少し前から我が家の電化製品事情がガラリと
変わってきた。
無料で見るにはテレビで録画して見るしか
なかった番組だとか、DVDをレンタルしないと
見られなかった映画やドラマとかをそこに
iPadやiPhoneがあるだけで見られるようになったのだ。
もちろん私は多くの女性と同様で電化製品のことには
全くの無知。
でも、旦那さんは分からないまでも、私がこんなことを
したいと言うといろいろ探し出してきてそれを実現してくれる。
我が家には皆が驚くほど小さなテレビが使わない部屋の
片隅に忘れ去られたように置かれているだけだけれど、
そのテレビの出番はほとんどない。
毎年恒例の紅白歌合戦も小さなiPadをみんなで見た。
テレビは家のどこでも見られる。
ドラマもアマゾンプライムでけっこう新しいものも見られるように
なった。
音楽もコンピレーションでいろんなジャンルのものを聞ける。
なんて便利な時代になったんだろう、と驚きを隠せない。
私の生まれた頃は写真も白黒だった。
電気がわざわざ消しに行かなくてよくなった時には、世の中が
こんなに便利になったことに感動した。
リモコン付きのテレビがや実家にやってきた日のことは今でも思い出せる。
それが今やこうしたいと思ったことは誰かがもう実現していたりする。
私の目の前でiPadのゲームに夢中の息子も、ラインに無料の
スタンプを入れてと頼んだら、あっという間にたくさんのスタンプを
iPhoneに入れてくれた娘も、こんな時代が当たり前だ。
この先どんな時代がやってくるのだろう?
やがて人の寿命も思い通りになる日がくるのだろうか。
少し前の映画「TIME」のように。
でも、その中でも時間は思い通り増やしたりはできなかったな。
こんな時代を前にすると、自分の病気が信じられなくなってくる。
簡単に治るんじゃないかと思えてくる。
でも実際には欲望を満たすことはできるようになっているのに、
時代は人の行動を抑制できないでいる。
殺し合い憎みあい傷つけあう人々のなんて多いこと。
人の欲望はモノでは解決できない。
どんなに時代が進化しようと与えられたものは当たり前になり
幸せの糧にはならない。
苦しいことも貧しい時も知らず、ないものに捕らわれあるものに
感謝をすることもない時代。
そんな子供たちを育てる自分たちの危うさを感じながら
どうすることもできない。
少なくとも我が家の実権は旦那さんが握っていて私には
子供のことに関する決定権はない。
今日も、何に不満があるのか口もきかずご飯も食べたないで
黙ったまま塾に行ってしまった娘の態度に
子供の育て方間違っちゃったんじゃない?
と旦那さんに言う私の言葉は無視された。
子供は大切だしかけがえのないものだけれど、
何かにつけて、昔の何もなかった時代と感情の豊かさが
違ってみえることに、日本の未来を重ねて案じてしまうのだ。