昨日のカウンセリングの話を少し。

先生との会話の内容が、旦那さんのところに
行くようになり全体的な進展を見せ始めると、
一気に変わってきたことは以前書いた。
それがずーっと続いている。
最近いつも言われることは同じ。

話の途中で、核心に触れようとすると、いつも
話題をコロっと変えますよね?

そうですか?

わかりませんか?今もそうですよね。

そんなことの繰り返し。
昨日もそんな話。

◯◯さんの話を聞いていると、今言ってることが次には
反対の意味に変わっていたりするんです。

私がおかしいと思われるからあまり書きたく
ないんだけど、こんな風に言われる。

それは筋が通っていないということですか?

そうですね、まぁ。

例えば、チョコの好きな人が、話の最後になって
チョコのこんな所が嫌いなんだよと話したりするって
ことですか?

これはありえある、と思った。
話している途中で、あぁそういえば昔こんなところが
嫌いだった、とか、やっぱり苦手かも、と思うことがある。

先生は困った顔で言った。

今チョコが好きと言っているのに、話の内容は
チョコが嫌いと言っていて、聞いている相手を
混乱させてしまうんです。
そこが相手との誤解を生む原因になっていると思うのですが。

この 内容はよく分からない。そんな風に話しているのだろうか?
嫌いな人を好きだと話してはいないし、デイケアに来たくないのを
来たいとも言ってない。それこそ意味不明だ。

普段の私は話を時系列に組み立て話すようにしている。
多くの女性にはありがちのような気がするけれど、早く話したいという
気持ちが先走って、主語をなくしてしまったり相手の知らない
場所や名前を会話に入れて、結局何を話しているのか相手は伝わっていない
というような話し方を以前はよくしていたと思う。
母がそんな話し方をするのを私は聞き流していたけれど、
旦那さんが私が話すことを、よく分からない、と言うのは、
もしかしたら私もそうなのかも、と気になっていたことの一つだった。
その後病気になって、全然会話が成り立たないほど
言葉を脳で組み立てられなくなった。
考えられないのなら出来ることから、と、どこで、
いつ、だれが、何をした、と国語で習う文章をそのまま
口語で話すようにした。
それは今も続いてる。
でも、カウンセリングの先生は、自分が思ったことを
何でも気にせず話していいよ、と言ってくれるので、
とにかく思いついたことを話す。
私が先生に求めているのは、私はこう思ってこんな
行動に出ましたが、それは正しいことですか?
ということ。
自分に自信が持てないので、その判断に判定を
してもらいたいのだ。
でも、先生は、あなたはどうしてそう思うのですか?
どうしてそんなことをしたのですか?と反対に聞く。
そこで私は、その時何を思ったのか思い出すことも
できずに、こうだったんじゃないのかなぁ?
なんて話をする。
すると先生は、それでは言ったことと意味が違います、
と突っ込んでくるので、焦って、いやこうだったっけ?
なんてシドロモドロになる。
取り調べを受けてる人って、たぶんこんな気持ちなのだろう。
結局何が言いたいのか、そもそも私が聞きたかったこととは
関係なく、私が言っている意味不明なことにスポットが
当てられて、先生とのギクシャクした時間が時間切れの
中途半端で終わる。
次に会った時、
この前のことを覚えていますか?
と聞かれてもきっと私は何も話せない。
覚えてない、というと先生の顔色はさっと曇る。
私がおかしいのか?まだ普通とは違うのか?
そんな恐怖の時間になる。

先生が言った。
◯◯さんは、その場その場で会話を合わせれば
いいと思っていませんか?
適当に受け流してこの時間が過ぎていけばいいと
思っているように感じられるのですが。

大抵の場合、そうだ。
自分の話したいことを話して、相手の話したいことを
聞いて、それで会話が成り立てば、それでいいのでは
ないだろうか?
そこで相手の真意を探ったりするだろうか?
話す相手によって、話し方も話す内容も違って
いいのではないだろうか?
そこは問題にするところ?

きっと普通はそれでいいかもしれないけど、カウンセリング
では意味のない時間になってしまうのだろう。
でも、この先生とは思ったような会話が出来ない、と心の
何処かで思った私は、行き当たりばったりの会話を
していたのかもしれない。無意識のうちに。

旦那さんのところへ行くようになってから、
まだ、話が分からない、という言葉は出てこない。
以前の感情的な私より、より旦那さんに近い
論理的な話し方をするようにしている。
旦那さんから、以前より穏やかになった、と言われるのは
私が感情を平坦に保つ努力をしているからだと思う。

最近、それが崩れてきた。
病院で困ったちゃんを見るのも嫌で仕方ない。
避けているうちに、心が折れてきた。
困ったちゃんはずっと困ったちゃんのままでいるのに
私の嫌悪感だけが募っていく。自分の意識の変化に
ついていけずに、こんなことで崩れる自分と、
カウンセリングの先生に言われたことで疲れ切ってしまって、
今朝は起き上がれなかった。一日中寝ていた。

困ったちゃんみたいな人はどこにでもいるんだから、
あんたが負けてはダメ、カウンセリングの先生には
話したの? と、母が聞く。
気持ちの問題やけん、と父が言う。
今日はサボったけどちゃんと行き、と二人が言う。

何がまっとうな道なのか分からない。
自分の意思を通そうとすれば、周囲から
それぞれの持論を「これがまともな考え方」だと
押し付けられているように感じる。
そうできないから病気になるんだ、と。
その一方で、自分の考え方は独りよがりで
自分を苦しめているのもわかる。

正しい答えなんてない。
自分が信じて歩いていく道こそ、自分が歩むべき道だ。
でも今はその道標が分からずに、あと少しで一つ目の
ゴールだというこの時になって、迷走を繰り返している。
来週はどうなるのだろう?行くべきか行かざるべきか。
考えると苦痛で仕方ない。