<モンチ姫のスケートライフ>に、モンチ姫キューピー3分クッキングの動画を紹介。あやしげな日本語でパイの作り方を紹介?

キューピーに関連した一昔前の話をついでに。モンチ姫が1歳の時のハロウインコスチュームコンテストは、ダイパー1枚。キューピー人形を抱っこしているだけで見事優勝してしまったのでした。後ろのハロウインのデコレーションに少々怖がっているモンチ姫です。

<フィギュアスケート選手・テコンドー黒帯・自称ジャズシンガー>モンチ姫のUSAライフ

ハロウインの話、今年はブログに書きそびれてしまいましたが、サンクスギビングもかぼちゃは主役の一つなので、今年のパンプキンの作品を紹介。パンジー王子は、パンプキンの中にキャンドルを置いてそれなりに立派に仕上がりましたが、モンチ姫はというと時間がなくて大急ぎでマーカーでデコレーション?しました。

$<フィギュアスケート選手・テコンドー黒帯・自称ジャズシンガー>モンチ姫のUSAライフ

そして、これが今年のハロウインで近所をまわって収穫してきたキャンデイーです。

$<フィギュアスケート選手・テコンドー黒帯・自称ジャズシンガー>モンチ姫のUSAライフ

これには、ウータン母さんもビックリ。スケーターさん、こんなに食べるとジャンプできなくなるよと脅しを入れたのですが、、、。でも、実際にこの時期に太るのはパパさんなのでした。

話が随分とそれてしまいましたが、サンクスギビングの我が家でのパーテイーは大盛り上がりでした。パパさんがクックしたターキー料理も、モンチ姫がお手伝いしたパイーもおいしくできました。その夜中から、ブラックフライデー(黒字の金曜日)のショッピングに行く予定だったのですが、真央ちゃんのロシア杯のライブを見ながら応援したくて、今年は家でおとなしくしていました。翌日は、家の近くにある由緒あるミッションインというホテルのクリスマスの点灯式にいきました。たくさんの人で、まるでデイズニーランドにでも来ているかのような賑やかな点灯式でした。サンタさんも到着。これからクリスマス一色の日々がはじまります。

<フィギュアスケート選手・テコンドー黒帯・自称ジャズシンガー>モンチ姫のUSAライフ

ホテルの客室に、色んなデコレーションがしてあるのですが、今年はこのパンダさんが人気のようです。
<フィギュアスケート選手・テコンドー黒帯・自称ジャズシンガー>モンチ姫のUSAライフ

モンチ姫も、大好きなパンダ帽子でハイポーズ!

<フィギュアスケート選手・テコンドー黒帯・自称ジャズシンガー>モンチ姫のUSAライフ

大変ご無沙汰中のモンチ姫です。現在は、サンクスギビングの祝日でこの1週間は秋休み。今日は、明日のパーテイーのために、お家の大掃除とクッキングで大忙しのモンチ姫です。

<モンチ姫のスケートブログ>も先日久しぶりに更新。イメージチェンジしたモンチ姫を紹介しました。そうなんです。スケートの今シーズンが終わってすぐに、気持ちもすっきりと髪をバッサリと切ってイメージチェンジをしました。長かった前髪を短くしただけで、雰囲気が随分とかわりました。もっと日本人ぽく見える感じがします。本当は、切った髪の毛を寄付(かつらを必要とする方たちの為の団体へ寄付)したかったのですが、規定の長さに少々たりませんでした。

横からみるとこんな感じです。新しいフェザーをつけました。

<フィギュアスケート選手・テコンドー黒帯・自称ジャズシンガー>モンチ姫のUSAライフ

さてさて、明日はサンクスギビングの祝日。家にお友だちファミリーが遊びにくるので、ダダと一緒にがんばってお料理します。今日は、チキンパイの準備をしました。

<フィギュアスケート選手・テコンドー黒帯・自称ジャズシンガー>モンチ姫のUSAライフ

<フィギュアスケート選手・テコンドー黒帯・自称ジャズシンガー>モンチ姫のUSAライフ

ん~。おいしそうな匂い。たべたいなあ~。

<フィギュアスケート選手・テコンドー黒帯・自称ジャズシンガー>モンチ姫のUSAライフ

<フィギュアスケート選手・テコンドー黒帯・自称ジャズシンガー>モンチ姫のUSAライフ

最後に卵をパイきじにぬって、オーブンの中へ。できあがるのが楽しみだなあ~。

$<フィギュアスケート選手・テコンドー黒帯・自称ジャズシンガー>モンチ姫のUSAライフ

明日は、ターキーをやきます。このサイズのターキーです。凍っていたターキーがとけてちょうどよくなってきました。ポッキー君も早くたべたいなとよってきました。

$<フィギュアスケート選手・テコンドー黒帯・自称ジャズシンガー>モンチ姫のUSAライフ
先週末、モンチ姫のベトナム人のスケート仲間のママが、おいしい料理を作って持ってきてくれました。<術後はもっとゆっくり休んで>とのやさしい気遣いにウータン母さんは、感激・感謝でいっぱいでした。

ベトナムでは、病気の後はビーフを食べない習慣があるようで、ポークのお肉でお料理して下さいました。ベトナムの風の味付けで、お肉もやわらかく本当においしかったです。何よりも、お料理に心がこもっていることが一番の味付けでした。

モンチ姫から、リンクでみんながママのことを心配してるよと聞いていました。リンクに戻ったら、本当にたくさんのスケートママ・パパから声をかけて頂いて心があったまりました。人に優しく・親切な心を忘れず、毎日のふれあいを大切にしていきたいと思います。

モンチ姫が、マジカルメーカーに初挑戦。写真のお絵かきを楽しんでいました。これから、写真はモンチ姫が担当です。



以前に、モンチ姫の学校での震災復興支援の活動についてレポートしたことがあります。5年生の学年が終わるギリギリまで活動を続けていました。学校で集めた義援金は、5月のはじめにリバーサイド市長が自ら仙台を訪問し、直接届けました。そして、そのお礼の意味もこめて、先月末より仙台市から代表5名の方が、リバーサイドに訪問されています。

仙台とリバーサイド市は、姉妹都市として50年以上の歴史があります。モンチ姫ファミリーが、リバーサイド市へ引っ越してきて4年。震災後に両市が姉妹都市であることを知りました。そして今、モンチ姫は仙台との交流グループの一員にまざって、仙台の方々との交流をあたためています。

先日は、5名の方との交流会に参加してきました。現地の方も参加されており、教会関係の方が素敵な心のこもった千羽鶴をプレゼントされていました。モンチ姫は、学校での活動のことを仙台の方に話していました。5名の中には、家を流されてしまった方もおられます。

<ありがとう。ありがとう>と涙を流されて喜んでおられました。

そして、今日はリバーサイド市のシテイーホールで開催された国際交流のパーテイに少しだけ顔を出したモンチ姫。会場には、仙台市の他に交流のある6都市の代表者も参加。仙台からのメンバーが持参された仙台の七夕の飾りを会場に設置。日本太鼓の演奏も行われました。

市長がおられたので、モンチ姫は市長に学校の活動を報告。後日、あらためて市長と会う約束をしました。これからも何かの形でモンチ姫は両市の間で、お役に立てる活動をしていくことと思います。

仙台からのメンバーに贈られた千羽鶴。

$<フィギュアスケート選手・テコンドー黒帯・自称ジャズシンガー>モンチ姫のUSAライフ

今日開催された国際交流のパーテイー。市長のオフィスがある階にある、夜景がきれいにみえるパーテイ会場への入り口。

$<フィギュアスケート選手・テコンドー黒帯・自称ジャズシンガー>モンチ姫のUSAライフ

市長と、仙台からのお客様と記念撮影。

$<フィギュアスケート選手・テコンドー黒帯・自称ジャズシンガー>モンチ姫のUSAライフ

今日現在のリバーサイド市が集めた義援金の総金額。

$<フィギュアスケート選手・テコンドー黒帯・自称ジャズシンガー>モンチ姫のUSAライフ
<モンチ姫のスケートライフ>更新;モンチ姫のピアノの動画を更新

ぱあ~っと話題をかえて、モンチ姫のピアノの発表会の話題です。<モンチ姫のスケートライフ>に、動画とエピソードを少々紹介しました。

このドレスが、即席ドレスです。退院した日に、ダンスとスケートで使用したものを組みあわせてゴージャスドレスに仕上げました。
<フィギュアスケート選手・テコンドー黒帯・自称ジャズシンガー>モンチ姫のUSAライフ

<フィギュアスケート選手・テコンドー黒帯・自称ジャズシンガー>モンチ姫のUSAライフ

これは、髪飾り。同じものが二つあったので、ドレスシューズにくっつけてみました。ちょっとデカすぎたかな?

$<フィギュアスケート選手・テコンドー黒帯・自称ジャズシンガー>モンチ姫のUSAライフ

小さな帽子に、スケートで使用した花飾りをくっつけました。

$<フィギュアスケート選手・テコンドー黒帯・自称ジャズシンガー>モンチ姫のUSAライフ

なっ。なんだ。これは?

$<フィギュアスケート選手・テコンドー黒帯・自称ジャズシンガー>モンチ姫のUSAライフ

ウータン母さんの、オ・ナ・カ。すみません。おみぐるしいところをお見せして。本当に、ざつにパッチン・パッチンととめてあります。でも、すでに昨日このパッチンもとってきました。今は、テープでおさえてありますが、何だか咳やくしゃみのたびに、ぱっこ~んとお腹が開いてしまいそうで怖いです。術後4日目の月曜日より、モンチ姫をスケートリンクにつれていくために運転も始めました。日本では、まだ病院のベットだと思いますが、アメリカは本当にタフでないと生きていけないとつくづく感じた次第です。

くっ。くさいなあ~。犬君そろそろお風呂にいれないと、、、。

と思いきや、臭いのはこのウータン母でございました。考えて見れば、かれこれ1週間ほどお風呂に入っておりません。何があっても、シャワーをあびないと寝れないほどのきれい好き?ウータン母が、こんなにきたなくなるなんて、、、、。顔はボロボロ。かみの毛も、、、、。

術後3日目ですが、シャワーはOKということなので、さきほどきれいすっきりしてきました。きれいになったところで、パンジー王子にお腹の記念写真をとってもらいました。この傷はいつか消えるのかしら、、、?まあ、ビキニをはいて海に行くわけでもないしなっ。もう完全おばさん開き直りです。

ご参考までに、ウータン母の今回の病気の内容を簡単に説明します。ブログの読者、特に女性の方で参考になることもあるかもしれませんので。何かのお役にたてればと思います。

6月中旬、腹痛で救急病院へ行った際CTスキャンの結果、盲腸かもといわれ出術かもと入院。同時にたまたま偶然に筋腫のかげもうつっており、あくる朝ベットにやってきたのは今回手術を担当した女医の産婦人科の先生でした。7cmぐらいの筋腫といわれたのですが、あまりめずらしいことではないのでまた後日検診することでこの時は軽く会話をかわしただけでした。一方、盲腸のほうは先生が手術するほどの状況でもなさそうなということで、様子見であと1日入院して退院。何のために入院していたのかわからず1ヶ月がたち、2回目の腹痛でまた救急病院へ。その時は、痛み止めをうたれて朝方帰宅。

その後の超音波の結果、胆のうのチューブ(管)がひろがっているといわれ、石かなんかがお腹の中をグルグル走り回っているのかと、このさい全部調べてほしいとお願いしたのでした。そして、1ケ月ほどまってMRIをとり、胃カメラに大腸検査と検査のオンパレードの日々が続いたのでした。その間に、いつ3回目の腹痛に襲われるのかいつも不安な毎日でした。特に、スケートの試合でラスベガスに行ったときは、ラスベガス周辺の病院を調べていったほどです。

胃カメラと大腸検査は同時に行われました。手術ではないのですが、ウータン母的には何だか初めてのことでドキドキでした。前日からの検査のための準備も大変でした。体力消耗。ヘロヘロ状態でした。麻酔もかけられるし不安だったのですが、その時もたまたま日本語が話せる看護婦さんが担当で、麻酔をかけられるまで色んな話をしました。この病院にも日本語はなせる人がいたんだとうれしくなり、他にいるかどうか聞いて見たら、もし将来手術するようなことになることがあれば、ドクターたけいをリクエストしたらいいですよと言われていたのでした。すごくいい先生だからと、まさか今回たまたまこのたけい先生と会うことになるとは、本当にラッキーでした。

話をもどしますが、胃・大腸とも検査結果はok。まったく問題なし。おどろいたのは、MRIの結果
ぺルビクスに何か見えるので、産婦人科に行けと。ペルビクスって何よと、医学用語辞典で調べて見ると、骨盤と書いてありました。骨盤の中には、子宮や卵巣や色んな臓器がくっついています。

えっ?結局6月最初に話したあの産婦人科の先生に戻るってこと?この3ヶ月なんと無駄な時間を過ごしたことか。婦人科以外のことばかりで原因を探していたので、婦人科はあとまわしになっていたのでした。とはいっても、こんなことがないかぎり、胃も大腸の中も検査しなかったと思うのでよかったのかもしれませんが、、、、。

大急ぎであの先生に予約をとり、再度の超音波の検査の結果右腹下に10cmほどの腫瘍があるが、写真だけでは詳しくわからないと。二つのチョイスがあり、空腹鏡検査でおへその下からカメラつきのチューブを入れて、お腹の中の状態をドクターの目で確かめる。しかし、この場合は治療ができないので、治療が必要な場合は再度回復手術になる。もしくは、どちらにしろ腫瘍があることは確かなので、2度の負担をするより、はじめから開腹手術をしてとってしまう。その際、子宮や卵巣のがん細胞の病理検査をその場でして、悪いならきりとってしまうという流れ。

開腹手術は想像しただけで怖かったので、空腹鏡検査をお願いして9月30日にその予約を入れたのでした。ところがその前に、3回目の腹痛が襲い掛かり、救急病院へということになったのでした。ここまでくると、空腹鏡検査などといってる場合ではありません。私も、また痛み止め点滴で痛みをごまかして家に帰ってあらためてとなると、もうめんどくせ~と思い入院して開腹手術で白・黒はっきりつけてくれという感覚になっていたのでした。

ところが、まさかの手術の延期。痛みもなくただ病院のベットの上で待っているだけという時間に、インターネットなどで情報をたくさんゲットしすぎてしまいました。逆にたくさんの情報がこれでいいんかなと混乱を招くこととなり、いやいやセカンドオピニオンをうけたほうがいいのではとか、日本に帰ったほうがいいのではとか、まあいたらぬことを考えてしまったわけです。それで、病院脱出も試みましたが未遂に終わってしまい断念。

情報も参考にする程度ならいいのだと思うのですが、あまり左右されるのはよろしくないなと思った次第です。一人一人、状況がことなるのですべてがあてはまるとは限らないのです。

特に不安になったのは、サインをさせられる時。ガン細胞がある場合は、子宮・両方の卵巣を取るということ。ちょっとまっておくれ。両方なくなったら、私はすぐにおばあさんになってしまう?

日本ではたしか温存治療が多いとか?やはり西洋医学では、何でもバサリと切ってしまうのかア~?

なるべく片方は残しておくれ~。と懇願しても、ガンの病巣を残したままにしておくと、それが広がる可能性がある限りは、絶対にきってしまったほうがいいとのこと。もちろん、年齢のことやこれから子供を産む希望があるかなど、各々の状況からその対応の仕方も変わってくるのかもしれませんが、全部とった場合は子供は産めないという内容の書類にもサインをしないといけないのです。

はっきり言って、今後3人目産む予定はまったくなかったのですが、もう産めなくなりますのサインをする時は、急に3人目がほしくなったりして、ホント気持ちが変なふうにぐるぐる動いていました。

手術前のガン腫瘍マーカーの結果は陰性だったのですが、こちらのドクターの考えは実際の細胞を見て検査するのが100%確かという考え。とにかくお腹を開いて見ないと確かなことが何もなかったのでした。たけい先生が、何故この手術に参加したのかというと、もしガンが見つかった場合の対応のためということでした。医学用語がわからなかったのですが、風邪をひくときにのどが腫れたりするのがあるでしょ?という問で、リンパ線のことかなと思いました。多分、ガン細胞がひろがらないように、リンパ線を切るのか、何かの対応をするのだろうなと思いました。しかし、たけい先生たらリンパ線とノートに書き写してましたが、正しいのかなあ?まちがったこと教えてたらどうしよう。でも、そんな感じで出術前の時間を過ごしたのでした。

それで、オペの最終結果なのですが、オペ自体は1時間ほどで終了。ウータン母が一番のぞんでいた通りの結果となりました。10cmにも大きくなった腫瘍のみを取り除き、ガン細胞も発見されず子宮も卵巣もそのまま残りました。果て?たけい先生の出番はなかったのかな?と思いきや、なんとまあ盲腸が赤く腫れていたので、ついでに切っておきましたとの報告。たけい先生は、私の盲腸を切ってくれたのでした。

思えば6月に、盲腸かもといわれたのもあたっていたのです。ただ、はれたぐらいの状況だったので緊急性を要せず、あまりはっきりした判断がスキャン上では出せなかったのです。お腹をあけてみなければわからなかった盲腸の腫れ。空腹鏡検査をやっていれば、再度全身麻酔をすることになり体に負担がかかったことなどを考えれば、すべてがうまくいったのだなと感謝です。

あまり参考になるような情報はなかったかもしれませんが、これもあくまでにもウータン母さんのケース。情報収集やたくさんの意見を聞くのも大切なのですが、自分にはあてはまらない情報もたくさんあります。大事なことは、最終的には信じることではないでしょうか。不安や心配でどうにかなりそうになるのですが、それでも希望をもつこと。関わってくださるお医者さまを信じること。目が覚めたとき、どんな結果を聞いたとしてもしっかり受け止められるだけの強さを持ってのぞむこと。つまり腹を決める・覚悟を決めること。決してやさしいことではありませんが、そんなことを感じた今回のウータン母の貴重な体験でした。

さあ、3人目がんばろうかなあ~。おいおい。お腹が痛すぎて、それどころじゃありましぇん。

女性の皆様、健康診断はかかさずに。日ごろのチェックが大事ですよ。












これは、6階の病室から見えた外の風景です。でも、術後3日の今日は我が家でお目覚め。目覚めたとき最初に見えたのは、犬のポッキーのお顔でした。昨日からずっとウータン母さんのそばをはなれないポッキー君です。

$<フィギュアスケート選手・テコンドー黒帯・自称ジャズシンガー>モンチ姫のUSAライフ

2階まで階段をのぼるのがつらいので、リビングのそふぁーで寝ました。ちょうどいい硬さで快適です。お腹の痛みがとれるまで、いっときこのソファーが私のベットです。

今日は日曜日。久しぶりにパンジー王子と二人で過ごしています。モンチ姫は、ピアノの発表会なのです。もし、退院が今日だったら発表会はキャンセルする予定でしたが、何とかギリギリ間に合いました。昨日、家に帰ってきて大急ぎで今日着ていくドレスの準備をしました。予定外の入院で、何も準備できていなかったので、家にあるものでダンスやスケートのコスチュームを上手に組み合わせてオシャレなドレスにしあげました。髪のかざり・靴にも色々工夫して、すごく素敵になりました。

さすがに、ウータン母さんはお腹がいたくてまともに歩けないので、パパさんがつれていきました。問題は、この一週間モンチ姫がピアノの練習をまともにしていないということです。ちょっと今日の朝聞いてみたら、やば~という感じでしたが、楽しんできなさいと送り出しました。途中でとまったって大丈夫。笑顔・笑顔。スウィング・スウイング。最初から何度でもやり直せばいいよ。

さて、ウータン母さんは、軽くあらいものしたり、ご飯たいたり、そのぐらいのことを少しづつしています。あいかわらず、お腹は痛いですよー。あと、咳をして肺にたまった痰をとらないといけません。この咳がつらいです。あとあいかわらず、息が深く吸えないので、ポンプを使って肺の筋肉を1時間ごとに鍛えています。

$<フィギュアスケート選手・テコンドー黒帯・自称ジャズシンガー>モンチ姫のUSAライフ

これは、モンチ姫のスケート仲間が寄せ書きしてくれたもの。子供達のやさしさに感謝です。

$<フィギュアスケート選手・テコンドー黒帯・自称ジャズシンガー>モンチ姫のUSAライフ

ついでに、ベットの上での食事中の様子。モンチ姫がくると、いつも狭いベットに一緒に横になって食事をして、テレビを見て楽しみました。

$<フィギュアスケート選手・テコンドー黒帯・自称ジャズシンガー>モンチ姫のUSAライフ

そろそろ、モンチ姫のピアノの発表会が始まる頃です。がんばってねえ~。

やばい。やばい。今NHKで、相撲トーナメントの決勝戦のニュースを見ていて、ついつい力んでしまいました。お腹いたいよー。はくおうさん優勝おめでとうございます!!
こちらは、現在土曜日の朝9時。木曜日の夜が手術だったので、術後2日目となります。今、手術を担当した女医のブライアン先生がやってきました。本当にかっこいいんです。女性でも思わずうっとりしてしまいそうなぐらいです。モデルさんとしても、十分やっていけそうな美しさです。

今日は、すでにすべてのチューブがはずれました。基本的に薬がキライなウータン母は、準備してあった痛み止めのモルヒネの点滴を一度もしようしませんでした。軽い痛み止めのピルを、しかも半分にしてもらって2回のんだぐらいです。

傷口をはじめてみました。ひええー。ホッチギスのでかいシンが20個ぐらいささってました。お腹を横切り15cmといった感じです。まだまだ動くと痛いのですが、ドクターが、今日家に帰っていいわよとのこと。術後2日目にして退院。いいのか悪いのか、不安がいっぱいです。何よりも、家に帰ってしまうと、いつものクセで、いえの掃除を始めてしまうかもしれません。(笑) こんな早い退院は、きっと日本では考えられないのでは?

となりのおばちゃんも、昨日の夜帰って行きました。あなたが来てくれて楽しかったわ~と、別れをおしんでくれました。私が絶食中に3度の食事をたのしんでいたおばちゃん。しかも、見るテレビはお料理の番組ばかり。日本食のことを聞かれ、たくさん教えてあげました。

手術の麻酔の影響で肺の動きがにぶっていて、機械を使って息を吸い込むことを繰り返しています。

それにしても、こちらの看護婦さんは、んー一言でいうと、雑?です。いい言い方をすれば、さばけてるといううのかもしれませんが、、、。日本は本当に白衣の天使と呼ばれてふさわしいとおもいます。こちらには、フィリピン人の看護婦さんがたくさんいます。フィリピンで看護婦の勉強して資格をとると、アメリカに簡単にビザをとってこれるのです。日本とアメリカの間にはそのような制度はありません。しかも、歯医者さんを含め医者の勉強をするのも、フィリピンの方が学費が安いので、たくさんの学生がフィリピンで学位をとってアメリカにやってくるのです。

フィリピンの看護婦さんは、比較的日本人の感覚に近く丁寧なのですが、、、、。言っていいのか、特に白人の看護婦さんは、さばけすぎていて自分のすべきことに夢中で、あまり患者さんへの親切さというか、あったかみを感じません。黒人のおばちゃん看護婦さんにも当たりましたが、こちらは動きががかなりスローで、私がやりましょかと思わず言ってしまいたくなる感じ。口に入れる機械を袋から出す時に下におとして、ふきもせずここから吸えと言われ、まくらも下におとし、という感じです。病院内も土足なので、日本のキレイさになれているとどうも気になって仕方ありません。

そうそう。昨日の夜は珍しく男の看護師さんでした。マッチョマンでスキンヘッドで、しかもタトウーをしていて、一見ヤクザ風です。でも、すごくこまかくて一生懸命やってくれました。よりにもよって、下のチューブをはずす時に担当だったのでイヤでしたが、丁寧にやってくれました。看護師になるきっかけは何だったの?と聞いて見たら、人のめんどうをみること好きなんだという答え。見た目だけでは人は本当にわかりませんね。優しい青年なんだなと思いました。

その他にもたくさんのインターンの学生さんとも話しました。ほとんどが、バイオサイエンスを専攻していて医者をめざす卵ばかり。一人の女の子は、カレッジのプログラムでたまtま病院のボランティアを選び、ボランティアをしているうちに、自分がやりたいことは、看護婦だと気がついたそうです。その子は大学生になるまえに、色んな分野の体験をしておくとよかったといってました。高校でも、裁判所のケースに参加したりと色んなチャンスがあるようです。パンジー王子も、今のうちに色んなことを体験させて、自分自身で何かを感じ取る事が大事だなと思いました、

今回の入院、手術は痛いおもいはしましたが、最高のお医者さんに巡り会い、たくさんの実りある話しを聞く事ができて、ウータン母的の役目を果たした感じで、満足ないい体験ができたようにおもいます。

ウータン母自身もいつも無理をしてしまうクセがあるので、今後は健康に気をつけてといういい教訓になりました。しかし、家に帰ってからのリハビリが恐怖です。また、モンチ姫といつものように手をつないで学校の送り迎えができるように、スケートの練習にもつれていけるように、痛みとの戦いですが頑張ります。

しかし、ベットは快適でした。飛行機のファーストクラスにのっている感じでした。
間違って公開のボタンをおしてしまいました。

今の状況は、とても喉がかわきます。お腹をベルトで固定していますが、咳をすると痛むので大変です。鼻にささっているチュウブから酸素を送ってもらってますが、大きな鼻くそが詰まっている感覚で早くチューブはとりたいです。一方下にささっているチューブにはまったく気がつかず、おかしいなあ。おしっこ全然したくないなと思っていたら、自然と出してる様子です。(笑)

先ほど腸の動きを活発にする薬を飲んだので、腸が何だか動いてる感じで変な感覚です。ガスをださないと、夕食ぬきとおどされ、今(おならの歌)を作詞、作曲しています。モンチ姫が歌ってくれたら、腸もうれしくなって、腸ダンスが始まりすぐ出そうなのですが、、、。

点滴で腫れていた腕の腫れもおさまってきますいた。

ううっ。腰がいたいです。同じポジションはつらいですね。手術前にラジオ体操しておいたのに、、、

おっ。今、ジュースとコーヒーがきました。この続きは、また後ほど~。
現在、こちらは午前10時。7時ごろ夢からさめました。学校に行く前のモンチ姫とも電話で話せたので少し心配も安らんだと思います。パンジー王子は、6:40から授業が始まるので話せませんでしたが、昨日麻酔をかけられる直前に電話があり、声がきけました。

いやーこんなに楽しい手術になろうとは。どんな状況も明るくと思っていると、手術室の中まで明るい雰囲気となるのです。昨日の午後5すぎに、白いリムジンが迎えにきました。そうです。よくドラマのシーンに出てくる手術室に行く時に乗せられるあの白いストレッチャーです。となりのおばちゃが、ちょうど夕食を食べるところだったので、私の為に何かこっそり残して置いてねと冗談から始まりました。廊下が長く、窓から見える外の風景を楽しみながら、いつものごとくピースサインで写真をパチリ。

手術室のとなりの部屋に到着。少しひんやりしてました。そこで、再度いろんなものにサインさせられます。この医学用語がネックです。パパさんも一生懸命に説明してくれて何とかなのですが、やはりこういう状況の時は、日本語の方が気が楽です。そのうちに、ドクターがはいってきました。

ん?女医さんだったのに、中年風のおっつあん先生です。一瞬不安がよぎりました。とその瞬間、、。

〈わたし、たけいと申しますの。〉はっ?

そう。日本語が話せる日本人のドクターだったのです。ここにいきつくまで英語のストレスもあったのですが、いっきに吹き飛んでしまいました。

〈わたし、今日お手伝いしますの〉わあ~うれしい。とドクターと手をとって喜びました。たぶん、上品なお母様なんでしょう。お母様の話し方の口調そのままのような感じです。そこから、その先生と手術とは関係ない話しでもりあがり、担当の女医さんが入ってきたのも気がつかない状況でした。ドクターも、諸々のフォームにサインしないといけません。話に花が咲きすぎて、なかなか手術の準備もすすまないというハプニング。やっとこさで、隣りの手術室へ移動。ここでパパさんとお別れです。

もっとひんやりとしていて、真ん中に大きな丸いらんぷ。ベットよりせまい手術台。この独特な空間を興味深そうにながめながら、〈私は今、宇宙ステーションにいるのか?〉と言ったら、緊張のおもむきで手術の準備をしていたアシスタントまでもが、笑いの渦に。真ん中の狭いベットに移動した時、〈魚になった気分だわ。あんまり、きりきざまないでね〉とのウータン母さんのリクエストに、また笑いの渦。まよこに、たけい先生がすわったのでまた、日本語で話しがもりあがり、手術直前というのに手術室は笑いでいっぱいでした。らちがあかないので、アシスタントが無理矢理マスイのマスクをかけました。(笑)

夢の中へ入る前に、たけい先生に〈お休みなさ~い)と手をふりました。そして、、、

お腹ががすごく痛むのを感じ、(おいおい。まだ麻酔がきいてないよー。おなかまだ切らないでー)と訴えたいのですが、呂律が回らず(アウチ、アウチ=痛い、痛い)とマスクの中でいい続けました。あとで聞くと、手術が終わった後、麻酔が切れかけて痛かったのだそうです。あまりにも、痛い。痛い。とうるさかったらしく、強烈な薬でコテッと深い眠りについたのだそうです。

となりのおばちゃんが、朝ご飯のことでもめていて、それがうるさくて目が覚めました。何時にベットにもどってきたのか聞いたら、夜中12時ごろだったとのこと。まさか、となりのおばちゃんから、凄いイビキかいてたわよー。といわれることになろうとは。逆を心配してたのに。