がむしゃらに努力したり行動したりして、実りがなかったことって、やっぱり背後に欠乏感があります。
たとえば、東大に入るためにたくさん受験勉強をしていた時のことを思い返すと、
「東大に入らないと、私には価値がない」とか「落ちたら、あとがない」
とは全然思っていなくて、ただただ純粋に
「東大ってどんなとこだろう?面白そう。行ってみたい!」と思っていました。それで、ちゃんと合格しました。
でも、医薬翻訳の勉強をしていたときは、
「医薬翻訳だったら安定して仕事が入り、自信を持てるようになりそう」
と、とにかく安定を求めていました。やりたい、とは全然思っていなくて、「医薬翻訳者」という肩書きが欲しかった。
で、結局師匠のところであと一歩で仕事をもらえるレベルにいく、というところで、心底嫌になってやめてしまいました。
ほかにも、100万円かけてコンサルをつけて起業した時も、
「安定した年収を稼いで、安心して自信を持って暮らしていけるようになりたい。これで成功したら、自信を持って生きていける。今の私のままではダメダメ」
と思っていたので、これも結局、情熱が続かず、停滞してしまいました。
純粋に「やりたい!」という思いがあるときは、別にそのやりたいことができなかったら、私はダメだ、という欠乏感はなくて、ただやりたいだけ。
「やらなきゃ!これで成功するんだ!」みたいな思いで始めるときは、その背後に「私はこれを手に入れないと、負け組のままだ」みたいな欠乏感があるので、その欠乏感から始めたことは、全然実らない。楽しくないし、続きませんでした。
不安な思い、これじゃダメなんじゃないか、人から責められるんじゃないか、という思いから、いくら行動しても、うまくいきません。本当に。
でも、努力していると、何だかうまくいくような、自分が正しい道を進んでいるような気がするものです。
何でもいいから資格を取ったり、行動したり、ルーティーンを決めて守ったり、したくなるのは、不安だから。
そういうときは一旦立ち止まって、「私はこれを本当にやりたいのか?不安だからやっているだけか?」自問するのが、回り道なようで、近道なんだと思います。
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