店休日は、毎週水曜だった。
 
休日は日用品の買い出しのほかに、近隣レストランの料理を食べ歩いて、この町の人々がどういう味を好むのか研究するのに使った。
 
とは言っても、給料に見合った安い店に限られていたが。
だいたい、どこの店に行っても、味付けが濃く、脂っぽい料理が多かった。
そういう地元料理店の中である日、大漁旗を掲げた日本料理店を見つけた。その名も「サムライ」だ。
 
店内は、日本の凧や、しめ縄が飾られており、古い大相撲の番付表や浮世絵のようなポスターも貼ってあった。
店主は日本人かと期待したが、やせた長髪の白人だった。背中一面に武士道と書かれたTシャツを着ている。
入ってきた客が東洋人だと認めると、足早やに近づいてきて「コンニチワ、リョコウデスカ?」とたどたどしい日本語で話しかけてきた。
私が英語で答えると、意外そうな顔をしてテーブル席を勧めてくれた。
受け取ったメニューを見ると、「SUSI」や「TEMPURA」というのもあるが、「GOEMON」とか「KOMACHI」という、想像も出来ない料理名が並んでいる。
その日の日替わりが「GOEMON」と「TEMPURA」のセットだというので、それを注文した。
出てきた料理は、フライパンの中にグラグラと煮え立ったスープが入っており、これに鶏の骨付き腿肉が沈んでいた。まさに五右衛門風呂状態だ。
TEMPURA」は、野菜とエビにパン粉をつけて揚げたもので、かき揚げにも見えなくはない珍妙な料理だった。おまけにポテトチップが添えてある。揚げ物にはたっぷりとトマトソースがかかっていて、食べると、このソースの味しかしなかった。
 
日本人が好む日本料理をこの町の人々はどう受け取るのだろう?そういう興味が湧いてくる。ホンモノの寿司や天ぷらを食わせてみたら、彼らは旨いと感じるのだろうか。それとも味が薄いと言ってケチャップをぶっかけて食べるのだろうか。
 
 
 
 
 
水曜日は、ジェロの勉強に付き合う日でもあった。
ジェロというのは、私が働いているレストランでランチタイムだけアルバイトしてる黒人少年のことだ。
 
ジェロは8人兄妹の下から3番目で、1番上と2番目の兄は工場で働き、3番目と4番目の姉はダンスホールで働いているらしい。
ジェロの下には小学生と幼稚園の弟がいた。
 
 
最初は、ランチタイム終了後にその日が休校日ということで、店のテーブルで宿題を見てやったのがきっかけだった。
 
その後もときどき勉強を教えてやっていたが、最近では店休日の毎週水曜にジェロの家に行って勉強を教えるようになっていた。
 
ジェロが苦手とするのは数学だった。勉強を教えるなどと言っても高度なことまでは分からない。日本の中高生程度の知識だから2次関数かせいぜい連立方程式くらいまでなら何とか教えることは出来た。
しかし、17歳のジェロが勉強しているのは日本の小学生レベルの問題だった。
 
それでも、ジェロは貪欲な学習意欲を持っており、教えることを乾いた砂が水を吸うように凄い速度で吸収していった。
教員になろうと思ったことなどなかったが、これほど教え甲斐のある生徒と出会うと、人に物を教える喜びを感じずにはいられない。
 
ジェロの住むアパートは、いわゆるスラムだった。
50年代か60年代に建てられたコンクリートアパートが数棟建っていて、そこの住人は大半が有色人種だ。
中でも黒人の数は圧倒的に多い。
あの中国系従業員チェンもジェロと同じ棟に住んでいた。おそらくジェロがチェンを頼ってサリーの店で働くようになったのだろう。
ジェロもチェン一家も大家族なので、3世帯分を借りて住んでいる。
最初にこのアパートを訪ねたとき、よそ者だと即座に勘づかれて3人の黒人青年に取り囲まれてしまった。
窓から見ていたジェロが慌てて飛び出してきたので事なきを得たが、通常ならボコにされ車で連れ去られて河に沈められるとこだとジェロの兄から聞いた時には、それがとても冗談には思えなかった。
 
ジェロは、同じ部屋に母親と母方の婆さん、二人の弟と住んでいた。
母親はマーケットで働いており、いつ尋ねても留守なので会ったことはない。いつも膝の悪い婆さんがいて、私がジェロに勉強を教えていると手作りのおやつを出してくれた。
 
このおやつは、日本の蒸し饅頭みたいなお菓子で、小麦粉を練って作るそうだ。
おやつタイムになると、この婆さんが私たちと同じテーブルに座ってずっと長話をするのでジェロがいつも嫌がって「ばあちゃん、もういいからあっちに行っててよ」と言うのだ。
そうすると、婆さんは顔をくしゃくしゃにゆがめて「はいはい、分かったよ」と言って立ち上がると杖をついて部屋を出ていくのだった。
 
「ばあちゃんは歯がないんだよ」ジェロがそういうと、婆さんがにいっと歯茎をむき出しにして見せた。
上と下にそれぞれ2本ずつの歯がかろうじて残っている。
「食べたいものが食べられないというのはね、つらいもんだよ。こうなっちまってから分かるんだけど、料理ってのは見かけだね。見かけが良けりゃ、少々不味くたっておいしく感じるだろう?」
いつもミキサーですりつぶした食事か、こういう蒸し饅頭しか食べてないから、料理らしい料理が食べたいと嘆く婆さんだった。
 
「ねえ、トーキョーさん、ばあちゃんが食べられるようなおいしい料理を考えてよ」ジェロにそう言われて何日も経つが、良いアイデアはなかなか思いつかないままだ。
 
 
 
 
 
 
レストラン「タベルナ」は3階建ての木造建築で、1階が店舗と厨房、2階が住居、3階は物置となっていた。
間口は狭く、奥に長い俗にいう「ウナギの寝床」だったが、交差点の角にあるので側面が通りに面していることから大きな窓があって狭くは感じさせない造りだ。
店舗には5つのテーブルにそれぞれ椅子が6脚。入り口ドアの近くにウエイティング用の長椅子が1脚置いてある。
 
2階には通路を挟んで大小二つの部屋があって、料理長が大部屋。私がもう一つの小さい方の部屋を使わせてもらっていた。
この部屋は長いこと物置として使われていたので、最初は埃っぽくて不用品の山だったが、休日に少しずつ片づけて、居住空間は確保できている。
 
店の閉店時間は夜の10時。それから食器を片づけて私は料理長と一緒に賄いを食べる。
チェンは9時前には帰ってしまうので、それ以降の片づけは私が一人で行わなければならない。
ベッドにつくのは11時を過ぎる。そして、朝は市場への買い出しがあるので5時には起きなければならない。
かなりの重労働だ。イタリア人でなくたって逃げ出しそうになるだろう。
 
私は旅行中の身で短期間だという、気楽さがあったからやってられたのだと思う。
 
料理長は私が寝た後も、翌日の仕込みをしているから、彼が寝る時間は毎晩午前0時を過ぎていたはずだ。
 
 
 
ある店休日の夜。私はジェロに教えるための歴史の勉強をしていた。
日本には「日本史」というのがある。そして「世界史」も。
日本で学ぶ世界史は、ヨーロッパの歴史が主だ。
メソポタミア文明や古代ローマの興亡を中心に学び、同じように長い歴史を持つ中国の歴史にも触れる。
だが、日本の教科書にはアメリカの歴史は殆ど書かれていない。せいぜい新大陸発見者とされるコロンブスのことか、黒人奴隷を解放したリンカーン大統領のことが軽く解説されている程度だった。
 
ジェロの教科書を見たが、そのアメリカ史は歴代大統領の功績を綴ったもので、独立を勝ち取るための戦いと領土拡大のための開拓史が華々しく記述されたものだった。
モンゴロイドの先住民がどうやってこの大陸にたどり着き、どういう暮らしをしていたかとか、それらインディアンと呼ばれる人々をいかに迫害していったかという負の面には一切触れられていない。
私は図書館で借りてきた歴史書を読みながら、ジェロにどう教えるべきか頭をしぼっていた。教科書通りに教えてやるべきなのだろうけど、自分がアメリカの歴史を知らなければ教えようがないので、せめて歴代大統領の名前くらい覚えておこうと本を読み込んでいたそのときだった。
 
1階店舗で物音が聞こえた。
今日は料理長が珍しく外に飲みに出ており、ようやく帰って来たようだ。
時計を見ると、午前2時を回っていた。
おっと、そろそろ寝ないと朝が来てしまう。
 
本を片づけて、目覚ましをセットする。明かりを消してベッドに横になる。
料理長は上がって来ない。
 
そのうちに急激な睡魔に襲われ、一気に眠りに落ちていく。
 
 
 
 
 
 
「てめえ!このやろう!」
叫び声が聞こえた気がした。
 
「ガチャン」という物音で目が覚めた。続いて「バン!」という破裂音がした。
 
ベッドから飛び起きた私は、部屋を出て階段を駆け下りた。
 
明かりのついた厨房の隅に料理長がうずくまっている。駆け寄ると「ちっくしょう。やられちまった」と肩で息をしながら声を絞り出すように言った。料理長は流し台を背に座り込んでいて、両腕を抱え込むようにして頭を下げていた。
「どこを撃たれたんですか!」料理長の上体を起こすと、上半身が真っ赤に染まっていた。
胸を撃たれたのかと思ったが、料理長が左手で掴んでいる右上腕部から出血しているのが分かった。
 
私は目の前にあったエプロンをひったくると、それで料理長の腕を思いきり縛りあげ、応急の止血をすると、店の電話で911通報をした。
 
長いコール音のあと、女性オペレーターが出た。
「事件ですか、消防ですか?」
「男性が撃たれた。今血が噴き出してる」
「落ち着いてください。場所はどこですか?」
「レストランタベルナ・・・パルム通り」
「撃たれた男性は一人ですか?息はありますか?撃たれたのは体のどこですか?撃った人はまだ現場にいますか?あなたは犯人をみましたか?」
落ち着けと言われても、声が上ずってしまう。足はがたがた震えている。早く救急車を寄越せ。このままじゃ料理長は死んでしまう。
「落ち着いてください。今、救急車が向かっています。サイレンの音がしたら救急車に分かるようにサインを送ってください」
 
 
電話を切ると、料理長に駆け寄った。
頭を下にした方が良いのではないかと思い、料理長を仰向けに寝かせ、両ひざを立たせる。
「心配するな。大したこっちゃない。お前ずいぶんときつく縛りやがったな」
吐息から酒の臭いがする。かなり飲んでいるのだろう。
「あまり喋らない方が良いです」
「大丈夫だって。あのやろう俺の店に入るたあ、ふてえやろうだ」
「犯人の顔を見たんですか?」
「隠してたよ。バカみたいな仮面をかぶってた」
「ゲイリーさんのとこと同じ犯人ですかね?」
「知るもんかい。痛えなちくしょうめ」
厨房の窓ガラスが割れている。そこから犯人は逃げ出したのだろう。
冷蔵庫の横の戸棚が開き、引き出しがかき回されていた。
戸棚の奥には金庫が置いてあるが、1枚の板で仕切っているので戸棚の扉を開いただけじゃわからないようになっている。
近づいて確認してみたが、犯人は金庫には気づいていないようだった。
 
遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
 
私は表に出ると、両手を振って救急車にサインを送った。仰々しい赤い回転灯が近づいてきた。





以下、次号