今日は朝から大きな病院に行った。
身体のあちらこちらに出現する不調に、自宅周辺の
小さなクリニックでは対処しきれないと思ったからだ。
昨日喧嘩した旦那さんも、仕事を休んでついてきてくれた。
病院の入り口には、検温と消毒をする看護師さんらしき
人がいる。
病院の中は、コロナが流行り始めた時のように、
人影もまばらで閑散としていた。
予約なしで診てくれる内科で身体の不調を話して
必要な検査を指示してもらう。
私が一番気になるのは、指先のしびれ。
もう2か月以上続いていて、歩きすぎると痛くなる。
私が歩く量は普通の人の半分にも満たない。
足、といういつも使う場所に不具合があるのは
ストレスだ。
だけど、先生は言う。
別の病院で行ってもらった採血の結果をみて
「重篤な病気ではない。だけどどこからかは分からない。」
一応、両足のエコー検査をしてくれたので、その結果は
一週間後にもう一度聞きに行く。
何でも便利になり、周囲のモノの全てが急速に
発展していっても、病院の先生は「検査しても
分からなければ現代の医学では無理です。」と言う。
人の身体は機械よりも繊細で未知の世界なのだ。
確かに、そう思う。
私の頭の中にはいつも恐怖があって、外に出ることが
怖い。買い物に行っても、知っている誰かに会うのは
本当はとても嫌だ。
だけど、その意志に反して、私は自分から声をかける。
満面の笑顔と一緒に。
その後の疲れを帰宅してからどっと感じて、
私って本当に大馬鹿ものだ、といつも思う。
誰かを知らないふりをしても、誰かを気づかない
ふりをしても、世の中は何も変わらない。
相手が嫌な思いをしているなんて考えるのは
自己満足にすぎないのだ。
そんなことは百も承知。
なのに、私は自分の自己満足の方をとってしまう。
自分がされたら嫌だから、なんて、しょうもない
理屈をこねて。
いつまでたっても乗り越えられない、最後の砦ともいうべき
ストレスをはじき返す壁。
全然良くならないストレスチェックのテスト。
先生も「全然よくならないね」と言う。
何点満点なのか分からないけど、普通の人では
だいたい15点くらい。それが最初の診断で50点を
超えていれば、先生は求職を促すそうだ。
私は最初から50点超え。今日は調子がいいのでは
ないかと思っていると50点をきるくらい。
それが、そのクリニックで治療を始めて5年ほど
経ってもその推移を保っている。
人の身体はこの世で一番不可解なもののように思える。
今日のニュースでも、コロナにかかって呼吸不全になり
救急車で数時間待機して100件以上の病院に
断られた男性が亡くなった、ということを特集していた。
元気に健康でいることは、確かな現実ではない。
身体のどこかに不調をきたすと、人は平静で
いられない。
病院は病気が分かってこそ機能する存在なのだ。
私にも年々原因が分からない病気が増えていく。
だけど、何がどうなろうと生きていかなければいけない
現実がある。
何がどうなっても生かされている現実がある。
その確かな現実を、できるなら快適に楽しく
生きていきたい。
そう願って、幾つもの病院を渡り歩く。
(かけがえのない友達)
