道路からハンドルをきって原野にトラックを乗り入れる。
そのまま真っ直ぐ奥へと進み、道路から出来るだけ離れようとしたが大平原は見晴らしが良すぎて1キロメートル以上離れても道路を走る車が見えた。
銃を撃っている所を見られたくないのでさらに1キロ以上走ったところで車をとめた。
万が一、道路方向に発砲したとしてもこれだけ離れていれば走っている車に銃弾が到達することはないだろう。
あまり奥まで行き過ぎて砂地帯に入り込んでしまうとタイヤをとられ、立ち往生する虞もあるのでやっかいだ。
まあここまで奥に入り込めば、誰にも見られることはない。それは誰からも気づかれずに勝手気ままに銃を撃てるということだ。しかし、その反面、この場で私が倒れたとしても誰にも助けを求めることが出来ないということも意味する。
銃の取扱いを誤って重大な傷を負うということには充分気を付けなければならない。
助手席上に載せているバックパックをつかんで車から降りる。
乾ききった土の上には根を張るように草とも蔓ともつかない植物がへばりついていて、ところどころに枯れ木が立っており、それはまるで魔法で動きを封じられた幽霊のように見えた。
広い原野には時おりそよ風が吹く程度で殆ど無風に近かった。
バックパックから銃と弾箱を取り出し、銃は腰のベルトに挟み、弾箱を開いてトレーを引き出す。
昨夜装填しているので箱の弾挿しはその5発分が空になっている。
トレーを引き出したままボンネットの上に弾箱を置き、持参したジュースの空き缶を12~13ヤード先の地面に放り投げる。
ベルトから銃を抜き出すと銃口を空き缶に向け、ハンマーを起こし、狙いをつけて引き金を引いた。
バアン‼️
耳をつんざくような轟音と共に手に握った銃が跳ね、同時に空き缶も跳ね上がった。
木炭を焚いたような火薬の臭いがかすかに香り、すぐに大気に霧散する。
ハンマーを起こし、再び狙いをつけて引き金を引く。
バアン‼️
周囲に反響するものは何もないのに銃声がゴオオと尾を引くように返ってくる。
思った以上に銃声が大きいので2発撃っただけでキーンと耳鳴りがしている。
一月前にクマを撃ったときは夢中だったのでこの音の大きさにはまったく気付かなかった。
私は弾箱からタマを2本取り出して、弾頭方向から両耳に突っ込んだ。
これは米軍基地で兵士がやってた耳栓の方法だ。
続けてダブルアクションも試してみる。
銃本体が軽い上に握りが細いので発射したときの跳ね上がりが強い。
ダブルだと特に顕著で、連射するとき次弾を撃つタイミングを間違うと反動を意識して銃口が下を向いてしまう。
タイミングよく反動のリズムをつかみながら連射しなければタマはあらぬ方向に飛んでいく。
なかなか空き缶には命中せず、土煙が上がるのを見てコツを掴もうとするのだが思うほど上手くいかない。
タマを詰め替えてもう一度ダブルで撃ってみる。
的に当てることを意識せずに反動と引き金の感触をつかむことに専念する。
ダン・ダン・ダン・ダン・ダン
タマを詰め替える。
ダン・ダン・ダン・ダン・ダン
またタマを詰め替えて連射する。
照準器を使って慎重に狙い撃ちすれば、15ヤードほどの距離なら空き缶を外すことはなくなったが、銃を持った腕を下に向けた状態で咄嗟に胸の高さまで持ち上げてダブルで撃つ方法では集弾率はぐっと落ちた。
侵入者がいて、銃を撃つという想定だとその距離は10ヤードも離れていないだろう。
もしあのキッチンだと端から端まで7ヤードもない。
タマを詰め替えて、少し離れた場所に立っている枯れ木に近づき、5~6ヤードの距離から腰だめで連射してみた。
5発のうち3発が幹に命中した。
あっという間に30発を消費していた。
残り20発は実戦用にとっておかなければならない。
トラックに乗り込んで店に戻ることにした。
途中、マーケットで朝食用のパンと、銃を手入れするための棒ブラシとスプレー式の潤滑油を買った。
町に辿り着き、大通りを走っていると前方からパトカーが走ってきた。
運転席にはジムが乗っており、すれ違いざま視線が合ったが、とくに声を掛けられることもなくパトカーは走り去った。
国際運転免許証を携帯していない私はこの国では無免許ということになるのだろうか。
もしそのことで今、ジムから停車を求められ、持ち物を調べられたら拳銃の携帯違反ということにもなるのではないか?
冷や汗が出てくる。
急いでトラックをアレックスの家に返しに行き、走って自宅まで帰り、大急ぎでバックパックを寝室の押し入れに隠した。
射撃後の手入れは今夜すれば良い。
手が火薬臭いのでキッチンの流し台で石鹸をつけて洗う。
右手の親指の付け根が痛む。指に軽い擦り傷があるのは銃のサムピースが当たったのだろう。
たかが30発だが、けっこう衝撃があったのだなあ。
冷蔵庫の中には試作の照り焼きチキンが入っている。これを晩御飯として食べることにしてレンジで温めていると、誰かが勝手口をノックした。
ジェロが来たのだろうと思ってドアを開くと、制服姿のジムが立っていた。
一瞬、無免許運転のことだと直感する。
のっそりとキッチンに入り込んできたジムは、ぐるりと室内を見渡して、私が調理していた痕跡に視線をとめると「お前、いったいいつまでここにいるつもりだ?」と言った。
意味を掴めずにいると、ジムは「サリーはまだ当分退院はして来ない。退院したとしてもあの手じゃもう包丁は握れんだろう。お前がここに残ってる意味がないんだよ。それなのになぜ居座ってるのかって訊いているんだ」と言った。
「僕は居座っているとか、そういうつもりはないです」
「アランから聴いただろ。一連のストア強盗は捕まった。共犯が全部で5人もいたよ。ガキどもが根性試しのつもりでやってたんだ。銃もオモチャだった。この店を襲ったヤツとは違うんだってこともはっきりした」
「そうですか」
「まるで他人事だな。これもアランから聴いたと思うが、この手の犯人は空振りしたらもう一回チャレンジするんだよ。奴らなりのプライドみたいなものがあるんだろうな。執念深くてタチが悪い。だけど、どうだ。もうあれから何日も経つが2度目はなかなか起きないなあ」
「何が言いたいんですか」
「だから、前にも言っただろ?お前が犯人を手引きしたんじゃないかとな」
「まだそんなことを・・・・」
ジムは壁に付いた銃弾の痕を指で撫でながら「まさか、疑いが晴れたなんか思っちゃいないだろうな」と言った。
「ジムさん、あなたが僕を疑うのは自由ですが、前にも言ったように僕には事件を起こす理由がない。サリーには恩を感じている。だから新メニューを開発してサリーさんが出てくるまでこの店を盛り立てて行こうと決心したんだ。あんたにその苦労が分かるのか!」
「ほうら、ホンネが出たじゃねえか。上手い事この店に入り込んで恩を売り、首尾よくいけば店を乗っ取って、その揚句にはこのまま居着いて永住権でもとるつもりなんだろ?」
あっけにとられてものが言えなくなった。
「図星か?ふん、まあそうがっかりするなよ。その計略が上手くいくと良いけどな。だが、ときとして神は悪い行いを糺すために手段を択ばないこともあるから気を付けろよ」
体中に怒りが込み上げてくる。
ジムは軽く私の視線をかわすと、「じゃあ、せいぜい頑張って恩返しをするんだな」と言って、にやつきながら出て行った。
怒りが収まらず、思い切り壁にコップを投げつける。
ガチャンと音をたててコップが砕けた。その壁にはサリーが撃たれたときの弾痕が残っていた。
(以下次号)