最近、つくづくおもうのは

わたしは、私の人生を自分で決めて生きてきた?


実は、自分で決めてきた実感がなくて

たぶん、ずっとそれが根底にあって

苦しいんですね。


いつも、誰かのせいにして

不満をかんじてしまう。

わたしは、こうしたかったのに

あなたのせいで、こうなった、、と。


わたしは、あっちの道にいきたかったのに

違う道につれていかれたと。


だけど、それに反発しなかったのは

私だし

結局、その環境から逃げなかったのは

私の弱さと、あきらめだった。


選択したのは私だった。


とある方のblogをよんでいて

コロナワクチンをうつ、うたないの判断について

書かれてあり

ここでも

不本意ながら打ってしまった自分に直面させられた。


実は、私の妹夫婦は打たない選択をして

もちろん感染はしたくないから

きちんと対策はしているが

割りとどこにでも出掛けていて

自由に生きている。

そう、彼女たちは異物を拒否し

でも、今を楽しむことを一番に選択をしたのだ。


私など怖すぎて、ここずっと

外泊はもちろん、遊びにもなかなかいけていない。


わたしは、打ちなくないのに

打たないと外に出られないという

勝手な観念に囚われ

また、家族からの圧力もあり

そうしないと、軋轢を生むとおもい

打つことを選択をしたのだ。


そう、すべては、私の思い込み。


そして、その思い込みに耐えられず

打つことを決めたのも自分だった。


結局、それは、自分がブレブレなのである。

他人の目が怖いだけなんだなーと


そして、はっきりいいますが

わたしは、わたしがワクチンをうつことで

周りの人に感染させたくないから

という、理由はまったくありませんでした。


なんとなく、それが正義みたいな

風潮になっていることが

そもそも嫌でした。


あなたの大切な誰かのためにワクチンを

なんて偽善のなにものでもないと。

ただ、うつしてしまったら

わたしが怖いだけなんです。

加害者になるのが、怖いだけなんです。


そのみえぬ不安から逃げただけ


それが、私の人生なのかと思うと

切ないんです。

嫌なんです。

もっと自由にいきたいです。