まえがき

新潟県は中越地方、人口四千の小さな港町・出雲崎出身のエンターテイナーMondeoです。


突然ですが、僕は2012年から今の名前でギターの弾き語りとして音楽活動を始めました。

その時からよく出演させて頂いている新潟市のライブハウス「GOLDEN PIGS」が、今月で16周年を迎えました!パチパチ~!


ツアーレポートを書こうと開設したのに結局途中で頓挫してしまい、約2年間沈黙を守り続けてしまった当ブログに久しぶりに記事を更新しようと思ったのには、それはそれはマリアナ海溝の如く深い理由があります。

恐ろしく長文になると思います。

お時間ある方はどうぞお付き合い願います。


 和田全孝という人間


当時、GOLDEN PIGSでの対バンライブでよくご一緒させて頂いていた1人のアーティストがいます。

「和田全孝(わだ まさのり)」さんという、京都府在住のアーティストです。


なんで京都の人と新潟で良く対バンしていたかというと、和田さんが新潟を、もっと言えばGOLDEN PIGSというライブハウスをいたく気に入り良く通っていたからです。


10代の頃から数々のバンドを組んでライブシーンに入り浸っていた和田さんが、一身上の都合でライブをすることから離れて幾年。

全国を飛び回るようなお仕事を始め、各地の街まちを巡り歩いては「この場所にはこんなライブハウスがある」と写真に納めながら、“いつか自分もまたライブシーンに戻るんだ”という気持ちを抱えて日々を過ごしていたそうです。

何度目かの新潟来訪の際にいつものようにライブハウスを写真に納めていたとき、ふと入り口の張り紙に目が行ったそう。


「出演者募集中」


その張り紙というのが以前来訪したときからそのまま変わっておらず「これまだ張ってあるで?よっぽど出る人いないんちゃう?出てみたら?」と同行者に言われたそう。

どこの誰かも分からんヤツなんか出演させてくれへんわ、とその時は思ったそうですが、やり取りの末に電話をかけてみるとまだ募集していたらしく、あれよあれよという間に出演が決定。

こうして、和田さんの再出発ライブが新潟の地で決まった。

そのスタートを切ったのがGOLDEN PIGSなのです。


そしてライブ当日、会場で度肝を抜かれることがあったそう。


「顔合わせ」


イベントのオープン時間前に、その日出演する演者やライブハウスのスタッフ、店長などが集まり挨拶、自己紹介をする時間。

今でこそ珍しくありませんが、和田さんがバンドでバリバリ活動していた当時はそういった文化はなかったようで「個々ではなく今日という日を作り上げるのはここにいるチームなんだ」という思いを感じ、とても感激したそうです。


再出発の地で今までなかった考え方に触れ、終演後の打ち上げでは楽屋で鍋を囲むアットホームな空間。

何て素敵なんだと、またライブを始めて良かったと、ざっくりとですがそんな経緯があり、GOLDEN PIGSを、新潟を大好きになり通うようになったと幾度となく話して聞かせてくれました。


 京都のお父さん


僕もバンドを解散して弾き語りとして改めて活動を始めたという経緯もあり、和田さんのその熱い思いにはとても共感しました。

詳しい年は覚えてませんが、Mondeoとして活動を始めた当初から対バンさせてもらってるので付き合いは12~13年くらいになります。


京都の人っておしとやかではんなりしているイメージでしたが、和田さんはとにかくおしゃべりだし声もデカイしいちいちツッコミ入れるし(もちろん全部良い意味です 笑)、いつも優しく接してくれて、先輩というより楽しいおっちゃんのような人。


それでいてライブは「ギター1本でどれだけロックを鳴らせるかがテーマなんや!」って言って一緒に歌いたくなるようなキャッチーなメロディに裸一貫、赤裸々でストレートな歌詞を乗せ、お客さんを全員笑顔にさせる。

まさに少年がそのまま年を取ったような人。


こんな熱い志を持ったおっちゃんが世の中にはいるのかと、僕もこういう大人になりたいと思わせてくれる憧れの人。


当時、まだあまり活動場所を広げられていなくてGOLDEN PIGSばかり出ていた僕や、周りにいた仲間たち。

それでもやっぱりライブが楽しくて、お客さんに聞いてもらうのが楽しくて、自分たちなりに表現を磨いていた僕たちに

「新潟の奴らはみんな熱い思いを持った奴らや!俺の地元のお客さんたちにそれを見せつけてくれ!」

と、地元の京都で開催する自主企画ライブに誘ってくれたこともあった。


「関西ツアー組むから、お前たち一緒に回ろうや!」

と京都、大阪、神戸のライブ会場を紹介してもらい、帯同して一緒に連日ライブをさせてもらったこともあった。


「レコ発ツアーをやりたいんですが、和田さん一緒に何ヵ所か行ってくれませんか?」

と相談したら

「ほな、今まで行ったことない場所あるか?紹介するから一緒に回ろうや!」

と、関西のみならず静岡、愛知、岐阜などの東海地方や、香川、徳島、愛媛、高知などの四国地方も色々お店を紹介してもらい一緒にツアーを回ってくれたこともあった。


何かやりたいと思って相談すれば全力で応えてくれて、各地で紹介してくれたお店の方や対バンの方に「新潟におる俺の友達なんや!すごくええ歌、唄うねん!」と身に余るくらいの紹介文句でマッチングさせてくれたりと、先輩の域を超えて僕らを面倒見てくれる“京都のお父さん”だと勝手に思っています。


僕、そして当時から周りにいた新潟の仲間たちの活動範囲が広がったのは、確実に和田さんのおかげです。


 還暦を迎え


そんな和田さん、今年60歳の還暦を迎えました。

還暦と聞いて、親と同世代の人とライブハウスで対バン出来てるって改めてすごいことだなと思いました。

企業のトップにいるような年齢の人と、同じ土俵に立って歌を唄っている。

こんな経験って仕事をしているだけじゃ一生出来ないことだよなと、ふと考えるととても貴重な財産だなと思います。


対バンする度に、和田さんがいつも言っていたことがあります。


「俺はいつか新潟で、GOLDEN PIGSで、ワンマンライブをやるのが目標なんや」


そんな機会が訪れたなら絶対に行くべきだし、その熱い包容力で沢山の経験を積ませてくれて育ててくれた“お父さん”のライブは必ず見に行きたいと、話を聞くたびにその日を心待ちにしていた。


そして機会が訪れた。


それが昨日、2026年9月20日。

GOLDEN PIGSのBLACK STAGE 。

そこはまさに和田さんが音楽活動を再出発させた場所。



この日にワンマンライブをやりますと連絡を頂いていたのはちょうど去年の9月。
還暦を迎えるにあたり、東京、新潟、そして地元の京都で記念のワンマンライブを計画したそうです。

ついにこの時が来たか!とまだ翌年の手帳も買っていませんでしたがその年の手帳のフリーページにでっかく“2026年9月20日 和田さんワンマン!”と書き記しました。

そして迎えた昨日。
会場には足繁く新潟に通いながら獲得してきた当時からのファンの皆さん、そして京都からはるばるやって来た親族の皆さん、今はご退職された当時のGOLDEN PIGSのスタッフの方、そして僕ら新潟で対バンを重ねてきたアーティストの仲間たち。
様々な縁で繋がった人たちの、待ってましたと言わんばかりの笑顔に迎えられてアメイジンググレイスのSEの流れるステージに主役が登場しました。

当時から何度も聴いてきた「スマイル」や「瓦礫の街から」などのキラーチューンを惜しみもなく序盤に持ってきてくれるあたり、ご本人も万感の思いでこの日のワンマンライブに臨んだ事を伺えます。

この日は2部制となっており、前半は自分はどういう経験をしてきてこの日新潟で唄っているのかというバックボーンを語りながらのストーリー仕立てのブロック。
後半は立て続けに曲を演奏する疾走感のあるブロックで行います、と軽妙で軽快なトークで紹介してくれました。

自分が当時やっていたバンドの曲を初めてギター1本で演奏してみたり、代わりのボーカリストとして加入したバンドで唯一自分が作ったという何十年も前の曲を演奏してみたり、まさに和田さんの活動変遷を辿るようなライブ運び。

そして中盤には「あんまりカバーってやらへんねんけど、新潟らしい曲やってみます」と言って始まった曲が、なんと私、Mondeoの代表曲とされる「越後道中・味探訪」。
まさか人のライブ見に来て自分の曲を聴くと思いませんでした(笑)
この曲は新潟の名産をサビでコールアンドレスポンスするんですが、原曲には無い歌詞を胸焼けするくらい足しまくって、会場を盛り上げまくってました。
本家を越えるのはやめてくださいってヤジ入れました(笑)

そして終盤、自分がこのGOLDEN PIGSに通うようになった経緯などを語り、このライブハウスと新潟の人たちに書いた曲と言って唄い始めた「ふるさと」という曲。
日本海に沈む夕日…という歌詞を唄うところでステージ後方から差し込んだオレンジ色の照明に、思わず泣きそうになりました。

第1部が終了し小休憩を挟んで始まった第2部は、説明された通りのっけからフルスロットルでMCも少なめの疾走感あるライブ運び。

知ってる曲も知らない曲も、キャッチーなリズムやメロディのおかげで終始ノリノリで客席のボルテージもどんどん高まる。

そして本編最後の曲は「大人が夢見て何が悪い」。
この日、新潟でワンマンライブをやることで夢を叶えた和田さん。
「有言実行してみせたで!」と、ストレートな歌詞を繰り返しリフレインするその曲は、まさに和田さんの魂の咆哮のようだった。

そして本編が終わると「まっさのり!さまっさのり!」と、割れんばかりのアンコールが巻き起こる(主に僕が巻き起こす 笑)。

アンコールは「ライブハウスで会いましょう」。
またここで必ず会おうねと、またライブハウスで再会しようねと、笑顔で僕たちは約束をした。
約2時間、たったひとりでギター1本で唄って語った60歳、還暦。
新潟のライブシーンに、またひとつ伝説が誕生した日でした。

 またライブハウスで


終演後は1度別れて、二次会からは和田さんと僕と、仲間のYUKE、GOLDEN PIGS店長の翔さんの4人で沢山飲んで沢山話しました。


この十数年で周りにいた仲間たちも環境も、段々と変わってきた。

それでもこうして変わらず付き合ってくれる仲間や先輩、あり続けてくれるライブハウスがある。


みんな同じように歳を取る。やれることも限られてくる。それでもやりたい事を続ける格好良さ、歳を取ることの美しさを感じさせてくれる和田さんという存在は、偉大な先輩で、格好良くあり続けてくれる“お父さん”。


ワンマンライブを見て生きるパワーをもらったと同時に、やりたいことには全身全霊で立ち向かい続けようと感じさせてもらいました。

僕の敬愛する竹原ピストルさんの曲の一節を引用します。

“何度でも立ち止まって また何度でも走り始めればいい
必要なのは走り続けることじゃない 走り始め続けることだ”

竹原ピストル/オールドルーキー

一度、音楽から離れた和田さん。
だけれど、彼は戻って来た。それもバンドではなく、たったひとりでステージに立つソロアーティストとして。
そして還暦を迎えワンマンライブを成功させる。

この日のライブタイトルは「Re:Born~原点回帰」。
まさに音楽を始めた当時に立ち返り、気持ちの向くままにお客さんを楽しませてくれた最高のワンマンライブでした。
僕も環境が変わって突然音楽が出来なくなるかもしれない。
でも僕は目の当たりにしてしまった。また走り始め、そして見事に咲き誇った一輪の花を。

目標が出来た。還暦になっても、表現を続けるぞ。お前まだやってんの?って言われてやるぞ!

和田さん、本当にお疲れ様でした。
また必ず会いましょう、ライブハウスで。

熱量の赴くままに書き始めたからすごく長くなっちゃいました。
読んで頂いた方、ありがとうございました。

それではまた。
ライブハウスで。

了