がむしゃらに努力したり行動したりして、実りがなかったことって、やっぱり背後に欠乏感があります。

 

 

たとえば、東大に入るためにたくさん受験勉強をしていた時のことを思い返すと、

 

 

「東大に入らないと、私には価値がない」とか「落ちたら、あとがない」

 

 

とは全然思っていなくて、ただただ純粋に

 

 

「東大ってどんなとこだろう?面白そう。行ってみたい!」と思っていました。それで、ちゃんと合格しました。

 

 

 

でも、医薬翻訳の勉強をしていたときは、

 

 

「医薬翻訳だったら安定して仕事が入り、自信を持てるようになりそう」

 

 

と、とにかく安定を求めていました。やりたい、とは全然思っていなくて、「医薬翻訳者」という肩書きが欲しかった。

 

 

で、結局師匠のところであと一歩で仕事をもらえるレベルにいく、というところで、心底嫌になってやめてしまいました。

 

 

 

ほかにも、100万円かけてコンサルをつけて起業した時も、

 

 

「安定した年収を稼いで、安心して自信を持って暮らしていけるようになりたい。これで成功したら、自信を持って生きていける。今の私のままではダメダメ」

 

 

と思っていたので、これも結局、情熱が続かず、停滞してしまいました。

 

 

 

純粋に「やりたい!」という思いがあるときは、別にそのやりたいことができなかったら、私はダメだ、という欠乏感はなくて、ただやりたいだけ。

 

 

「やらなきゃ!これで成功するんだ!」みたいな思いで始めるときは、その背後に「私はこれを手に入れないと、負け組のままだ」みたいな欠乏感があるので、その欠乏感から始めたことは、全然実らない。楽しくないし、続きませんでした。

 

 

 

不安な思い、これじゃダメなんじゃないか、人から責められるんじゃないか、という思いから、いくら行動しても、うまくいきません。本当に。

 

 

 

でも、努力していると、何だかうまくいくような、自分が正しい道を進んでいるような気がするものです。

 

 

 

何でもいいから資格を取ったり、行動したり、ルーティーンを決めて守ったり、したくなるのは、不安だから。

 

 

 

そういうときは一旦立ち止まって、「私はこれを本当にやりたいのか?不安だからやっているだけか?」自問するのが、回り道なようで、近道なんだと思います。

 

 

 

 

 

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今週も3歳息子のお風邪が治りきらず、小児科へ行ったり、家で相手をしたりで、今日ようやく短時間だけ保育園へ…

 

 

洋服で過ごすつもりが、涼しいので着物にラブラブ

 

 

3歳というかわいい盛りにできるだけ一緒にいたいという思いと、

早くひとり時間がほしいという思いと、、

 

 

 

そんななか、

おなじみの津留晃一さんの文章を読み直していて、自分自身がまだまだ

 

Inside - Out(あり方、意識を整えると、自然に映し出される現実が変わる)

 

ではなく、

 

Outside - In(現実を変えれば幸せになれると思って、変えようと躍起になる)

 

だったな、と気づいて、あり方を見直しています。

 

 

息子が保育園に行ってくれて、ひとりになったら、ホッとできて、幸せになれる、というのもそのひとつ。

 

 

確かに保育園に預けて一人になった途端、めちゃくちゃホッとするのですが、(笑)

 

 

息子と一日中一緒にいて、部屋が散らかり放題で、

始終「ママこれみて」「ママママママ〜!!」と呼ばれて息子がトイレまでついてきても、

 

 

内面に意識を向けて、外側の状況に一切関係なく、今すぐここで「幸せ感」を感じることはできたんです。

 

 

 

「あ、できるわ!」と気づき、

「そうか、これをやり続けるってことなんだな」、と自分のあり方を見直すことができました。

 

 

 

長年の癖でつい「〇〇になれば、もっと幸せになる」「〇〇にさえなれば…!」

という思考回路が出てきます。

 

 

その根底には、

 

「自分のゆったりできる時間が無い」という欠落感があり、

「それがないと、心の底から幸せにはなれない。だから手に入れなくては!」という欲求、欠乏感があります。

 

 

そういう欠落感が出てくると、必ず「嫌な気分」になります。これが目印です。

 

 

 

嫌な気分になったときは、いつでも

 

「Outside-In思考(〇〇があれば、幸せになれるのに)」

 

が発動しています。

 

 

 

いますぐ、周りの状況に全く関係なく、脈絡なく、幸せを感じていい。

 

そこからしか、周りの状況は変化していかない。

 

 

Inside Out のあり方を、今日も実践中です^^

 

 

 

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20代で鬱になり、そこから20年間「幸せに生きる方法」を探求してきた終着点は、一言で言うと、

 

 

私は人間ではない。

(私がいると思っている、この世界全部が私の意識のあらわれ)

 

 

ということでした。(!)

 

 

 

この西村ナオミという名前をもつ、40過ぎの女性だけが「私」だと思っているから、(私ではないと思い込んでいる)ほかの人と比べて、

 

 

ちゃとしたキャリアがない…

 

収入が不安定…

 

成功したい…

 

 

 

 みたいな「悩み」が出てくるわけです。

 

 

 

そうではなくて、私というのはこの世界そのもの。

 

 

私というのが自分が体験している「現実」という世界を創り出している意識そのものだとしたら、他人というのも全部自分の意識の表れであって、比較したり、批判したりする対象ではなくなってしまいます。全部自分なので。

 

 

「私にはお金を稼ぐ能力が欠落している」という思いがあると、

「たくさん稼いでいてうらやましい」と思う他人を自分の世界に創り出します。

 

 

反対に言えば、不安や不満や嫉妬を感じたときには、自分の中にどんな欠落意識があるのかを知るチャンスとも言えるわけです。

 

 

 無意識のうちに抱いている欠落意識に気づくことができれば、「あ、これもできないと思い込んでいたけど、私は何でもできる無限の存在なんだった」と思い出すだけでいいのです。

 

 

 

さっきの例で言うと、「私にはお金を稼ぐ能力が欠落している」という思いに気づいたら、「勝手にそう思い込んでいるだけだったわ。私は無限の存在なんだっけ。稼ぎたくなれば、稼げるんだろうな」と思い出すだけでいいんです。

 

 

 

自分のことをただのひとりの人間だと思い込んでいるから、すごくたくさんの制限があると思い込んで生きている。

 

 

 

でも、本当はこの世界全部を創り出すことができる全知全能の意識体なのです。

 

 

 

ちょっとぶっ飛んだ話に聞こえるけど、私自身、長年探求してきて、これしかないな、とようやくたどり着きました。

 

 

 

「もっとこうしたら」「ああしたら」成功して幸せになれるかも!と思い込んで、いろんな方法を試す。

 

 

 

努力に努力を重ねて…ハイハイ

 

 

 

でも全然、うまくいきませんでした。だって、「今の私は成功していない」と思っているから、その思いがそのまま世界に映し出されていましただけだったんです。

 

 

 

 

誰かを羨ましいと思うのは、「自分にはできない」と思い込んでいるから。

 

 

 

そう言う時は、「私にもできるんだった」と思い出して、「いいなぁ〜〜」と言う素直な気持ちに浸ること。自分の人生にもそれを取り込めるんだ、と知ってウキウキしておくだけでいいんです。

 

 

 

 

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noteに書いたり、Amebloに書いたり、定まらないまま来てしまっています。

 

 

最近はまた、「やっぱりアメブロの方が書きやすいかも…」とブレブレ。ごめんなさいねー

 

 

今日も着物。暑いけど単衣に夏帯、猫ちゃん。

 

 

そんな私もずっとぶれないのは、Inside-Out の視点が面白い!ということです。

この原理を知ってもらい、それに即した一番効率的な生き方を実践して伝えていきたい、という思いはブレていない!と今朝気づきました。

 

 

Inside- Outとは、いろんな意味がありますが、

私がこの言葉で表現したいのは、

 

世界という外側は、意識という内側のあらわれ、

 

ということです。

 

 

必死になって世界を、外側を変えようとするしんどくて実りの少ない生き方をもうやめて、内側を整えて、楽に流れに乗っていく生き方にシフトしよう!ということでありまして、私自身、この2年ほどは、特に集中してこのテーマに取り組んできました。

 

 

圧倒的に、楽です。

 

 

 

これを具体的に実践する方法としては、本当に人それぞれ、さまざまな方法があります。

私がこの2年ほどの間に取り組んできたのは、

 

 

ノート術(設定変更)や感謝ワーク、ジャーナリング、右脳回帰のためのエレベーター呼吸、ホ・オポノポノ、セドナメソッド、ザ・ワーク、などなど

 

 

その時に気が向くものをやっていくといいと思うのですが、

やってみてわかってきたのは、どれも共通した仕組みに基づいていて、それを知っておかないと、せっかく実践しても効果が出にくいということです。

 

 

結局、「自分で、自力でなんとかしよう」としている間は、うまくいかないのです。

 

 

その「私が!」という自我意識と、そのベースにある恐れの感情に気づいて、観察して溶かす。

 

それとともに、今ここにある身体感覚に意識を結びつけておく。

 

 

あとは、この世界の仕組みをアタマで理解すること

 

 

これを継続してやっていくだけで、どんどん生きるのが楽になり、ものごとがうまくいくようになる、という体感があります。

 

 

 

この世界の仕組みについては、津留晃一さんのサイトにまとめられているので、そちらをぜひ見てみてほしいです。

 

 

この仕組みがよく理解できていないまま、ノート術やら感謝ワークやらをやってみても、しんどいだけで、なかなかうまくいきませんでした。

 

 

「これをやれば、お金が引き寄せられるらしい!」と感謝ワークを頑張って続けてみても、

 

 

「私の手元には、お金が少ない(からもっとほしい)」という意識を放ち続けていく限りは、どれだけ表面的に感謝しても、意味がないのですゲッソリゲッソリゲッソリ

 

 

そして、感謝しまくることよりも、その欠乏感に気づいて手放すことの方が、近道というか、それをしないと、ずっと効果が上がりません

 

 

「恐れ=欠乏感に気づいては手放す(観察する)」という、地味な作業を淡々とやり続けていくのが、最短距離なのです。

 

 

気づいたら雲が晴れて、晴れ間から愛と豊かさという光が降り注ぐようになります。

 

 

雲、という自力が消えていくと、何もできない無力な自分のままでいられるようになり、結果としてこの世界を創り出している大元のエネルギー、他力が上手いことやってくれる状態になっていきます。

 

 

やりたいこと、好きなことが出てきます。

 

 

 

やることをまとめると、

 

✔️ この世界の仕組みを理解する

 

✔️ 身体感覚に意識を向け続ける練習を続ける(筋トレと同じ)

 

大きくはこの二つです。頭がぐるぐるするときや生きるのがしんどいときは、自力でなんとか「問題」を解決しようとしているときです。

 

 

解決しようとすればするほど、問題はくっきりと浮かび上がります。

 

 

そういう時に、「あ、違ったちがった。あぁ、まだこんな恐れがあったんだ。ふーん」とちょっと上の方から自分を眺めるだけです。

 

 

または神視点に戻って、「人間になって、こういう感情を味わいたかったんだよな〜〜」とやると、たいていの恐れは消えていきます。

 

 

 

頭で全部済ませる生き方から、胸と腹に意識の中心を落としていく生き方へ。

 

 

 

なぜそれがほしいのか?その元にある欠落感を直視して、その恐れの身体感覚を感じて溶かしていくこと。この地味な生き方のシフトこそ、私の伝えたいことなのです。

 

 

そのほうが、しんどくないから。うまくいくからです。

 

 

 

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こんにちは、西村ナオミです。

 

 

 

今月に入って、これまで先延ばしにしてきた引っ越しが急きょ決定し、バタバタと準備や手続きに追われています。

 

 

奈良県内での引越しですが、物件を見に行ったり、引越しの見積もりをしてもらったり、保育園の手続きに行ったり、断捨離をしたり、急にやることが増えました。

 

 

というわけで、息子の保育園が落ち着くまでは、当面、個人セッションはお休みさせていただきます m(__)m

 

 

今は義実家から寄せられた大量の着物を選り分けて、自分の着るものに絞ろうと日々あぁでもない、こうでもないと格闘しています。

 

 

急に現実的な仕事が増えると、すっかり「神の視点」を忘れてしまいますが、それでも朝、「存在の喜び」に意識を向けると、とても落ち着きますし、至福感がやってきてくれます。

 

 

ただ存在するだけで満たされている、と思い出すと、私の場合は、腰椎のところに

温かさを感じます。

 

 

腰に意識を向けるだけで、温泉に入ったかのような気持ちよさを感じて、「絶対にこうすべき」とか、「あれとあれとあれを済ませて」というような焦りが溶けていきます。

 

 

 

「そうでなくてもいいんだった」「全部、私の意識が映し出されているだけだった」と思い出すだけで、力んでいた肩のあたりの力がゆるみます。

 

 

 

(これは普段用の置物です。

 

着物が大好きすぎて、「あれもこれも置いておきたい」と、なかなか量が減りません…が、だいぶ減らしました。

 

 

着ない分は、東京の義理の叔母にお送りする予定です。

 

 

また普段から着物を着る生活をしたいなぁと思っております。)

 

 

 

 

 

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