サネカズラ

 
蔓性の常緑樹ですが、
冬に乾燥すると、落葉するのかも。
鎌倉のお寺の庭では、半落葉樹と言うべきでした。
 
和名は、カズラと、ズになっていますが、
「かつら」でなければ、意味が通じませんから、
カヅラでないと、座りが悪い。
 
名にし負はば 逢坂山のさねかづら
人に知られで くるよしもがな
                藤原定方 後撰和歌集
 
植物の和名として、固定されているので、
そう簡単に、変更できないのかも、知れませんが、
変更する積もりもないかも、知れません。
 
実用に差し支えなく、どうでも良いが、
美意識に反するのは、どうしてくれる。
 
物事(ものごと)の価値だけでなく、
論理法則のすべては、定義にすぎませんから、
法律や、勧善懲悪の道徳だけでなく、
身体の仕組や遺伝が、
これとあれを結び、変更不能になっているだけの、
老化や経年劣化の、徴(しるし)にすぎません。
 
生まれつきの、天才と知的障害の、
いずれが可哀想なのかは、わかったものでありませんが、
理由もなく他人を殺すのを、気違いや犯罪と誹り、
笑ったり憎んだりするほど、滑稽なことはない。
 
黴菌(ばいきん)が、理由もなく人を殺すのは、
あたり前であり、
黴菌に、善悪の価値や、論理法則の運用を、求めるのは、
美意識と同じように、阿呆ですが、
他人を蔑んだり陥れたりして、
精神病院や刑務所に入れて、
人格や精神を、破壊したり懲罰したりするのは、
常識や道徳や法律や権力が、間違っています。
 
私たちは、迷信を捨てて、
黴菌が、理由もなく人を殺すように、
もっと、あたり前に生きるべきでしょうか。
 
それとも、裁判官や精神科医のように、
荒唐無稽な理由を付けて、
これからも、他人を殺し続けるべきでしょうか。
 
サネカヅラは、美男蔓と言われるように、 
男前の真似をしなければ、虐(いじ)められた人たちの、
昔の整髪料ですが、
美容外科の大好きな韓国人が、日本人よりもモテると、
限りません。 
 
近藤勇や松井一郎は、不細工ですが、
見慣れると男前です。
 
黴菌なのか人間なのかを、はっきりさせる必要は、
ありません。
 
いまは、遺伝子工学や人工授精で、生殖できますから。
 
 
マツブサ科は、
ANAと言われる古い被子植物の形態を残して、
早くに分化したアウストロバイレヤ目に
属しています。
 
この後に、センリョウ目、モクレン類などが、
双子葉類と単子葉類の分化以前に、
分かれましたので、
サネカヅラは、原始的な被子植物と言えます。
 
被子植物の生殖器官の子房は、
胞子植物の大胞子葉と言われる葉っぱが、
生殖細胞を守るために、
変形して袋状になりましたので、
心皮と言われます。
 
1枚の葉っぱだけで、1個の子房を作れば、
単心皮と言われますが、
何枚もの心皮が合着すれば、
複合心皮と言われます。
 
単心皮の中でも、
袋状に閉じていないものを、離性心皮と言います。
 
モクレン類やANAなどのように、
離生心皮の単心皮を、
1個の花の中に、多数持っていれば、
多心皮と言われて、原始的とされています。
 
マツブサ科やセンリョウ科やモクレン科などでは、
多心皮の心皮の付き方が、螺旋状であり、
古い形質と言われています。
 
 
このような植物の、
進化の系統を作って行く判断の手順が、
何を根拠にしているかに、私は興味津々です。
 
判断の根拠が、
時間や因果関係などの、論理法則だけでなく、
事実や精神の知覚を、作っているとしたら、
底抜けの議論になりますが、
論理法則が、
鉄砲や黒船や原爆やコンピュータなどにより、
ブルドックやダックスフンドや錦鯉などを
品種改良したように、遺伝的に純化されて
変更不能になった流行文化にすぎないのなら、
なんの矛盾もなく、理解できます。