「~しなければならない。」
小さなときから慣れている言葉。
いつの間にか自分で「しなければならない」と
決めつけていることも多い。
でもね、しなければならないことをしないとき、何が生まれますか?
罪悪感![]()
すべきことをしていない罪悪感。
また、すべきことをしていない・・と思う罪悪感は、
あなたを過去の出来事そのものではなく、
感情に時に縛ります。
感情はあなたの世界を作り出す情報源。
過去にとらわれた感情に囚われると、
「今・ここ」で自分が何を感じているかが
わからなくなる。
ちょっとしたことですが、このGWにそんな体験をしました。
どうしてもいやだ~
といっている自分の声が聞こえています。
普段なら、「丸くおさめるために、私が我慢すればいい」と思いがちです。
でも今回は「やりたくないけど、どうしたらいい?」と
そこで初めて頭を登場させ、
メールで伝えようと決めて送りましたが、
なんとアドレスが間違っている(泣)
でも、一度は伝えると決めて送信したメールです。
すっきり
しました。もう感情は成就です。
「起こることはすべて必然」 。今はメールするときではないと穏やかに考えられます。
最善を尽くしているのだから。
だから、決めました
感情をもとにして生きることを。
きわめてシンプル。
感情を暴れ放題にすることとは違います。
何かの行動を起こすときに、「しなければならない」を物差しにするのではなく、自分の感情を成就させてあげることを一番に考えるということです。
「やりたくないのに、やったから疲れた」ではなく、「やりたくないから、断れてよかった」。
感情と行動が素直に続くありかた。そうした行動の違いは結果としてホッとできるか否か。
心からその「ホッ
」という味を知れば、自分の感情に信頼が生まれます。
反対に、「しなければならない」を基準にするとき、周りに配慮してあなたは自分の感情にフタをし、それは本来のあなたを隠すことですから疲れます
。ただ、周りはそんなのお構いなしです。自分の責任で選択した、と思うあなたは、そうした選択をした自分を責めるかもしれません。
でも実は、やるべきことって何一つありません
だから、物差しにはなりません。機械だったらあるけれど。
あえていえば、自分に誠実であることだけ。
あなたらしくイキイキ
とあるには、感情をあなたの中で自由に流すことで、本当に望んでいることが何かがわかります。そして自分の望みを叶えてあげるために考えて、決断して、行動する。
私たちはいつのまにか「しなければならない」の僕になり、そしていつの間にか、自分を頭で考える「枠」に収まるように調整してしまいます。
あたまの世界はそれが安定するように感じ、安心するからです。
でも、実は、感情を基準に考えて行動することが、自分の中のすべての統合、そして調和
につながります。
行動したことで「スッキリする」「ホッする」・・・これがあなたらしさが表れているなによりのサインではないでしょうか![]()
