今朝は4時起き。

始発で出る旦那さんを見送った。


目が覚めてしまって引っ越しの荷物の

片づけをしていた。

でも、寝る時間が少ないと日中きつくなるので

眠れなくても横になった。


眠剤なしでは眠れない。

横になっても眠れないけど、それでも横になっていると

眠っていないけど起きてもいない不思議な

パラレルワールドが頭の中に広がる。

万華鏡のようにきれいな光が頭の中をぐるぐる回って

わぁきれい、と思いながら、これで眠れたらいいのになと

思っている。

眠っていないけど、このパラレルワールドの世界を

一時間ほどさまよってから起きると、疲れが少なくて

一日起きていられる日が多い。


今朝もそうやって起きてから家事をして畑仕事をしていた。


外にいるといろんな声が聞こえ、時折散歩の人をみかける。

そんな人たちの会話が聞こえたりすると心が締め付けられるので

顔をしかめてしまうけど、今日はおとなりの大学生のお兄ちゃんに


こんにちは。


と、いきなり声をかけられてびっくりした。


あっ、こんにちは。


と慌てて返事をした後、黙って自分の作業に戻ったけれど

不思議と嫌な気分にならなかった。


先日も、私の息子にちょっかいばかりかけていた男の子が

背中越しに


こんにちはー。


と私に挨拶してきた。

そこの親子ともども苦手なのだけれど、その時も

嫌な気分じゃなかった。


それで思った。


なんの損得も考えない言葉って相手を安心させる。


山ですれ違う人には何も考えないで挨拶をしたりする。

それと同じだ。


それが大人になっていろんな感情を抱くようになると、

近所の人でも知らないふり、見えなかったふりをして

言葉をかけないことなんてザラになる。

逃げられなくて掛け合う言葉も、正直ゴミみたいなものだ。

あるだけましなのだろうけど、どうでもいい人との会話なんて

ないほうがいい。


どうせ話すのなら相手を思いやる言葉を話したい。

目の前にいる人を笑顔にさせてあげられるような

会話をしたい。


それができないのなら、相手なんていないほうがいい。


今の私にできることは少ない。

毎日のペースを乱すことなく、寝る、食べる、を繰り返すだけ。


余計なことは考えず、自分の体調と向き合う。


歳を取るということはいろんな経験を踏まえて行動できるけれど、

いつからいろんなモノや人を疑い、信じられなくなってしまったのだろう。


20代の頃の私は、歳だけ大人で中身は子供のような気がしていた。

でも、今はいろんなことを経験で判断する、社会の大方を占めていている

薄汚い大人の一員だ。


大人になるってこういうことを言うのか、と、今では分かる。


純粋な心というのはかくも愛しく美しいものであるのか。


私はもういろんな人との会話を楽しいと思うこともないと思う。

私の思いは言葉や表情に表れて人を不快にさせるだろう。

そう思うから話せない。話したくない。


でも私は今のほうがなんとくなく心地いい。


人と接することは難しくてできないけれど、なんというか、

目の前の人の本心を客観的にみることができるようになった。

そんな気がして、だからこそ自分を危険から守れるようになっている。

大げさだけど、自分を繕わないですむって、本当に楽なことなのだ。