の音楽に似ている。