知らない町のどこかに

一人で立っていた。

どうしてここにいるのか

私にも分からない。


今までのことなんにも
覚えていなかった。
人混みの中ポツンと
途方に暮れていたんだ。


私は誰なんだろう。
…私はどうしてここにいるの?


青い空は澄んでていて

いつもより綺麗で

なぜだか涙が止まらなくなった。

風が吹いたせいなのか?

雲はどこへ行ったんだ??


…こんなこと考えていても

私が一体どこの誰なのか
自分では思い出せそうにはなくて


「…あの。」

私は人混みの中で、
ある1人の女性に話しかけてみた。

?「え?あ、どうしました?」

「私のこと知ってますか…?」

?「知らへんなぁ…有名人とかですか?」

「そうじゃなくて…。
私って…誰なんでしょうか…?」

?「…ちょっとお話しましょ?」

「はい。」

私が勇気を振り絞って話しかけた彼女は
すごくいい人だった。

カフェに連れてきてもらい
ゆっくり私の話を聞いてくれた。

そして彼女の話もしてくれた。

彼女は、山本彩さんって名前の22歳の女性。
シンガーソングライターになりたくて
20歳の頃に地元から離れ東京に出たんだとか。
今日も路上ライブを終えて自宅に帰ろうとした時に私に声をかけられたらしい。

私は自分のことを何も知らないから、
彼女に私のことを何も教えてあげることが
出来ないのに彼女は私に色んなことを
教えてくれた。

彩「君はたぶん記憶喪失やな。
でも、自分のこと以外は覚えてるんやな?」

そうなんだ。

カフェ …シンガーソングライター… 記憶喪失…

東京 … 地元…

そんな単語は理解ができるんだ。

私の前にあるこのブラックコーヒーだって
自分が飲みたいと思って頼んだものだ。

なのに…なんで?

「手がかりとか…ないですかね。」

彩「初対面やからなぁ…」

と、彩さんも困ってしまった。



ここまで生きてきた思い出さえ落としたのかな。
…それとも捨ててしまったのかな。

忘れてるんだ。

ホントの自分を。

探したいんだ。

自分のことを。



幸い、私の財布の中に
本屋さんの会員カードが入っていて
そこに書いてある名前で自分の名前を
知ることが出来た。


彩「太田…夢莉。 …ゆーりやな。」

夢莉「らしいですね。」

彩「んー。見たところ…高校生??」

夢莉「どうなんでしょう…」

彩「んー…どうなんでしょうってなぁ。
あ、気づいたらあそこにおったって言ったやん?」

夢莉「そうなんです。」

彩「しばらく家来る?その様子やと、当たるところないやろ?」

夢莉「え…迷惑じゃないですか? 」

彩「記憶喪失の女の子をほったらかすより全然気持ちええもん。気にしんでええよ。」


驚いた。こんな優しい人がいるなんて。

夢莉「…お手伝いたくさんします。」

彩「あはは!笑 そこ? 」

夢莉「…笑うことないじゃないですかぁ。」

彩「あはは、ごめんごめん。ゆーりって面白いな。」

夢莉「そんなこと…」

彩「ゆーり」

と、いきなり優しい口調で名前を呼ばれる。

なんか…彼女にゆーりと呼ばれると

胸の奥がむず痒い気がするというか…
顔が熱いというか…

夢莉「は、はい。」

彩「これから、よろしくな? 自分のこと思い出すのはゆっくりでええから。」

夢莉「ありがとうございます…」

ーーーーーーーーーーーー

彩ちゃんにあって4年の月日が過ぎた。

私は結局あれから何も思い出すことが

出来なかった。

というか…もう思い出すことをやめた。


なんでって?


思い出す必要がなくなったから。


彩「ゆーり、お腹すいたぁー」

夢莉「えー?もう?」

彩「もうって…もう18時やで?」

夢莉「あ…ほんとだ。」

彩「今日はーハンバーグが食べたいなぁー」

夢莉「またー?笑」

彩「だって、ゆーりのハンバーグ世界一美味しいんやもん。」

夢莉「///…はいはい。ハンバーグね。」

彩「あ、今、照れたやろ!」

夢莉「照れてない!!」

彩「ゆーりたんかわええなぁ~」

夢莉「…彩ちゃんに言われたくない。」


もう過去の自分が誰かなんてそんなこと
どうだっていい。

目の前にいる彼女さえ覚えていれば
私は他になにも望まない。


だって、

それくらい彼女の存在は

私の人生に取って大きくて

他には変えられないくらい
大事な大切な記憶になってるんだから。


夢莉「彩ちゃん?」

彩「どうした?」

夢莉「私って誰なんだろうね?」

彩「んー?夢莉は夢莉やで。」