私が日本に帰る前夜。レストラン「タベルナ」で送別会が行われた。

 

私はこの日のために本格的な日本料理を準備した。

 

カジキマグロとサーモンをネタにした握りずし。天ぷらの盛り合わせ、野菜と鶏肉の炊き合わせ、茶わん蒸し、赤魚のあんかけ、豚ばら肉の串焼き、寄せ鍋・・・。

 

集まってくれたのは、チェン一家にジェロ一家、マーケットの人々、常連客に警察関係者もいた。

 

それにあの「サムライ」の店主も。

 

全員に本物の日本料理を味わってもらう。

 

この町に来たとき、日本の味を知らないこの町の人々に日本料理はどう映るのだろうかという思いを感じていたが、良い手ごたえだった。

 

ここで日本料理は売れるなどと浮かれて感心してしまう自分をみつめる冷静な自分も見える。

 

全員が大いに食べ、大いに飲み、そして大いに語り合った。

 翌朝、荷物をまとめて2階から降りるとキッチンにサリーが立っていた。

 

「もう行くんだな。さみしくなるな」

 

「お世話になりました」

 

「世話になったのはこっちのほうだ。いろいろと迷惑をかけたな」

 

私はサリーと硬い握手を交わし、そして抱擁しあった。

 

キッチンの壁を見ると、三つの弾痕が残っている。しばしサリーとその小さな痕跡をみつめた。

 

食堂に出ると、ジェロが駆け込んできた。

 

「トーキョーさん!ああ、間に合ってよかった!」

 

ジェロはサリーの店を手伝いながら、夜間大学に進学することになっている。

 

「しっかり勉強するんだぞ」

 

「うん。夢は絶対にかなえるぜ」ジェロの夢はアメリカにある日本企業に入ることだ。

 

サリーは大事な後継ぎを失うことになるが、将来有望なジェロの出世も望んでいる。

 

 

店のドアを出ると、チェンが従妹と歩いてきた。

 

「今から日本までは遠いからね。飛行機に酔ったらこれを飲むんだよ」と言ってチェンが紙包みに入った丸薬を差し出した。

頷きながら従妹が「ヨクキク、ヨクキク」と言う。

 

みんなに別れの挨拶をして歩き出す。

 

ス停でバスを待とうかと思ったが、この町をもう少し歩いてみたいと思い、次のバス停まで歩くことにした。

 

わずか2か月ほどの滞在だったけど、町のすべてが懐かしい。

 

マーケットにさしかかる。

 

ここでいろんな買い物をした。

 

食材の買い出し、ジェロのばあさんの料理を作ろうとしたときのこと。新メニューを考えていたころのこと。

 

橋を渡り、右手に公園へあがる坂道が見えてきた。

 

そのとき、後ろからすうっと車が近づいてくる気配がした。

 

 

はっとして振り返る。

 

 

パトカーだった。

 

私の横に静かに止まると運転席の窓からジムが顔を出した。

 

「ようトーキョー!乗りな。空港まで送ってやろう」

 

私は少しためらったが、ジムの好意に甘えることにした。

 

後部座席に乗り込んで、改めてパトカーの中というのをしげしげと観察した。

 

前方座席と後部座席の間には鉄格子のような金属パイプで仕切られていて、座席のシートは鋭利な刃物で切られたような傷が無数にあった。

 

中央のシフトレバーの前にショットガンが立てかけられており、がっしりとした金具で固定されていた。

 

運転しているジムの右腰には大きなリボルバーの銃把が見えており、黒ずんだ木のグリップと色あせたバスケット地のホルスターが使い込まれた道具の雰囲気を放っていた。

 

無線からはしきりにオペレーターの声が流れていたが、早口なのと警察特有の隠語が混ざっているので後部座席からは通話内容を把握するのが難しい。

 

窓の外を見ると、あの拳銃射撃の練習をした原野が広がっている。

 

結局、拳銃はあの2階の部屋の押し入れに弾と一緒に残してきた。

 

いつかまた、この町に来た時に・・・それが何年先のことか分からないけれど、そのときにあの店が残っていたら押入れを覗いてみよう。

 

 

原野が続く。

 

「空港までは遠すぎです。フリーウエイバスの乗り場までで充分ですよ」

 

「なあに、構うことあるもんか」

 

「事件処理はどうするんですか?」

 

「この町には13台もパトカーが運行してるんだぜ。たまにはほかの連中にも仕事してもらわないとな」

 

ルームミラーにはチェーンにつけた十字架がぶら下がっていた。

 

「パトカーが珍しいのかい?乗ったことぐらいあるだろう」

 

2枚のルームミラーの1枚にジムの視線が映った。

 

「いや、生まれて初めてですよ」

 

「そうか。乗り心地はどうだ。悪くはないだろう?」

 

「複雑な心境です」

 

「あはは・・・・・トーキョーが東京に帰るんだな。サリーのやつも寂しがってただろう?」

             

「はい」

 

「あいつは、見かけによらずおセンチだからな。今頃ベッドで号泣してやがるぜ」

 

「目に浮かぶようです」

 

「よおし、景気づけに派手に行くか」

 

ジムは無線機の横にあるRと標示されたボタンを押し、その横のSの小さなレバーを起こした。

 

メーターパネルの横にあるREDのサインが赤く点灯し、サイレンがけたたましくなり始めた。

 

 

(完)