「普通の何でもない日
じゃ嫌よねー」
とか言いながら、その日を選んだような
気がする。
そういう人。(笑)
ずっと闘病生活を送っていて、
昨年の夏からは何度かヒヤヒヤすることがあり、昨年末も慌てて帰省したことがある。
いつか訪れると覚悟をしていた日なの
だけど、年越しに外泊をさせて、
家族に囲まれてワイワイしてからは、
劇的に元気になり、退院までして、
3週間くらい在宅だった。
このまま良くなるんじゃないかなーって
期待しちゃったのよね。
年が明けたら、厄が落ちたね〜って
笑ってたのに。
それなのに、あれよ、あれよと悪化して、
北海道に飛ぶことになってしまった。
病院についたときには、呼吸も苦しそうで、
いっぱい話しかけたけど、目は開かなかっ
た。
また少し回復しても、こんなことの繰り返し。辛すぎるよね。
頑張ってというのは、残される側のエゴだなと思い、「もう頑張らなくていいよ」って
声をかけた。
もう十分すぎるほどがんばったもの。
孫たちに囲まれて、長いとは言い難い72歳の人生に幕を閉じました。
まだまだこれからって時に、
骨髄異形成症候群になって、毎週輸血して、
大好きな旅行にも行けなくなっちゃって。
そうしてら、元々の間質性肺炎が悪さを
するようになって、在宅酸素になり、
ますます自由が利かなくなった。
まだなんかよく分からなくて…
これからの日常で、LINEが来ないなとか、
ツムツムのハートが送られてこないなと
いうことで、いないんだと実感していく
のかもしれない。
母は、若い頃から本当に綺麗で華やかな
人だった。
遠い昔、私が子供の頃はナースをしていた。
こんなナースいるんだな
地味なものは好まないので、しっかり
メイクして、マニキュアを塗って、
70代のばぁばが寝ているとは思えない
様で、棺の中に横たわっていました。
華やかな戒名も、付けてもらったし
今頃苦しさも取れて、元気に飛び回っていることでしょう。
ずっとケニアなんかにいて、親孝行な
娘じゃなかったかもしれないけど、
「親よりも長く生きる」
ということが、1番の親孝行かもしれない。
母が安心していられるように、
一生懸命生きていかなくちゃね。
生前お世話になった方々、葬儀に参列してくれた方々、ありがとうございました。

