サリーに出来立てと変わらない料理を食べさせて正当な評価をしてもらいたい。

その一念で私はランチジャーを探し続けた。

近くのマーケットには置いていなかったので、アレックスのトラックで郊外のショッピングセンターまで足を伸ばした。

「コストカ」という大型ホームセンターには日本製品が多く揃っており、家電品売り場には電子炊飯器と一緒にタイガーのランチジャーが並んでいた。

見つけて思わず飛びついたが、70ドルというその価格の高さにたじろいだ。

サリーから預かった200ドルは既に半分近くを遣いきっていた。このジャーを買うと残りは50ドルも残らないだろう。

これは諦めるしかない。

何か代用できるものはないかと巨大な店内をぐるりと見て回ると、キャンプ用品売り場に保温ポットなるものがあった。
ステンレス製の筒状の容器でスクリュー式の蓋を外すと、それがコップになる。
大きさはいくつか種類があって、750ミリリットル入りのものが口も広く、具材も入りそうに思えた。価格は8ドルと手ごろだ。
熱々のスープだけでも運べたら、おかずは少々冷えても仕方がないだろう。

キャンプ用品売り場にはテントやシュラフのほかにナイフや缶切り、火を点けるためのスターターやランタン、テーブルセットなどあらゆるものが揃っていた。
さすがアメリカだ。売り場の規模も違う。

見ていて飽きないのでつい引き込まれてしまう。そうやって売り場を歩きまわっていたら、銃のタマを売っている棚を見つけた。
最初は目を疑った。
ランタン用の混合油の缶などと同じ棚にそれは陳列されていた。
口径ごとに三つのメーカーのタマが並べられていて、順番に見ていくとその先の一角にはレミントンのコーナーがあった。
緑と黄色のブランドカラ―に縁どられた棚には大きくRemingtonのロゴ看板が張ってあり、銃弾のほかに金切り鋸や大型ナイフ、帽子にベスト、ライフルケース、予備弾をストックに取り付けるパッドなどが展示されている。
さすがに銃本体はカタログで選ぶようになっているみたいで、欲しい銃があるときは店員に声を掛ければいいのだろう。

ふたたびタマの商品棚に戻る。
欲しくてたまらなかった.38スペシャルのタマもある。値段は4ドルから7ドル50セントと幅があり、Muchと表記されているのは標的射撃用のタマで、弾丸がワッドカッターになっている。
一番安いのは鉛弾頭で、通常よく見るフルメタルジャケット弾は5ドルから6ドルの値段がついていた。
『自分の身は自分で守る。それがこの国のルールだ』アラン刑事の声がこだまする。
旅行者の私がこれを買うことが出来るのだろうか。レジに持ち込んだとたん警察に通報されるということはないだろうけど、手を伸ばすのには勇気が要った。

そこへ大柄な白人男性が不意に現れた。ひげもじゃで半ズボンを履いたその男性は「やあ、調子どう?」と陽気そうに声をかけてきた。
私が「まあまあだよ」と答えると「ここはタマが安いから助かるね」と言って.45ACPの弾箱を掴むと軽く5つポイポイとカートに放り込んで去って行った。

この勢いだ。私は無難な5ドルのタマを手に取り、カートの中に入れた。それをカムフラージュするには保温ポットだけじゃ心もとないので余計な買い物だったが調理器具売り場で野菜の皮むき器と包丁を研ぐ砥石を買うことにした。

レジに並び心臓が高鳴るのを感じる。
ヒスパニック系のメガネをかけた女性がレジを打っている。ときどき客に声をかけているのが見える。
「ちょっと、あんたにはこれは売れないよ!」と、そういう場面を連想してしまう。そのときには間違ったふりをして誤魔化そう。頭の中で何度もシュミレーションをくり返す。「おや、これは何だろう?お菓子の箱と間違えたよ」いや「雇い主に頼まれたんだ」の方が良いかも・・・。
徐々に順番が近づいてくる。
二つ前に並んでいた若い男性がウイスキーを買おうとして、身分証の提示を求められた。女性に早口で何やら言われ、IDカードを提示している。年齢確認だろうか。

私はIDなど持っていない。日本のパスポートを提示したらあの女性は何というだろうか。
いよいよレジの前に立つ。心臓が飛び出しそうだ。女性は黙って商品を手に取ってレジを打つ。皮むき器、ポット、砥石は無事に通過した。弾箱を手にした女性が私に視線を移す。「ああやっぱりダメか」と半分観念していると「熱くなる車内には置かないように」と言った。「あ、わかってるよ。ありがとう」そう言うと女性はにこりともせずに「15ドル20セント」と言った。


店を出るとトラックに乗り込む。腋と背中にべったりと汗が染みついている。

ああ~緊張したあ。心臓の高鳴りがまだ収まらない。

ついに拳銃のタマを手に入れた。しかもまっさらの新品だ。そのうちに射撃練習もしておこう。

探せば町のどこかに射撃練習場くらいあるかもしれないが、銃を撃っているところを人に見られるのは抵抗があった。
とくに耳ざといジェロに私が銃を持っていることを知られるのは避けなければならない。

とにかく、身を守る準備はこっそりと進めた方が良い。誰にも知られずに。



その夜、ジェロの家で勉強を教えた後、晩ご飯をご馳走になった。

母親の料理は手が込んでいて、鶏肉の煮物は店で出せるくらいの完成度だった。これは献立の良いヒントになる。
マッシュポテトも旨かった。全部歯が悪い婆さんのために工夫されたものなのだろう。

ジェロの兄姉全員が集まっていて、話も盛り上がり、つい長居してしまった。

仕入れに使うという名目でアレックスにまたトラックを借りて店まで運転して帰る。

もう日が暮れて、あたりは真っ暗になっていた。

店の前にさしかかり、裏口の前の空き地にトラックをバックで入れようとしたとき、その空き地に人影が見えた。

空き地の前でハンドルを切ったとき、ヘッドライトに照らされて一瞬ちらりと目に写ったその人影は建物を見上げているようにも見えた。

誰だろう?トラックをとめて辺りを窺ってみたが、もう誰もいなかった。

酔っ払いが立小便でもしてたのだろう。

ベッドに入る前に、今日買って来たカートリッジの箱を取り出してみる。

50発入りの弾箱はずしりと重い。開けて発泡スチロールの弾挿しを引き出すと金色に輝く薬きょうが顔を出した。

一本抜き取って眺めてみる。銅のオレンジ色がかった金属特有の光沢を放つ丸い弾頭が付いている。

押し入れから背嚢を掴みだし、その奥底にしまい込んでいるリボルバーを取り出した。

スチーブンにもらったときのまま紙袋に包まれている。袋から銃を出すとぷんと鉱物油の匂いがした。
トラクター用のオイルだろうか。農場の広い麦畑が脳裏に蘇る。

クマを倒したあと、この銃は持ち主であるスチーブンに返した。そして持ち主の手によって充分に手入れされたのだ。戦争のせいで銃が嫌いになったあのじいさんが私にこれを授けるために嫌いな銃をじっくりと手入れしたのだろう。ふと感傷的になってくる。

弾倉を開き、新しいタマを込めていく。パチリと弾倉を閉じて、ふたたび見つめ直す。
「身を守る道具かあ」つい独り言が漏れる。

銃をタオルに包んで枕の下に隠し、そのままベッドの上にあおむけになる。

この先どうするか?

夜眠りに落ちるまで毎晩同じことを考える。

旅を続けるためにこの店に雇われて、給料がもらえると思ったとたんに店主が撃たれて入院し、犯人の一味だという疑いをもたれ、それを払しょくするために店を支えることを決心し・・・・舞い戻って来るかどうかも分からないこそ泥に備えて銃を準備して・・・・俺はいったい何をしてるのだろう?





(以下次号)