私は戸建てに住んでいる。
独身の時に雑誌の広告で知ってから
いつかそんな家に住みたいと思っていた。
だからせっせと貯金をして、仕事が休みの日は
バイトをして、なぜあれだけ頑張れたのか
分からないくらい働いていた。
それから学生だった旦那さんと結婚して
全然お金がないから、節約も頑張って
縁あって、15年後くらいにそのメーカーの
家に住むことになった。
人の想いといういのは、強く願うほど叶うのかもしれない。
購入した家は新興住宅地で、その区画に一気に
40件ほどの家が建つことに事になっていた。
私は既に建てられたモデルルームを購入したので
その区画の初めての住人になった。
それからは、近所に建てられていく家を見学しながら
大工さんに差し入れをしたりして、仲良くなったら
いらない木材なんかをもらえたりして、DIYも
するようになった。
家が建つと人が増える。
当たり前だけど、それは新しい文化の始まりだ。
町内会ができてゴミ捨てのルールができたり、
当番制で掃除をしたり、回覧板を回したり、
班長さんとか役員さんとかを決めたりして
当番になった人には休日に負担がかかる。
それが秩序と言うのものであり、それがないと
みんなが困ることになる。
私は田舎で育って、ゴミ捨ては車で行くほどの
遠いところにあったりしたので庭で燃やしていた。
回覧板を回すのも大変だし、一軒一軒が遠すぎる。
それでも、私の父親は「皆が集うことは当たり前」
という家庭に育ったので、町内会に入るだけではなく、
皆が引き受けないゴミ当番の管理だとか老人会の
会長だとか、毎年父親に押し付けてくるのを
いまいましく思っていても、当の父親は自分が
できる間は、ということで、母親が認知症になるまで
大変なことをいろいろしてきた。
だから、町内会に入るのはその土地に住むからには
当たり前のことだ、と思うけれど、しがらみを
嫌う人たちが町内会に入らないことには
理解がありつつも権利は主張して義務は放棄している
ように思えて仕方がない。
私の場合病気があるので、旦那さんが役員になった
時にも、彼一人で全部をしてくれた。
毎週末に役員の仕事をする旦那さんをみては
大変だと思っていたけれど、買い出しにいったり、
各家庭に配りものをしたりと、私にはできそうにない
ことばかりだったので、全てをしてくれた
旦那さんには感謝をしている。
すでに長年の月日を過ごしていることもあって、
近所の人の顔は分かっている。
なのに、とても違和感を感じることがある。
入居当初は道であっても笑顔で挨拶をしていたし、
子供が同じくらいの世帯が多かったので
子供を遊ばせながら立ち話をすることも多々あった。
なのに、年月が過ぎるごとに私が感じるのは
皆がだんだん疎遠になっていっているということだ。
ゴミ出しで顔を会わせそうになっても顔を逸らされる。
家の前をはわいていて、横を通っても見えないふりを
されて通りすぎていかれる。
何だろう?
何が原因か分からない。
たまに、避けられないくらい顔をばったり合わせた
時には、私は笑顔で挨拶をする。
でも、向こうは無表情。
人に挨拶をする時って、しらずしらずのうちに
私は笑顔になるのだけど、それって条件反射みたいなもの。
私は自分の病気があるから、余計に「皆が知って
いるから無視されるのではないか?」と疑ってしまう。
それでも、そんなこともを気にする私に旦那さんは
「他人の家の中のことなんだから気にするな」
と言う。
私が気にしすぎなのだろうか?
みんなと仲良くしたいな~。
笑顔でいられたらいいな~。
なんてことを私はいつも考えている。
現実は、仲が良かったのにいきなりキレられたり
ぷっつんされることが多いから、人の心なんて
本当に分からない。
なんだかモヤモヤした気持ちを抱えながら、
それでも、地球のどこかに存在しないといけない。
私は自分の家が大好きだ。
だけど、ここにいることには心がすっきりしない。
まぁ、みんなそんなものだよね。
好きな人がいて、苦手な人がいて。
こんなことに心を乱される私は、やっぱり病気の
せいなのだろうか?