双極性障害とは、厄介な病気である。
そもそも羅漢していい病気というのはないものだけど、
この病気の最も恐ろしいところは「死にたい」という
衝動に駆られて突っ走っていくところだ。
ほとんどの人間は、病気になれば早く治って
長生きしたい、歳をとっても100歳まで生きるぞ、と
生きる気力を失わない。
なのに、この病気の死亡率というのは、他の
どの病気よりも高い水準としてあげられている。
たぶん、亡くなられた方の中にも、病気になっているとは
思わずに、ちょっとしたいさかいが原因で死んでしまった
方もいるのではないだろうか。
今更、と言う気もするけれど、双極性障害には
Ⅰ型とⅡ型がある。
私がお会いした「同類」の方の中でⅠ型の患者さんが
いたのかは不明だけれど、Ⅰ型は鬱と躁が激しく、
躁状態の時には”空を飛べる””自分は何でもできる”と
いきなり何かを始めたり、本当に空に飛んでしまったり
という話も聞いたりする。
もちろん、空を飛べばどうなるかは想像がつくのが怖い。
突然何かを始めて人とのトラブルが続くと気持ちが落ち、
これまた突然鬱状態に戻ってしまい、命を危険にさらす。
まさにトラブルメーカーだ。
私は言われたことはないけれど、躁の状態は
そんなに酷くない、というかほとんど鬱状態なので
Ⅱ型に属すると思う。
一年の8割は鬱状態で過ごし、人との接触ができず、
他人の顔色で更に深い闇へと落ちていく。
でも、躁状態に入ったスイッチというのは、最近
分かるようになった。
そのスイッチは、いきなり押される。
外出してやらなければならないことがある、家事も
したいことがある。
でも、鬱状態の時には気力がないので何もできない。
だからぼ~っと映画やドラマを見ている。
ほとんどはそれで一日が終わるのだけど、ある瞬間
「あっ、今ならできる!」という気持ちになる。
その時に特に落ち込んでいない場合は、すぐに
外出の支度を始めて用事を済ませに外にでる。
庭の草取りをしたり掃除機をかけたり、
そうこうしているうちに、とても疲れてきて
私の躁状態は終わる。
だけど、その時家族の誰かと喧嘩をしていたり、
周囲の人に嫌気がさせていたりすると、その気持ちが
「死にたい」という行動に一直線に向いてしまう。
その度にいろいろした。
その度に家族に迷惑をかけた。
そうして、8年が過ぎた今、私は少し落ち着いている。
これから先のことは分からないけれど、日々の
嫌なことは映画を大音量で見て頭で考える
ことをかき消す、ひたすら「シニタイ、シニタイ」と
呟きながら泣いて安定剤を飲んで寝る。
旦那さんとのトラブルでなければ、彼に気持ちを
聞いてもらう。
言われることは「薬を飲め、寝ろ」、なんだけど。
ほんの些細なこと、例えば苦手な近所の方の
顔を見た、とか、それで嫌なことを思い出した、
など、本当にどうでもいいことで落ち込んでしまう。
これじゃあ社会で生きていけないよ。
だから、いつまでも引きこもり。
でも、これって自分の身を自分で守っているってこと。
私が外に出ることは、家族のみんなに迷惑がかかる。
いくら私が社会の歯車の一つになって、
自分の存在意義意を見出そうと思っても、
私の病気はそれを許してくれない。
一部の感情を除いては、統合失調症やいじめなどで
引きこもりになってしまった方と同じ。
病院のデイケアに言っていた時は、9割以上の方が
統合失調症だった。
でも、その中の仲の良かった患者さんとは
「今日、どうやって死ぬか」という話題で盛り上がって
いた。
「飛び降り?」
「いやぁ、怖いよ、それ。」
「自分で刺す?」
「勇気いるね。」
「やっぱ、薬じゃない?」
「それが一番楽だよね。」
そして二人で
「薬って死ねないんだよね~。」
って感じ。
退院した時、旦那さんに「どうやって死にたい?」って
聞いたら「そんな質問、変だろ、お前。」と言われて、
「普通は、こんな会話しないんだ」と気づいて、
変な人と思われないように、そんな質問を
人にすることはやめた。
だけど、この苦しさを、いつも誰かと共有したくなる。
会話をするだけで「分かってもらえる」嬉しさで
その場を乗り切れた。
今では、自分が躁状態だと感じた時には、何事も
起こさないように、その気分が静まるのを
他のことに気を向けて頑張っている。
落ち込む要素は、毎日様々なところにある。
外に向けて座っている私の目の前を通る人々。
その時によって感じ方は違うけれど、元気に
歩く人を見ると落ち込む。
近所の人が、たぶん「今日は何を買おうかな?」
とだけ思いながらスーパーに向かっている。
「気楽でいいな」と、落ち込む。
私は、すれ違う人々、見えるもの全てに敏感に
反応して、ただ落ち込む。
変だなぁって自分でも思う。
何をそんなに考えることがあるのか、って。
だから、毎日、私の脳みそは忙しい。
あの人はああだ、この人はこうだ、あんなこともあった、
こんなこともあったって、過去の嫌なことを
思いだす。
みんなが目の前のことに一喜一憂しているのに、
私だけが、全然違う見方をしている。
死ななくても苦しい病気。
死にたいのに死んだらいけない病気。
日々、自分をコントロールすることに疲れている。
いやぁ、まいった。
夜になるとホッとする。
明日があることには、これまた落ち込むけど。
今日もあと少し。
一日頑張った自分に・・・
「お疲れ様でやんす」