最近調子が良くなってきていると話してきました。
うつが激しい時の、世界が終わるような絶望感。
死ななければならないという使命感。
なのに誰かに殺されるかもという恐怖が
とめどもなく襲ってくる悲壮感。
心臓を素手でえぐり取られるような痛みからくる
ざわざわ感、ぞわぞわ感。
あらゆる音が脳みそを直に揺さぶるような雑音に聞こえ、
テレビの映像からは押しつぶされそうな感覚に陥る。
本を開けば言葉はおでこにはじき返され
人物の一人も、ストーリーも何一つ頭に入らない。
地球の重力に引っ張られ鉛のような体を
床から起こすこともできない。
目を閉じても開いてもあらゆる不安から
襲われる心臓の痛みや動機から瞬時も
逃れることはできない。
うつは想像以上に苦しい病気です。
「私にも不安や苦しみはある」という
レベルではないのです。
絶望感に耐えられなくなった人は自らの
命を絶ってしまいます。
ざわざわ、ぞわぞわ、鉛のような体の
苦しみから何年も、時には何十年も
囚われたまま生きる地獄のような日々を
送る人もいます。
私のように原因が分かっている場合もあれば
昨日話した女の子のように、ストレスが許容量
を超えていることに気付かず徐々に奇行の症状が
現れ、周囲の勧めで病院に行く場合もあります。
私の知っている普通の生活をしている人の中にも
明らかに統合失調症の症状だと思われる人が
病院に行かないで、毎日誰かに見張られている
警察もとりあってくれないと言っています。
このような人は多いのではないかと思います。
話が逸れてしまいましたが。私の最近不思議な
感覚を話します。
文頭に話したような症状から徐々に解放
されつつある私。
幸いにも1年6か月という、精神疾患としては
短い期間でほんの少しの希望をみいだす
ことができています。
この気持ちを落とさないために、今の自分は
努力している訳ですが、時々どんと落ちる時が
あります。そのことは後日書こうと思います。
私が感じる感覚。
それは身体と心のずれです。
調子がよくなってくると今までできなかったことが
できるようになってきます。
一時はジャガイモさえも剥けなくなりましたが、
デイケアで調理のプログラムに嫌々参加
するうちに段々料理をすることが苦痛で
なくなり、今ではデイケアだけではなく
自宅でも母がいない時には作ったり
できるようになりました。
デイケアの調理では料理の手順や準備、片付けの
段取りを考えテキパキ動きます。
週に1回している卓球は、球を打つたびに
相手の動きを考えながら球を打つ方向を
考えるので集中力が必要になります。
いろんなことに頭を使い、頭が指令を
だして体を動かすので頭も体も
疲れてしまいます。
しかし、その疲れは動きと同時に
起こるのではありません。
夜になって、お風呂に入りほっとしたり
寝る前になって今日もとても疲れたと
感じた時に、身体がいつも以上に疲れている
ことに気付くのです。
頭を使っている時には体を現在の体調以上に
酷使していることに気付きません。
身体がこれまでの経験を覚えていて
(主婦の時に料理をしていた時の段取りなど)
次にこれ、次にこれ、と頭が考える前に
自動的に体が動いてしまうのです。
その結果、身体がとても疲れて父と夕方の
散歩をする体力や気力もなくなってしまうほど
疲れていることに頭がやっと気づくのです。
ほどほどに頑張ろうと思っているのに
ストレスになっていることにその場では気づかない。
これでは体調がよくなりません。
これでは私が望む自然な睡眠をとる余裕も
できないと思います。
しまった、と後悔することもしばしばです。
いろんなことをもっとできるようになりたい
という気持ちは早くよくなりたいという
焦りにつながって自分を追い込んでしまいます。
必要以上に動いてしまうこと、
気を遣ってしまうことは私の悪い癖です。
今日の、後日話したい出来事もその癖から
起こりました。
次の機会にその愚痴を聞いてください。
光と音のようにずれている私の感覚。
カウンセリングの先生は、そのずれに
早く気づき、無理をしないようにすれば
今よりももっと良くなるはずだ、それに
気付くだけでも進歩だと言ってくれます。
反省します。だってそれを邪魔している
のが私自身なのですから。
病気の元になった悪い癖。
そしてそれを治さないといけないのに
ついついやりすぎてしまう私。
崩れる自分を想像すると怖いです。
明日は週末。デイケアも休み。
無理しないようにいつもよりたくさん
リラックスできる時間を作ろうと思います。
ではでは本日もお疲れ様でした。